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第8話 闇を這うもの

 ブチッ


 何かが千切れる音とがくんと変わった体勢に、瞑想に近い形で時間が過ぎるのを待っていた意識が引き戻された。


 ――糸がたるんできている。


 魔力の供給が断たれた糸は、柔らかくなるだけでなく強度も下がるらしい。相変わらず自分の周りは何も見えないが、変わった体勢と先程の音が自分を宙吊りにしていた糸が一本切れた事を物語っている。


 ――糸の強度まで下がるのは予想外だった、だが概ね推測が当たっていて良かった。


 魔力が抜けるにつれて糸の粘着性も下がった様で、糸から完全に身体を離す事は出来ないが腕に力を籠めると部分的に糸が剥がれる感触とビチビチという音が鳴る。


 ――この調子ならもう少し時間が経てば、魔力が漏れないように制御しながら身体強化を使えば脱出できるかもしれない。問題は依然山積みだが……


 一つ目の問題は、魔力を一切含まない糸の状態が分からないのでいつ脱出を試みればよいのかが分からない事。既に魔力が抜けきっている場合すぐにでも抜け出そうとするべきだが……


 二つ目の問題は、自分を宙吊りにしている糸が切れた事だ。音からしてまだ一本だが、最悪の場合もう体重を支えきれない状態かもしれない。この後一気に糸が切れてしまい、地面に背中から叩きつられかねないので可能な限り早く脱出した方がよさそうだ。


 三つ目の問題は自分と地面との距離が分からないことだ。落下死する事も十分あり得る。即死するような距離じゃなかったとしても、この状況で軽傷以上の怪我を負ったらその時点で詰みと言っても過言ではない。


 ――最大の問題は、この巣の主がいつ戻ってきてもおかしくないことだけどな……とりあえず地面との距離を確認しよう。


 身をよじれる程度には拘束が緩んだので身体を最大限捻り、首を可能な限り横にしながら視界の端で地面の方向を確認する。


 ――苔……地面にも生えているんだな。


 いまいち距離感を掴み切れないものの、壁とは比べ物にならない量の苔が生えた地面を確認できた。


 地面の苔が放つ光が、先程蜘蛛の糸に絡まった物体を確認した苔と同程度の光度に見える。地面の苔の方が強い光を放っていない限り、距離は同じ位だと信じたい。


 ――大体三メートルか。


 このまま何もせずに落ちた場合打ち所が悪ければ死にかねない距離ではあるものの、身体強化のタイミングさえ誤らなければ急に落下しても問題無いだろう。


 最悪のケースばかり考えていたので、ほんの少しだが気が楽になった。


 ブチッ


 また体勢ががくっと変わった。身をよじっていた方向に身体がそのまま十センチ程下がり、地面の苔が少し近づいたのを確認した。


 ――最初の糸が切れてからそれほど時間が経っていない……長くはもたないな。


 これ以上待ったら身体の支えが更に弱まって、抜け出そうとした反動で中途半端に糸に絡まったまま落下しかねない。


 ――魔力が漏れ出ないように慎重に、身体強化を――


 ドスン


 今まで自分の呼吸音と糸が切れる音以外存在しなかった静寂を、何か重たいものが地面にぶつかる音が破った。


 ドスン……ドスン


 そしてその音の発信源は、確実にこちらに近づいてきている。


 ドスン

 ドスン

 ドスン

 ドスン


 音がだんだん大きくなり焦りが募る。


 ――クソ! 一か八か身体強化を発動して――


 身体強化を発動しようとした瞬間、鼓膜を破るのではないかと疑うような泣き声が鳴り響く。


 全身が強張り、得体のしれない何かに対する恐怖に満ちていく。とにかく見つかってはいけない、その一心で魔力漏れの制御だけは続けられた。


 音が近づいてくるのと併せて空気が重くなっていく。今まで感じたことのない威圧感に押し潰されそうになりながら震えていると、その時は訪れた。


 ドスン


 もう、すぐそこまで得体のしれない何かが来ていた。

 恐怖に抗いながら、気づかぬ内に閉じていた目を恐る恐る開く。


 先程まで聞こえていた足音からの距離はそう遠くないはず。なのにも関わらず視線の先には先程と同様に光る苔と薄ぼんやりと見える地面しかなかった。 


 ゴシャ


 混乱する間もなく、見つめていた先の地面が何かに押し潰されたように陥没した。

 直後、何も居なかったはずの空間に突如としてそれは現れた。


 苔に照らされた錆色の手足、ずりばいをする巨大な赤子のようなシルエットをした異形の何かがそこ佇んでいた。


 先程とは打って変わって上機嫌な赤ん坊の様な笑い声が聞こえたと思うと、ゆっくりと身体とは不釣り合いなほど大きな頭を下げた。


 地面に近づき苔に照らされた頭には目や鼻はなく、大きさが不揃いのおびただしい数の針状の牙が並ぶ口だけが暗闇の中でも鮮明に見えた。 


 ブチッ


 ――!?


 また一本、糸が切れた。


 先程まで笑っていた化け物の笑い声が瞬時に止み、唸り声を発するのと同時に忽然と姿を消した。


 ――やばいやばいやばい――


 巨体と地面がぶつかる音が先程とは比べ物にならないほどの速度でこちらに近づき、自分の真下でぴたりと止まった。先程の音の原因を探っているのか、地面を摩る音と錆びた金属をこすり合わせたような荒い呼吸音が背中越しに聞こえて来る。


 今すぐ逃げ出したい気持ちと息を押し殺し、見つからない事を祈りながら身動きを取れずじっとした。


 しばらくすると、何も見つからなかった憤りからか化け物は再び鳴き叫び始めた。癇癪を起こしたように地面を叩き始めたかと思うと、暴れながら移動を開始した。


 騒音が遠ざかって行き、先程の事がまるで嘘だったかの様な静けさが訪れた。

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