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第6話 最凶の追手

 野営地を後にしてから約五時間、かなり無理をしながら少しでも自分と小隊との距離を離すためひたすら一直線に森を進んだ。


 既に夜明けを迎えている。そろそろ昨晩巡回に行ってから、一度も報告に戻っていない俺の脱走はバレてるはずだ。


 報告に戻っていないだけなら巡回中に負傷してしまって動けない可能性や、魔物に殺されてしまった可能性を考慮して行方不明者扱いになっていたかもしれないが……


 ――イワンから色々盗んだのは、今更気づいても遅いがまずかったかもしれない。


 俺が居なくなっているだけならともかく、イワンの装備や物資も無くなっているので俺が昨晩盗みを働いた上で脱走したのがバレバレな状態だ。


 ――昨日は色々と切羽詰まっていて、そこまで考えが及ばなかった……


 すぐに思いつくだけで任務の放棄、窃盗、脱走……多分、いや絶対に追われるし指名手配されるだろう。


 ――物資がなければ生存確率が著しく下がるので仕方がなかったとはいえ、考えが甘かった。物資を諦めてでも指名手配を避けた方が結果的に良かったかもしれない。


 ガナディア王国に戻るつもりはないので指名手配される事は百歩譲って良しとしても、指名手配された結果グラードフ領軍が捜索隊を編成したら厄介だ。

 今回の遠征の下見をしていた、森林内での移動と索敵に特化した調査隊が捜索に駆り出されたら面倒だ。脱走したのではなく行方不明扱いになったほうが良かったかもしれないと後悔する。


 ――過ぎたことを考えすぎても利がないな。腐っても辺境伯家の次男なんだ、行方不明扱いだったとしても探索隊が組まれた可能性が高かったと思って割り切ろう。今問題なのはいつ捜索隊が編成されるのかだ、これは兄上がどう動くか次第か。


 イゴールが俺の脱走に気づいた後すぐにグラードフ領に引き返して報告すれば、早ければ明日にでも捜索隊が編成されるだろう。

 だがイゴールは報告よりも魔物の討伐を優先すると思う。討伐が重要なのではなく、当主代行としての実績……点数稼ぎが重要なはずだ。


 このままグラードフ領に引き返してしまえば、討伐を中断しただけでなく脱走兵を逃したという失態だけが際立ってしまう。

 報告後に改めて遠征に赴きたいと願い出たとしても、流石に息子を溺愛する父も首を縦に振らないだろう。


 ――兄上が俺の脱走の報告を優先する最悪の場合は明日から捜索隊に追われて、兄上が予想通りに動いてくれたとしても数日後から追われる身か……


 俺の行動に激高したイゴールが今日小隊を率いて俺を探しに来るパターンも一応可能性としては考えたが……さすがにそれはないだろう。

 常識的に考えて全力で逃げる斥候を森の中で発見しつつ、本来の目的である魔物の討伐を当初組まれた三日間の遠征行程に収めるのは不可能に近いのでそんなことはしないはずと判断した。


