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王族という牢獄

今回は、マクスウェルの過去もちらっと出てきます。

 可愛らしいリボンのついた制服に身を包んだアメリアは、ロイヤルアカデミアの門をくぐった。


 この学園には、シュタイン王国に暮らす貴族の子息や令嬢が主に通っている。

 学則には「厳しい基準を満たせば平民も入学可能」とあるものの、実際に在籍しているのはほんの一握りだ。


 そのため学園には莫大な寄付金が蓄積され、設備はどれも豪華そのもの。

 食堂には専属シェフまで常駐しているという徹底ぶりだ。


 今まで何の気なしに通っていた学園だが、前世の記憶がある状態で見ると、なんとも感慨深い。


 城のような校舎を遠い目で眺めていると、ぽん、と肩

 を叩かれた。


 びっくりして振り返ると、目が覚めるような褐色の美少女が微笑んでいた。


「おはよ! なにしてんの?」


「お、おはよう! いやー……なんて豪華な建物なんだろうと思って……」


「いつものことでしょ、変なアメリア! ほら、遅刻しちゃうから早く入るよ!」


 快活に笑いながらアメリアの手を引くその少女は、ユミル──アメリアの数少ない女友達だ。

 伯爵家の一人娘で、婚約者はいない。婚約者持ちの令息と仲良くしているアメリアが一部の女性から疎まれていた時から、仲良くしてくれていた少女だ。


 たわいもない話をしながら歩いていくうちに、あっという間に教室に着いた。


「ユミル! 昨日の書類のことなんだけど──」


 別の友人に呼ばれ、ユミルが去っていく。


 いつも通り自分の席につこうとしたアメリアは、その場所が思い出せないことに気づいた。


 (なんだろう、アメリアとして生きてきた記憶はちゃんとあるのに小説の記憶と混ざって変な感じがする。

 ちょっとした記憶喪失みたいな……)


 記憶の片隅にある自分の席を必死で思い出そうとしていると。


 また、肩に手を置かれた。


「アメリア、昨日ぶりだね。どうかした?」


 振り向くと、完璧な笑顔のマクスウェルが立っていた。


「マクスウェル殿下! えぇと……席をド忘れしてしまいまして……」


「はは、君の席はここ。俺の隣だよ」


 長い指で机をトン、と叩くマクスウェル。

 “やっぱり小説の世界だから席も都合よく配置されてるのか……”と、アメリアは場違いな感想を抱くのだった。


 席につくとすぐ、キョロキョロと教室を見まわした。


(エイベル様も同じクラスだけど……まだ来ていないのかな)


 学園内でのクラスは、入学試験及び2年次からは年度末にある総合試験で決定する。


 アメリアは転入時の試験を好成績で突破し、なんとか1番上のクラスに入ったものの、クラス内では下から数えた方が早い成績である。


 対して、マクスウェルとエイベルは常に首位争いをする才女・才子だ。


「何キョロキョロしてるの?」


 マクスウェルが身を乗り出すようにして覗き込んできた。


「エイベル様を探しているのです」


(近い! 殿下、その距離は誤解を招きます!!)


 案の定、後ろの方からヒソヒソとした噂声が聞こえてくる。おそらく、昨日の婚約破棄騒動も知っているのだろう。


「で、殿下……私が言えることではないのですが、もう少し離れていただけますか?」


「ああ、ごめんね」


 全く悪びれた様子のない笑み。


 その時、突然教室の空気が変わった。


 エイベルが入ってきたのだ。


 ピンと伸びた背筋は彼女の矜持を示すかのよう。


(エイベル様……! 朝から美しさが眩しい……!)


 アメリアは息を呑む。


 エイベルは教室中の視線も、そしてマクスウェルの存在すら無視してまっすぐアメリアへ歩み寄った。


 そして、アメリアの机にそっと手を置いた。


「……おはよう、アメリア」


 教室は静まりかえっている。


 昨日までのエイベルなら、近づくどころか視線すら合わせなかったはずだ。


「エイベル様、おはようございます!!」


 満面の笑みを向けるアメリアに、エイベルは一瞬きょとんとした顔を見せた。

 だがすぐにツンとした表情に戻り、


「エイベル、でいいわよ」


 と呟いた。


「エ、エイベル……?」


 戸惑いがちに声を出したアメリアに、エイベルはふっと微笑んだ。

 それは小説で一度も描かれたことのない、年相応の少女の笑顔だった。


 *


 2人の会話を横目で見ながら、マクスウェルはふと自分の幼い頃を思い返していた。


 ──人に決められた結婚なんて、牢獄と同じだ。


 両親は政略結婚だった。

 王である父は“賢王”と呼ばれながら、夫としては最悪だった。愛人のもとに入り浸り、王宮にほとんど帰ってこない生活。


 母は孤独に耐えかね、精神を病んでいった。

 愛のない結婚で生まれた子供にも関わらず、幼い頃から愛情をたっぷり注いでくれた母を、弟であるレオンと共に支え続けた。


 彼女が命を絶ったのは、マクスウェルが十一歳、レオンが九歳の冬だった。


 葬儀の後、母の側近だったメイドが他のメイドと話しているのを聞いてしまった。


「王妃様は、本当は幼馴染の騎士様と愛し合っていたのよ。でも身分の差で引き離されて、政略結婚させられて……」


 愛されないまま妃になり、愛されないまま子を産み、愛されないまま生涯を終えた──国のために。


(こんなこと、間違っている……)


 幼いマクスウェルの心が軋んだ。


 父が政治のためにエイベルを婚約者にしたこと。

 それは、今のマクスウェルの力ではどうにもできない。


「俺は、あんなふうに囚われたりしない。」


 それは、王族という檻の中で自由を求めて叫んだ少年の、最初の決意だった。


 *


 最初はアメリアを“利用する”つもりだった。

 エイベルがアメリアをいじめている、と聞いた時に、それを使えば婚約を自然に破棄できると思ったから。

 自分自身、そしてエイベルも家のしがらみから自由にしてやれる。


 幼馴染であるエイベルに恋愛感情はなかったが、妹のように、そして王家のしがらみに囚われる仲間のように思っていた。


 また、幼い頃から一緒にいたからこそ、彼女に想い人がいることには気づいていた。それが、自分の弟であるレオンであり、彼も同じようにエイベルを想っていることも。


 だから、婚約破棄した方が彼女は幸せになれる……その程度の考えだった。


 ──だけど。


「エイベル様と、お友達になりたいのです!」


 真っ直ぐに前だけを見て告げた少女の瞳の輝きが、どうしても頭から離れない。


 天真爛漫で何も考えていなさそう──駒として扱いやすい。

 純粋なアメリアを利用することに、少なからず罪悪感はあったものの、最初はその程度の考えだったのに。


 彼女に、とてつもなく興味が湧いてしまった。


 ……あぁ、困った。


 彼女を手放したくない、そう思ってしまうなんて。


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