表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Alchemist Fantasy I  作者: 岳
一章 『祈りの系譜』編
9/9

Reunion ➀

 ピキッピキと、吊り下がった鉄骨が風に揺れ、鈍い音を立てていた。湿った空気に混じるのは、鉄と油、それに焼け焦げた匂い。

足元で瓦礫を踏むたび、じゃり、と音が響き、廃駅の静けさを一層際立たせる。


「来たか」


 待ち受けていたのは、セカンドアース軍の小隊だった。迷彩服は煤に汚れ、兵士たちの顔には疲弊と恐怖の色が濃い。


「何があった?」


 ウィルが問うと、上官らしき男が険しい顔でうなずいた。


「……奴らは靄のように形を変えている」


 兵士の声はかすれていた。


「仲間の一人が触れた瞬間、溶けるみたいに……消えた」

「……消えた?」


 ユトスは思わず聞き返す。


「お前たち、感染者なら何かわかるんじゃないのか?」


 その一言に、空気が凍った。


「……何だと?」


 ユトスの目が鋭く光る。


「アンダーネストの人間は、ヴァジュタスに浸食されて生きている。いつ暴走するか……」


 兵士は銃を握り直し、わずかに距離を取る。


「どういう意味だ?」


 軍の指揮官と睨み合うユトスをウィルは静止する。


「やめろ……」


 ユトスは目を伏せ、悔しげに拳を握る。


「我々は退避路を確保する。お前たちはホームを調べていろ」


 そう言い残し、小隊は通路の奥へと消えていった。


『警告。通信障害率、上昇中。……先遣小隊の信号、断続的に消失』


 耳にE.Aの声が響く。


「ったく……嫌な予感しかしねぇ」


 ユトスは腰のヴェールアゼルに触れた。重い金属の帯が、心臓の鼓動と同じリズムで脈打っている気がした。



 セカンドアース軍と分かれ、ユトスたちは別ルートで廃駅の奥へと進んでいた。

 瓦礫に囲まれた狭い通路。休息が必要と判断し、わずかな開けた空間で足を止める。


 鉄骨の滴る水音が響く中、アルディが口を開いた。


「合同作戦なのになんですか? さっきの軍人。なんか……嫌な感じでしたね」

「感染者か……」


 マリナが険しい顔で応じる。


「まるで、私たちがヴァジュタスの仲間みたいに」

「……」


 ユトスは答えず、壁に背を預けたまま視線を落とした。しばらくして、重い声で言葉をこぼす。


「奴らから見れば、俺たちは、半分向こう側の人間なんだろう」

「ユトス……」


 アルディが不安げに彼を見た。


「けどさ!」


 マリナが一歩踏み出し、声を強める。


「私たちがここまで戦ってきたのは何のため? 人を守るためでしょ? それなのに……あんな目で見られるなんて、理不尽だよ」

「理屈じゃねえんだ」


 ユトスの拳が、無意識に震えていた。


「誰かが仲間を喰われた。その恐怖が、俺たちに向くんだよ」


 沈黙が落ちる。滴る水音だけが響いた。


「気にするな」


 静かに声を発したのはウィルだった。


「恐怖は視界を曇らせる。だが、俺たちが任務を果たし続ければ、曇りは晴れる。……それだけの話だ」


「簡単なことじゃないよ」


 マリナが小さく笑みを歪める。


「でも、私は諦めない。私たちは怪物なんかじゃないって、証明してやる」

「うん……そうですよ!」


 アルディも小さくうなずいた。


「僕も……証明したいです」


 ユトスは黙ったまま、腰のヴェールアゼルに触れた。

 冷たいはずの金属が、妙に熱を帯びている気がした。

 その鼓動が、彼自身の心臓と同じリズムで脈打っていた。



 ――数時間後。

一行がホームにたどり着いた時、そこに兵士たちの姿はなかった。

散らばる弾薬。壁に残された銃痕。黒く焼け焦げた装甲片。

徽章は、ついさきほどまで言葉を交わしたセカンドアース軍のものだった。


「そんな……さっきまで確かに……」


 アルディが青ざめた顔で呟く。