 いずれにせよ、いつから追われ始めるのか違いだけで追われる事自体はほぼ確定している。


 ――とにかく今日は体力が許す限り進み続け――


「デミトリィ!!」


 凄まじい怒気を宿した叫び声が聞こえたのとほぼ同時に、先ほどまで右手側にあった青々と茂る森が大地ごと青白い焔の柱に飲み込まれた。


 ――追って来たのか⁉


 今の所は安全だと思い若干緩めていた魔力制御に全神経を注ぎ込み、身体から漏れ出る魔力を極限まで抑える。


 ――とにかくここから離れ――


「今更隠れても無駄だ!!」


 思考を纏める暇もなく、声がする方向で禍々しい魔力が一瞬にして膨れ上がり大気が震える。


 咄嗟に先ほど火柱に飲み込まれた森とは逆方向へと飛びのき坂道を転げ落ちる。その直後、元居た位置から吹いてくる途轍もない熱気を帯びた強風に全身が殴りつけられる。

 坂の麓まで転げ落ち、すぐ坂上を確認するとそこには灰にされた森と焼け焦げた大地しか残っていなかった。

 草木が焼失したことによって露になった土と岩肌の上を灰が舞う、森林の中とは思えない異様な光景が広がっていた。


 徐々に増していく魔力の重圧からイゴールが着実にこちらに近づいてきていることが分かる。


「デミトリ、怒ってないから出てきなさい」


 先ほどよりも大きくはっきりと聞こえる声が、絶望を駆り立てる。


「これ以上、私を悲しませないでくれ」


 反射的に身体強化を発動し全力疾走した。


 今まで体外へ魔力が漏れ出ないように制御するのと同時に、高出力で身体強化を発動なんてしたことがない。

 それを平地ではなく、森の中で全力疾走しながら実行出来ているのは奇跡に近いが何時まで持つのか分からない。

 魔力制御に失敗してイゴールに感知されたら終わり。魔力の節約を度外視した身体強化の使用で魔力切れを起こしても追いつかれても終わり。


 ――それでも兄上から逃げられる可能性があるならこれに掛けるしかない……!


 我武者羅に森の中を走りながら、状況を打破する突破口を模索する。


 ――どうして見つかった⁉


 かなりの無茶をしながら夜通し森の中を進んでいたので、それなりに野営地から離れられているはず。


 ――魔力漏れを制御した時「今更隠れても遅い」と言っていたが、まさか魔力を感知して追って来たのか!?


 あり得ないと思いつつ現に見つかってしまっている。

 気が緩んでいたとはいえ魔物に見つからないように抑えていた魔力を、イゴールは野営地から感知してここまで追ってきたと言う事実に戦慄する。


 ――だとすれば一発目の魔法が当たらなかったのはなぜだ? 感知は出来ていても、正確な位置までは捉えきれなかったのか?


 一睡もせずに身体を酷使した上で身体強化の連続発動、失われていく魔力と身体を襲う脱力感、神経をすり減らしながらの細かな魔力制御、起伏があり少しでも気を抜けば転倒してしまいそうな森の悪路。全てが重なり頭が上手く回らない。


 ――……二発目の魔法は……魔力制御に集中した時……魔力が急に感知できなくなった場所に向けて放った?


 走り出して数分しか経っていないのに既に限界を迎えそうになっていた。この状況で魔力切れを起こす訳にもいかない。


 ――視認されてさえいなければすぐには見つからないと信じるしかない……!


 先ほどの魔法をまた放たれたら無意味だと理解しながら、少しでも心を落ち着かせるため周囲の木々とは一線を画す大樹に背を預けながら身体強化を解き一息つく。


 ――……考えたくはないが追い詰めるためにわざと魔法を外していた場合……いや、二発目は避けなければ当たっていた。殺す気で撃っていたはず。


 イゴールの声は聞こえないし魔力の重圧も感じない。


 急に訪れた静寂の中、緊張の糸が切れたように足から力が抜け大樹に背中を預けたまま座り込むような体勢になった。


 ――これ以上考えても無駄だな……


 今まで必死に抗ってきたが、弱った体に思考が引っ張られて行く。

 思えば今回の逃亡に限らず、これまでやることなすこと全て裏目に出てばかりだった。


 ――兄上から逃げ切れても、この大森林を生きて抜けられる訳がない。


 急激に生きる気力が失われていく。

 全てを投げ出してしまいたい、そんな諦めの感情に支配されていく。


 気づいたら鑑定の儀で自分が無能の烙印を押されたあの日、呪った神に縋っていた。


 ――輪廻転生を司る命の女神ディアガーナ……様。贅沢は言わない、せめて来世はもう少しましな人生を送らせてくれ……それなら、今世は運が悪かったと思って諦め……


 自分が心の中で呟きかけた言葉に妙な引っかかりを覚え、思考が停止する。


 ――運が悪かったと思って諦める……?


 まるで、過去誰かに同じことを言われたことがあるような既知感。


 『今回は運が悪かったと思って諦めて。可愛そうだけど来世で頑張って』


 聞いた覚えのない声が脳内で再生された途端、激しい頭痛に苛まれた。

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