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Alchemist Fantasy I  作者: 岳
一章 『祈りの系譜』編
4/9

Regiofol ①

 レギオフォル――それは、混迷の時代を生き抜くために結成された共同体。

生存のため、危険な生物と戦い、食料と資源を確保する。戦場の最前線でもあり、人々の最後の砦でもある。


 薄暗い通路を進む。壁沿いに設置された誘導灯が淡い青白い光を断続的に放ち、金属製の床に歪んだ影を映し出していた。湿った冷気が頬にまとわりつき、歩を進めるたびに靴音が低く響く。そのわずかな音すら、妙に耳に残った。重い金属扉が目の前に現れる。まるで行く手を阻む壁のように威圧感を放っている。マリナは少しだけ立ち止まり、震える呼吸を整えた。


 胸の奥のわずかなざわめきを押さえ込むように、静かに息を吐き出した。彼女の手は握りしめられ、指先がひんやりと冷たく感じられる。

 背筋を正し、震える手を抑えながら扉をノックした。


「どうぞ」


 扉の向こうから聞こえた低く響く声に、思わず背筋が伸びる。その声は冷静そのもので、わずかに感情を隠しているように思えた。押し開けると、壁一面に貼られた作戦図や地図、それを留める無数のピン。そのすべてが整然としていながらも、同時に混沌とした印象だ。机の上に並べられた資料や端末、片隅に放置された空のカップ。


「お、マリナちゃん?」


 室内の奥、ソファにふんぞり返る男――シノノメ・クーロンが、いつも通りの軽やかな笑みを浮かべて片手を挙げた。


「報告です。最新のヴァジュタスに関する情報をこちらに」


 彼に端末を差し出すと、彼はそれを受け取りながら軽く眉を寄せ、画面に視線を落とした。


「……なるほど。なるほど」


 言葉を続けようとする彼に、マリナはわずかに言葉を被せるようにして口を開いた。


「どのようにお考えですか?」

「仕事が早いなーと思いました」


 その態度が、咳払いをする。


「ライト級、ヘビー級ともに生息分布の拡大を確認しています」

「一番地区に迫りくる勢いだね」


 シノノメは端末を机に置き、腕を組む。その仕草にはどこか余裕があり、マリナの焦りが空回りしているように感じられた。


「エーテルの解析データにも気になることが」


 そこには、ヴァジュタスとの交戦時に自動収集した戦闘ログと痕跡がまとめられていた。光の粒が立体的に舞い、戦闘中の敵の動きが投影される。


「以前の種と比べて、行動パターンに異常な偏りがあります。通常なら一直線に突っ込んでくるはずのタイミングで、一拍の間が入っている」


「ふーん……まるで思考してるみたいだな」


 シノノメがあくまで軽口の調子で言う。だが、マリナは頷いて返した。


「そうです。学習している可能性はあります」


 彼女は別のデータを呼び出す。現場で採取された痕跡の解析結果だった。壁面に残された腐食痕、焼け焦げた地面の形状、撒き散らされた体液の成分……それらが、既知の情報と照合されていた。


「腐食性の体液成分には、これまでの個体には見られなかった新しい酵素が含まれています。金属への侵食速度が従来より約1.7倍。これは単なる個体差ではなく、構造レベルでの変異。つまり、適応が起きている可能性があります」


 シノノメの笑みが、すっと消える。


「単なる進化でも、突然変異でもない。行動の変化と、生理的な変化が一致して現れている以上、これは環境に応じて進化している、だけじゃない。敵に対抗するための進化です」


 私の声には、冷静な分析と、隠しきれない不安が滲んでいた。


「私たちの戦術や装備を学び、それに合わせて姿を変える。本能ではなく認識によって行動しているとしたら……もはやヴァジュタスは、ただの異生物じゃありません」


 室内が静まり返った。端末のモニターが放つ微光だけが、マリナの瞳を照らしていた。


「……仮説としては、十分価値がある。上に報告する。正式に、警戒レベルを引き上げる口実にもなるしな。俺の名前、使っていい」


「ありがとうございます」


 マリナが頭を下げる。その瞬間、団長がふと苦笑しながら言った。


「しっかし、君みたいなのが部下だと、俺の独身生活にもそろそろ終止符が打たれる気がしてくるな」

「はぁ……」

「いや、ほら。アンダーネストで一人暮らししてる独身のアラサー男に、優秀で真面目な年下女子が毎日レポート持ってきてくれる生活。……なかなか悪くないだろ?」


「団長」

「ん?」

「失礼します!」


バシンと音を立てて扉を閉めると、シノノメは頭をかきながら、ひとり言のように呟いた。



 シノノメは壁にもたれながら微かにため息をついた。その軽やかな姿勢からは想像もつかないほど、彼の目は鋭く細められ、何かを深く考えているようだった。


「……適応ねぇ」


 天井に向けられた言葉は、まるで自身への問いかけのようだった。短く鼻で笑い、革靴の底で金属の床を軽く叩く音が小さく響く。その音が室内の静けさに溶け込んでいく。


彼は懐から携帯端末を取り出し、操作を始めた。表示された地図には、ヴァジュタスの出現地点が赤いマーカーで示されている。それをじっと見つめる目には、いつもの余裕の影が消えていた。

画面を操作しながら、何かを探るようにマーカーを順番に確認する。その途中で立ち止まり、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「宙の連中が何をしようとしているのか、もう少し手がかりが欲しいところだな」


 呟く声には皮肉と慎重さが混ざっていた。彼は端末を再びポケットに収め、軽く肩を回した。しばらくその場で立ち尽くし、何かを計算しているかのように視線を巡らせてから、軽く手を叩いて自分に言い聞かせるように言った。

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