『補足。識別コード:第七先遣小隊。現在、隊員バイタル反応は――ゼロ』


「ゼ、ゼロ……? 全滅……だと?」


 ユトスの声が震える。

マリナは壁をなぞり、険しい表情をした。


「腐食反応……錬成痕ね。ここでイノベルムを使った痕跡がある」


 ウィルは短く命じる。


「俺とユトスが前に出る。マリナは後方支援。アルディは観測を継続」

「りょ、了解!」


 アルディは探知機を抱え、懸命に頷いた。


 ――がしゃり。

闇の奥で、転がった小銃が踏み砕かれる音が響く。


「っ……聞こえたか?」

「やばいですやばいです! 見たことない熱反応!」

「落ち着け、アルディ!」


 瓦礫を裂いて三体の小型ヴァジュタスが飛び出した。

黒い靄を纏い、節足が床を抉る。


『警告。ヴァジュタス分体、数――三』


「散開!」


 ウィルの号令で、一斉に動いた。

ユトスは剣を抜き、正面から斬り込む。


「来い!」


 刃が影を裂く――が、手応えはなく、刀身は瞬時に黒く錆びていく。


「……数が多すぎる!」


 マリナが光弾を放つが、靄に触れた途端に掻き消えた。


「群生種か……!」

「わ、わああっ!」


 アルディが飛び退く。小型の一体が探知機を叩き落とした。


「追加警告――大型反応、急速接近』


 通路の奥から、六脚の巨影が姿を現す。

崩れた仮面のような頭部。空気そのものを腐食させる靄。


「ヴァジュタス本体……!」


 マリナが顔色を変えた。


「下がれ!」


 ウィルが前に飛び出す。

銀の指輪が輝きを放つ。そして、ヴェールアゼルが音を立てて展開する。厚みある銀の装甲板が盾となり、振り下ろされた脚を受け止める。

轟音が廃駅を揺るがし、火花が散った。


「これが……ウィルさんのイノベルム!」


 ユトスは息を呑む。

 ウィルを中心に幾重もの術式陣が浮かび上がり、闇を切り裂いていた。


 ――その時、闇の奥から嘲る声が響いた。


「ふぅん。そんなもので感心するんだねぇ……君が」


 低く、楽しげに。

 その声は、確かにこちらを知っている響きを持っていた。


 次の瞬間、廃駅の空気がざわめいた。

腐食の靄が震え、ヴァジュタスすら動きを止める。


「人間じゃ、ない……?」


 マリナが小さくつぶやく。目の前の人物に違和感に気付く。影がないのだ。


「誰だ?」


 ユトスの問いに答えない。ただ、嗤うように囁いた。


「――やっと、会えたね」


 ぞわりと背筋を凍らせる気配が広がった。

『イノベルム』

待機状態では、指先に嵌められた細身のリングにすぎない。淡く金属光沢を帯びるその指輪は、まるでただの装飾品のように見える。しかし、錬金術式が発動した瞬間、リングが震え、エイジスコアの閃光とともに空間を裂く。分解・再構築を繰り返す金属片が宙を舞い、瞬く間展開される。


『ヴェールアゼル』

イノベルムの生成や武器錬成に不可欠な元素資源を、圧縮・安定化して保持する特殊な鞘状構造体である。その形状や材質は使用者ごとに異なり、金属の帯、剣型の鞘、腕輪状のものなど多岐にわたるが、共通して「物質の再構成を担う触媒域」として機能する。

元素とは、火・水・風・土・光・闇など、自然界の根源情報を錬金術式により抽出・加工したものであり、それ自体が極めて不安定かつ危険なエネルギー体である。ヴェールアゼルはそれを「封じ、眠らせ、再び呼び起こす」ための鍵であり、使用者の術式との親和性を反映して形と重みを変化させる。これを「分解と再構築の法則」と呼ぶ。

ときにそれは武器の鞘として存在し、錬成前の素材そのものを孕んだ空間断層となり、戦闘中の再錬成による連続攻撃や、元素の過剰展開=オーバードライブを可能とする。

そのため、ヴェールアゼルの質は、錬金術師の力量や精神状態を映す鏡ともされる。兵装と精神構造が直結するこの世界では、信頼できるヴェールアゼルを持つ者こそ、一流の術士と呼ばれる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