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Alchemist Fantasy I  作者: 岳
一章 『祈りの系譜』編
7/9

Regiofol ④

 錆びついた排気管が呻き、冷たい蒸気が薄闇を漂う船内。


 鋼鉄の扉を抜けると、円形の指令室には無数のモニタが赤い光を放ち、ロゴシア北区の廃墟を映し出していた。埃を巻き上げながら進むユトス、マリナ、アルディの小さな影が、ひとつの画面で砂塵に埋もれている。


 司令官は手元のタブレットを軽く撫で、画面に浮かぶ三人をじっと見つめた。


「偽りのレプリカ……。ずいぶん成長したな 」


 彼の声は低く、すぐそばで囁くように響いた。頬を落ち窪ませた瞳には、計算と僅かな執着が混じっている。


(筋書き通りか)


 画面を切り替えると、追跡中のヴァジュタス個体の断面図が現れた。細胞パターンの重なり合う解析ログに、塩基配列が示されている。


「亜種を辿れば、奴らが密かに棲みつく場所が判明するはずだ」


 淡い笑みを浮かべ、小さな声で続けた。


「大佐、エンフォーサーがロゴシアに到着しました」

「分かった」


 大佐と呼ばれる男は部下の顔を見ずに淡々と答える。


「地上で拠点を設置しますか?」

「いや、このまま上空でステルス状態で待機。部隊(ヴァルキリー)はそのまま制空権を維持しろ」


 空の優勢がなければ、ロゴシア北区に浸食を拡大するヴァジュタスを空中支援で削り切れない。制空権を維持することで初めて、地上部隊は安全に拠点を確保できる──それが大佐の狙いだ。

「ハッ」と敬礼し、部下は立ち去る。


 空調の金属音に混じり、一瞬だけ沈黙が訪れた。

その端に潜む影から現れたのは、黒い戦闘服に身を包んだ男。銀縁の片目に、右手には小型の暗号化端末を握っている。


「まさか、あいつらをエサにするとはねぇ」

「なんの話だ?」


 彼の細い唇がわずかに曲がり、内心の警鐘を抑え込む。


「会わないうちに優しくなったな……ルイス」

「ひどいねぇ、元々俺は優しいぜ?」


 蛍光灯が一灯、また一灯と消えていく。


「器が完成する前に、排除する」


 メインモニターの隅で、作戦コードN2713-αが赤く脈打つ。 その意味を知る者はごくわずか。


「それは、上層部の判断か?」

「……一枚岩ではない。それだけだ」

「おいおい」


 非常灯の赤い光が、司令官の輪郭を鋭く縁取る。廊下の静寂を切り裂く低い声に、ルイスはゆっくりと顔を向けた。


「いづれにしても、成体になった今、脅威を野放しにするわけにはいかない」


 ルイスが低く問い返す。


「だから、あの連中と接触させるために、わざと情報を流したっていうのか?」


 言葉が漂い、沈黙が重くのしかかる。大佐はわずかに視線をそらし、「必要なことだ」とだけ告げた。


「まだ他に選択肢はあったはずだ。機密をばら撒くなんて、正気の沙汰とは思えない」

「猶予はもう残されていない」


 ルイスは背後に走る赤い非常灯の光を見据え、しばらく黙り込んだ。


「ヴァジュタスは例外なく排除対象だ」

「それはおまえの私怨だろ」

「――私個人の感情は、作戦の前には意味を持たない」


 大佐の声には、どこか悲しげな諦念が滲んでいた。


「奴らと接触すれば、器の化けの皮が剝がれる。余計な同情は捨てろ」


 赤い光を背に、ルイスは首を横に振った。耳鳴り交じりの自分の鼓動だけが響いてくる。


(本当にこれでいいのか?)


 思えば、共に戦った兵士たちの顔が浮かんでは消える。あの無垢な瞳で「生きる」彼の真実を暴けば、多くの「他」を救えるかもしれない。その確信と、仲間を切り捨てる罪悪をため息とともに吐き出す。赤い光は血潮のように波打ち、頭の中で言葉が絡み合う。


(それで全てが終わるのか?)


 思考は渦を巻き、答えは遠い。ゆっくりと立ち上がり、拳を握りしめた。背後の闇が再び彼を呑み込む前に、一歩を踏み出すしかないのだから。

用語集

■『ヴァルキリー』

 錬金戦闘兵器=イノベルムを有する精鋭のコードネーム。


■『エンフォーサー』

 作戦対象の呼称。

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