王太子の秘めた想い
アメリアは咄嗟に一歩後ろへ下がろうとしたが、背中が本棚にぶつかり、逃げ場を失った。
「そ、そんなことありません。ただ……」
言葉の続きが見つからず、視線が宙を彷徨う。
(どうして避けてるのかなんて……言えるわけないよ!)
マクスウェルはじっとアメリアを見つめていた。
いつもの王太子らしい余裕の笑みはなく、どこか不安を帯びた表情で。
「君が俺の側から離れていくのは……正直、嫌なんだ」
「……っ!」
愛しい人へ向けるような甘い声。
その響きに、アメリアの鼓動が早まる。
(なんで……どうしてそんな言い方するの? 婚約者はエイベルなのに)
「エイベルと……仲が良さそうで。私は、その……邪魔したくないって思って」
言えたのは、そこまでだった。
マクスウェルは、困ったようにほんの少し笑った。
「君は本当に……俺のことを誤解してばかりだね」
トン、とアメリアの顔のすぐ横にマクスウェルの手が置かれる。
退路をふさぐように腕が影を落とし、本棚と彼の間にアメリアの身体がすっぽりと閉じ込められた。
距離は、息が触れ合うほど近い。
視界いっぱいに整った顔立ちと、どこか切なげに揺れる碧眼が広がる。
「エイベルは確かに大事な婚約者だ。でも、君が言っていたような……“邪魔だ”なんてことは、俺もエイベルも全く思っていない」
淡々とした声なのに、妙に胸に響く。
「今はまだ詳しく言えないが……近々、彼女との婚約は正式に破棄するつもりだ。その時には……」
そこでマクスウェルは、言葉を止めた。
言えば、すべてが露わになる。
だからこそ、彼は唇を噛んで飲み込んだ。
アメリアの呼吸が止まる。
「っ、そんな……何を……」
否定しようと口を開くが、頭が真っ白でうまく言葉にならない。
(エイベルの婚約破棄は回避できたと思っていたのに……私、何を間違えたの?)
一瞬の沈黙。
「ごめんなさい……課題、やらなくちゃ」
震える声でそう言うと、アメリアはマクスウェルの胸を軽く押し、その腕の中から抜け出した。
そして、早歩きで図書室を去っていく。
残されたマクスウェルは、その場にズルズルと座り込んだ。
「……っ」
小さく舌打ちしそうになるのを、寸前で堪える。
言うはずのなかった言葉。
言ってはいけないと分かっていたのに、途中で止めてしまった言葉。
『エイベルとの婚約破棄が成立したら……俺と婚約してほしい』
そんな身勝手な願いが、アメリアにとってどれほど残酷か分かっている。
彼女が誰よりもエイベルの幸せを願っていることも、痛いほど理解しているのに。
それでも、自分の腕の中で真っ赤な顔で震えるアメリアを見ると——その願いを、ほんの少しでも彼女に知ってほしくなってしまった。
何も事情を知らないアメリアにとって、“エイベルと婚約破棄するつもり”というだけでも大きな衝撃だっただろう。
大切な彼女を傷つけた自分が憎くて。
エイベルとの“計画”を話せないことがもどかしくて。
マクスウェルは、指先が白くなるほど固く拳を握りしめた。




