悪役令嬢の友人
「アメリア、君……面白いね。なんだか人が変わったみたいだ」
マクスウェルが顔を上げ、まるで新しい玩具を見つけた子どものような瞳でこちらを見つめてきた。
(ぎゃああ!!まさか“人格が変わってる”なんて気づいてないよね!?)
「ねぇ……」
エイベルが静かな声で呟く。
「は、はい! なんでしょう、エイベル様!!」
アメリアは背筋を伸ばし、緊張と期待で胸を高鳴らせながら彼女を見つめた。
「貴女……私と友達になりたいって、本気?」
「本気でございます! この世のすべてに誓います!!」
アメリアはまっすぐにエイベルの瞳を見つめる。
その目には怯えも打算もない。エイベルに対する純粋な憧れと慈しみだけが満ちていた。
エイベルは思わず息をのむ。
「どうせ嘘でしょ」と突き放すつもりでいた言葉が、喉の奥で溶けて消える。
これまでの人生、誰もこんな目で自分を見てくれたことがなかった。家族も友人も、エイベルを“将来の妃”としてしか扱わなかった。
——ただの“エイベル”という一人の女の子として向き合ってくれる存在など、いなかったのだ。
「ふーん……そんなに言うなら、貴女の友達……なってあげてもよろしくてよ?」
さっきまで真っ赤だった顔を隠すように、ツンとすました表情で、金髪を指にくるくる絡めながらエイベルは呟いた。
「よ、良いのですか!? 本当に嬉しいです! 大好きです、エイベル様!!」
アメリアはぱっと笑顔を咲かせた。
「でも……殿下から婚約破棄された私は家を追い出されるかもしれませんわ。公爵令嬢の貴女には……不釣り合いかしら?」
「あー……今までの件がアメリアの誤解っていうなら……婚約破棄は一旦保留、って感じかな。いじめの本当の加害者をしっかり調べる必要もあるしね。
父上にはそう伝えておくよ。」
ジロリと睨むエイベルに、マクスウェルは涼しい顔で返す。
(外伝によると、エイベル様は殿下のことを“尊敬”はしてるけど恋愛感情は無いんだよね……この2人、本当に男女の空気がないなぁ)
「とりあえず今日はここまでにしようか。君たちの迎えの馬車も来たようだし……それに明日も学園で会えるしね?」
最後の一言だけ、アメリアにだけ聞こえる小声で囁き、マクスウェルはにこやかに退室を促した。
*
馬車で屋敷に戻ったアメリアは、その豪華さに目を見開いた。
小説の挿絵では描かれなかった“アメリア・ヴィスカルノ邸”は、この国に四家しかない公爵家の名にふさわしい、驚くほどの豪邸だった。
(なにこの庭の広さ!? 噴水に池まである……。門から家まで馬車で移動するなんて、さすがヴィスカルノ家……!)
玄関前では多くの召使いと共に、母マリアが優雅な笑みで出迎えてくれた。
「おかえりなさい、アメリア。今日は殿下のパーティーだったのでしょう? 何か問題はなかった?」
アメリアは、幼い頃、身体が弱くて王都から離れた叔母の家で長く療養していた。
やっと学園に通えるようになったばかりの大切な娘に、両親は過保護ぎみだ。
(心配かけたくないし……今日の騒動は黙っておこう)
「ありがとうございます、お母様。特に問題はございません。少し疲れてしまったので……お部屋で休ませていただきますわね」
(大切な娘に“別人格が入りました”なんて知られたら……びっくりどころじゃないよね。今はとにかく“元のアメリア”として頑張るしかないか……)
「ええ、ゆっくり休んでね。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
その後、侍女たちに丁寧すぎるほどの世話を焼かれ、どっと疲れたアメリアは、自室の鏡台に腰を下ろしぼんやりと自分の姿を見つめた。
鏡には、指通りのよさそうな茶色い髪、淡い青色の瞳を持つ、愛らしい美少女が映っている。
(本当に信じられないことばっかり。でも……私がこの世界に来られたのは、きっとエイベル様を救うチャンスだ。やるしかない!)
マクスウェルの底の見えない笑み。
舞踏会の出来事を知っているであろう同級生たち。
“元のアメリア”を知る人々に不審がられないかという不安——。
それでも、友達 (になれたはず )である憧れのエイベルとの学園生活への期待の方がずっと大きかった。
ふかふかのベッドに身体を沈めながら、アメリアは明日への希望を胸に、ゆっくりとまぶたを閉じた。




