もう一人の転生者
翌日から、アメリアはエイベルとマクスウェルに、今までのようには接することができなくなった。
教室に入ると、いつもなら真っ先に飛んでいくエイベルの元には行かず、自分の席に向かう。
マクスウェルと視線が合いそうになると胸が苦しくなり、思わず俯いてしまう。
「……おはようございます、殿下。エイベル様」
声をかけられても、笑顔は浮かべるものの、どこかぎこちない。
それに気付いたマクスウェルの瞳の奥には、気遣う色がかすかに宿っていた。
エイベルもまた、アメリアが距離を置こうとしていることに気付いているはずなのに、あえて問いただすことはせず、ただ静かに彼女の背を見守っている。
(2人に近づけば、きっとエイベルも殿下も不幸になる……。
私がエイベルを本来の断罪ルートから遠ざけるために、できることはないのかな……)
アメリアが何か思い詰めていることに、2人も気付いていた。
マクスウェルは笑顔を崩さずにいたが、アメリアがふと顔を上げたとき、彼がこちらを見つめていることが何度もあった。
その眼差しは、どこか寂しげで。
エイベルもまた、いつもの凛とした姿とは違い、どこか不安げにアメリアを見つめることが増えていた。
そしてアメリアの態度は、そのまま一週間続いた。
*
「……殿下。アメリアの様子に、本当にお気付きでないのですか?」
珍しく苛立ちを隠さないエイベルが、生徒会室のマクスウェルの机の前に立っていた。
「気付いているよ。ただ、彼女が理由を言ってくれない以上、無理に問い詰めるのは……」
「殿下が原因なのでしょう?」
その言葉に、マクスウェルの手がわずかに止まる。
「そうだな……彼女の態度がおかしくなったのは、あの日からだ」
苦しげな表情で、小さくつぶやく。
エイベルは深くため息をついた。
「私と婚約破棄する件は、すべてが片付いてから伝えるようにと言いましたよね。
優しい彼女がそれを聞いて、どう思うか……少しは考えてくださいませ」
「……それは、本当に後悔している」
マクスウェルの声は低く、真剣だった。
深い後悔を感じ取り、エイベルはほんのわずか眉をひそめる。
「とにかく、アメリアは深く悩み、私たちと距離を置こうとしています。
このまま計画を引き延ばせば、彼女を長く苦しませるだけですわ」
“計画”——それは、2人が極秘に進めている婚約破棄の準備だ。
エイベルの実家は近頃、金のために違法な取引に手を出し始めている。
小説のシナリオでは、色々な条件が違っていたため、起こらなかった出来事だ。
だが、とある人物からの告発によってその事実を知ったマクスウェルは、エイベルに真実を伝え、彼女だけを救う形で婚約破棄を成立させようと提案した。
両親への情が全くなかったわけではないエイベルだが、迷うことなくその提案を受け入れた。
それは、彼女の”夢”を叶えるのに、婚約破棄が大きな足かせになっているのを理解していたからだ。
「……ああ。急いだ方がいいだろう」
マクスウェルは机上の文書に目を落とす。
その横顔には、隠しきれない焦りが滲んでいた。
「アメリアには、これ以上負担をかけたくない。
彼女は……俺の、大切な人だ」
「殿下は、最初は彼女を利用していました。
今は……そうではない、ということですね?」
エイベルの声が鋭くなる。
それは、大切な友を傷つける者を許さないという、強い意志がこもった声だった。
マクスウェルは唇を噛みしめる。
「……確かに最初は利用していた。だが今は違う。彼女の気持ちを尊重したい」
「分かりました。ならば急ぎましょう。アメリアが遠くへ行ってしまう前に」
視線が交わる。
2人が守りたいものは同じだった。
*
「アメリアさん、呼び出しちゃってごめんね」
夕日が差し込む中庭。
同じクラスのリリアが、ひとりベンチに座るアメリアの前に立った。
「……なにかあったの?」
いつも明るい彼女が、珍しく言葉を選んでいる。
一瞬迷った後、リリアはまっすぐアメリアに向き合った。
「あなた……前世の記憶が戻ったんじゃない?」
アメリアの呼吸が止まる。
「えっ……どうして……?」
「私も前世を覚えているの。
——婚約破棄の翌日からあなた、様子が変だったもの。それに、その日を境に“ロイアカ”のシナリオから外れた事ばかり起こり始めた。しかも全部、あなたを中心にね」
リリアは周囲を見回し、誰もいないことを確認すると、さらに声を落とした。
「私が伝えたいのはひとつ。マクスウェル殿下のことよ。
アメリアさん……“ロイアカ”の第三巻は読んだ?」
「第三巻……発売された直後に死んじゃって……」
「やっぱりね。第三巻では殿下の思惑が描かれているの。
殿下はね……最初、エイベル様との婚約破棄を進めるために、あなたを利用するつもりだったの。
第四巻は読めていないから、なぜ婚約破棄をしたかったのかまでは分からなかったのだけど……」
アメリアの心拍が強く跳ねた。
「あなたに近づいたのも、距離を縮めたのも、全部計算だった」
リリアが静かに話し続ける。
「あなたに罪はない。でも……立場ある人は、自分を守るために他人を駒にすることがあるの。
アメリアさんみたいに優しい子ほど、真っ先に傷つけられてしまう」
指先が震えるのを止められない。
(利用……されてた……?)
あの優しい声も、恋人に向けるような熱い眼差しも、伸ばされた手も——婚約破棄をするのに都合が良いから?
胸の奥が締めつけられる。
「……教えてくれて、ありがとう。リリアさん」
思いのほか小さく、震えた声だった。
リリアの話は、この世界に存在する“シナリオ”の一部であり、嘘ではない。
殿下がアメリアを利用していたのは、紛れもない事実なのだろう。
(私は……どうしたら……)
赤く染まる中庭で、アメリアは静かに目を伏せた。




