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 まさか、中津川慶太が現れるとは思っていなかった。

 父親の彼女とその娘に会うために、高三男子がわざわざやって来るなんて思っていなかったのだ。

 中津川慶太は、濃紺のスーツにネクタイ姿だった。あたしも、この日のためにお母さんが用意した、お嬢様風の紺と白のワンピースなんて似合わないものを着ている。

 何だか妙に緊張してきてしまった。お母さんの彼氏をチェックするどころか、床ばかり見つめてしまう。

 その緊張をほぐしたのは、中津川慶太の後ろからひょっこり現れた女の子だった。妹がいるのは聞いていたけど、こんな小さな女の子だったなんて。

 女の子は、大きな瞳で、あたしの顔をじーっと見つめていた。あたしは子供が苦手だ。こんな時、普通はニッコリ笑ってあげるのだろうが、顔が強張って上手く笑えない。だからあたしも、女の子の顔をただじっと見つめ返した。

 女の子は少し怯えたように、中津川慶太の背後に隠れてしまった。うーん、やっぱり子供は苦手だ。

 簡単な紹介を済ませ、あたしたちはホテルのロビーからレストランへと移動した。

 座席の奥、窓際にあたしが座り、その隣にお母さんが座る。あたしの真ん前には女の子。相変わらず、あたしのことをじっと見つめている。何だか心の中まで見透かされそうだ。

「ごめんね、瑛ちゃん。愛梨は人見知りが激しくて」

 お母さんの彼氏が言う。“瑛ちゃん”なんて馴れ馴れしく呼ばれたことに、あたしはちょっとムッとしてしまった。

「まだ小さいんだもの、当然よ。瑛なんて、もう大分お姉ちゃんなのに、人見知りで困るわ」

 お母さんが笑うと、中津川慶太がフッと鼻で笑った。馬鹿にしてる。明らかに馬鹿にしてる。なんかものすごく悔しい。

 お母さんの彼氏は、あたしに気を使ってやたらと話題を振ってくれるけど、はっきり言ってありがた迷惑だ。あたしは、「はい」とか「いいえ」とか簡単な返事しかできなくて、その度に何となく場が白けてしまっていた。

 中津川慶太は、積極的に会話に加わっている。社交的なのか、世渡り上手なのか、正直ちょっと羨ましい。

「愛梨、こっち向いて」

 中津川慶太に言われると、愛梨ちゃんは素直に顔を向けた。パフェのアイスと生クリームが、口の周りにベッタリとついている。中津川慶太は紙ナプキンで、優しくそれを拭き取ってやっている。

「はい、終わり」

「ありがと、にーに」

 愛梨ちゃんが顔をクシャクシャにして笑った。可愛い……なんて子供に対して思ったのは、初めてかもしれない。

 だけど、あたしの視線に気づいた愛梨ちゃんは、またすぐに真顔に戻ってしまった。まるで怪しい人を見るような目つきで、あたしのことを観察している。あたしは頑張って笑顔を作ってみた。愛梨ちゃんはちょっときょとんとした顔になり、その隣の中津川慶太がまた鼻で笑った。

 ええ、ええ、どうせ引きつったブッサイクな変な笑顔だったんでしょうよ。あんたはいいわよね、美形な上に、自然で爽やかな笑顔が作れてさ。

「……アゴ」

 中津川慶太があたしの顔をまっすぐに見て言った。

「アゴにご飯粒ついてる。しかも三つ」

 そう言って、プッと笑う。あたしは慌てて紙ナプキンを取り、アゴを拭いた。恥ずかしさで顔が熱い。ちっちゃい子と変わらないじゃん、あたし!!

 ふいに愛梨ちゃんを見ると、はにかんだように笑っていた。それを見て、あたしも自然に笑顔になる。

 それをきっかけに急速に仲良くなった──なんてことは、残念ながらなかった。だってあたしは極度の人見知り。仲良くなるにはそれなりの時間が必要なの。たとえ相手がちっちゃい女の子でも。

 それに、やっぱりあたしはどこかで面白くなかったんだ。お母さんが“女の顔”になってしまっていること。お母さんは、お母さんでいて欲しいから。今までみたいに、あたしだけを見ていて欲しかったから。


「それで、どう思った? 中津川くんのこと」

 二人で帰る途中、お母さんがそう訊いてきた。それってもちろん、父親の方のことだよね? なんて心の中で呟きながら、いろいろと思い出してみる。

 想像してたよりは、かっこよくはなかったな。中津川慶太も愛梨ちゃんも、きっとお母さん似なんだ。清潔感はあったし、よく笑う、優しそうな人だったけど。

「……イイ人なんだろうな、って思ったよ」

「そう? 気に入った?」

「……別に、あたしが気に入るか気に入らないかなんて、どっちでもよくない? 付き合うのはお母さんなんだし」

 あたしの言葉に、お母さんは何故か黙り込んでしまった。ちょっと冷たかったかな? 気に入った、って、嘘でもいいから言えば良かった?

 そりゃ、あの人が、隣近所のおじさんだったり、友達のお父さんだったり、学校の先生だったりしたら、好感持ってたかもしれないよ? だけど、お母さんの彼氏なんだもん、父親が娘の彼氏を嫌うのと同じで、あたしだって好きになんてなれないよ。

「……再婚したいなって思ってるの」

 突然のそんな言葉に、あたしは口をポカンと開けたまま立ち尽くした。

「慶太くんはね、推薦で大学決まってて、来年からは寮に入るのね。だから、一緒に暮らすのはその後、お母さんと瑛と、中津川くんと愛梨ちゃんと、四人で──」

「勝手に決めないでよ……」

「瑛……」

「あたしは嫌!! 嫌に決まってんじゃん!! なんで他人となんか暮らさなきゃなんないの!?」

 思わず言ってしまって後悔する。嫌なのは正直な気持ちだけど、こんな風に乱暴に怒鳴らないで、ちゃんと話すべきなのに。いつもそうだ。口は災いの元──その言葉は、きっとあたしを戒めるためにある。

「……うん、そうだよね、ごめんね、突然勝手なこと言って……」

 お母さんが悲しそうに笑う。怒ってくれればいいのに……子供のくせに生意気な口きくんじゃない、って、叩いてくれたっていいのに……いつもはそうしてきたじゃん……。

 なんだか急に、お母さんが遠くに行ってしまったような気がした。それからあたしたちは、一言も口をきかなかった。


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