第503話 異名の使い道
「早めに冒険者ギルドの問題を解決した方が良くないだろうか?」
「勿論それが最善だと私も思っています。ですけど……」
答えが見つからず段々と声が小さくなっていったリカルドの視線が壁沿いに詰まれた書類に落ちる。
流石宰相令息と言うべきか迷う所だが、リカルドの立ち振る舞いからは不自然な程不安や焦燥をあまり感じ取れない。
貴族としての教育の賜物かもしれないが、彼のナタリアへの思いの強さを考慮するとヴィラロボス辺境伯領の未来について一切不安を抱いていないはずがない。
リカルドが一人で全てを抱え込むつもりなら……散々周りに心配を掛けて来た俺が言えた立場じゃないが、周りの人間から手を差し伸べて無理やりにでも負担を軽減するしかないのかもしれない。
「……俺がボルデに滞在している間に問題を解決しよう」
「え?」
「長引けば長引く程この問題は尾を引くぞ? 表面化していないだけで既に街から冒険者が去った歪が発生し始めている」
「……」
神妙な面持ちで沈黙してしまったリカルドが小さく息を吐く。その様子から、俺の言いたい事を既に把握していたのが見て取れる。
市場に行った時、あれだけ盛況だったのに閉まっていた店も少なくなかった。
武器防具関連だけでなく、魔物や魔獣の素材が必要な商品を取り扱ってる店の殆どが閉まっていたし、宿屋等も確実に影響を受けているだろう。
今はまだ良いが、この状態が続けばいずれより大きな問題に発展するのは分かり切っている。
「この前検討している事業について話してもらったが、森の調査が終わったら今度はヒエロ山の調査や氷贋鉱の鉱脈調査、薬師ギルドと連携して薬草の研究も検討しているんだろう?」
「はい、その予定です」
「調査を実行する人員は外部から招集するつもりだとばかり思っていたが、先程言っていた事が本当なら当分はそんな余裕は無いだな?」
「残念ながら……」
「そうなると残った手段は住民の協力を仰ぐか冒険者に依頼を出す事だが――」
発言を終える前に、リカルドが短く首を横に振った。
「幽炎の対策部隊をご覧になって似たような形で住民を組織として動かす事を想定されているなら、それは出来ません。緊急事態ならともかく彼等にも生活があるので」
「当面は冒険者に頼る必要があるなら尚更この問題を解決するのが先決だ。ボルデに残っている冒険者達だけでは確実に人手が足りなくなるぞ?」
今はまだ冒険者ギルドに対する不信感から多くの住民が依頼の発注を控えているが、その中には市場で商品の元となる素材を手に入れられず閉店を止むなくされていた店主もいるはずだ。
彼等も背に腹は代えられない状況になったら冒険者ギルドを頼らざるを得なくなり、そうなれば冒険者の人手不足は加速度的に悪化していくだろう。
「耳が痛いですね……仰る通り冒険者ギルドの復権は急務です。でも、何事においても失った信頼を取り戻すのが一番難しいですから。お恥ずかしながら妙案が浮かばず……」
時間を掛けて冒険者達が地道に行動で示していくのを待つのが本来の正解かも知れないが、問題はそんな悠長な事をしている余裕が今のヴィラロボス辺境伯領に無い事だな。
「宰相令息なら民衆を動かす事なんてお手の物じゃないのか?」
「とんでもないです! 王都で色々な経験を積んで来たつもりですが、領地を治める政がこうも難しいとは知らず視界が開けた気持ちです。貴族対貴族なら幾らでもやり様が思い付くんですけど……」
さらっと恐ろしい事を言わなかったか……? とにかく、宰相ともなると国単位で思考しながら王家への助言と政策の立案が主で、リカルドの学んできた事と領地運営は少し毛色が違うのかもしれないな?
……今更だが、俺はヴィーダ王国の宰相家が世襲制なのか領地を保有しているのか把握していない。
こんな人間が宰相令息に気軽に意見を言っている時点でかなりおかしな状況だが、ここまで来てしまったら今更引き下がれないな。
「俺の二つ名を利用すれば良い」
「? ……!! それは出来ません」
「どうしてだ? その、くっ……姿絵が、売られる位には影響力があるんだろう?」
「これ以上デミトリさんにご迷惑をお掛けするのは――」
「良いんだ。むしろ、この問題が解決しないままボルデを去る事になった方が困る。安心して王都に帰れないだろう?」
「デミトリさん……」
方便だと思っているのか、浮かない表情をしたリカルドが無意識かどうか分からないが腕を組んだ。
リカルドが俺の名を利用する事についてここまで拒否を示すのは、俺の事だけでなく俺を賓客としているアルフォンソ殿下への影響も考えての事かもしれない。
「何事においても絶対はないのは理解しているが、アルフォンソ殿下には迷惑が掛からないはずだ」
「全く……私が今心配しているのはデミトリさんの事ですよ? ボルデだけでなく、私とナタリアの恩人なんですから。殿下の事が頭をよぎらなかった訳ではありませんが」
「すまない……」
アルフォンソ殿下の側近候補にあるまじき発言だが、そこまで心配を掛けていたのは正直意外だ。
「大丈夫です。私も少し柔軟性に欠けていました、デミトリさんの案の可否を判断する前に、具体的にどの様に二つ名を使うつもりなのかご説明頂けますか?」
「分かった」




