第16話 魔力感知の修行
逃亡し始めてから、すでに一カ月半近くが経っていた。
追手のことをそれほど気にしなくてもよくなってからは、最短距離でヴィーダ王国を目指すのではなく可能な限り魔物や魔獣に遭遇しないルート選択を徹底した。
収納鞄を持っているのを良いことに、飲料水を川で大量に確保。
生き物が集まりやすい川沿いを避け、食用になるような植物が少なくかつ可能な限り獣道すらない森に生きる者すら実入りが少ないと避けるような場所を敢えて選び進んだ。
それでも時折小型の魔獣やはぐれゴブリンと遭遇することはあったが、遠征時に戦った経験があるものもばかりだったので難なく倒すことができた。
日中は移動に専念し、日が暮れたら日課の鍛錬をして寝る。
そんな繰り返しの生活を続けていると、徐々に終わりの見えない迷路に迷い込んだような気持ちになっていき精神が徐々に疲弊した。
日に日に減っていく物資と食料も、心の余裕を削っていく。
少しでも気を紛らわそうと、最近は移動中に魔力感知の修行を行っている。
原理は一切理解できていないので思い付きで色々と試すような形だが、イゴールが自分を見つけたように修行次第で自分も同じことが出来るかもしれないと考えたからだ。
――魔法が使えなければそもそも魔力感知が出来ない可能性もあるが、今の状況でそれを確かめるすべがないな。
そんなことを考えつつ、移動中はとにかく気を紛らわせるために修行を続けた。
何をどうすればいいのか分からなかったので、取り敢えず移動中に遭遇した小型魔獣や魔物を相手に色々と実験をしている。
今回の対象はウェルド・ラビット。
全長四十センチ程のしなやかな体格、焦げ茶色の体毛と綿の塊のような尻尾。肉食であることと鋭い鉤爪を携えていることを除けば、普通の兎と大差ない小型魔獣だ。
死角に隠れながら、ウェルド・ラビットを強く意識しながら目を閉じる。
――まったく分からないな。
目を閉じながらウェルド・ラビットの魔力を追おうとしたが、ウェルド・ラビットの魔力を感じ取れるような感覚が一切ない。
――だめか。
十を数えてから目を開くと、そこにはもうウェルド・ラビットの姿はなかった。
――今日の修行はこんな所か。
そう都合よく魔物や魔獣と出くわすわけではないので修行の進歩は全くないが、手探りの状態なので結果がすぐに出るとも思っていない。
どこまで進んでも森、振り返っても森、木々に視界を奪われながら林を掻き分け緑の海を進んでいく。
――もう一生分の森を見たな……ん?
そんなことを考えていると妙な違和感を感じた。
――この感覚は、なんだ?
本当にかすかな違和感。その方向に何かがあるような、そうでもないような不思議な感覚。
違和感を感じる方向を見ても、この妙な感覚さえなければ周辺と変わらず何の変哲もない森にしか見えない。
試しに目を閉じてみると、目を閉じていてもなんとなく違和感の方向が分かる。
誰かに見られたら何をやっているんだと困惑されそうだが、試しに目を閉じた状態でぐるぐると何回か回転してから違和感のほうを向いて目を開けると、先ほどと同じ方向を向いていた。
――行ってみるか?
なんの根拠もないが今感じている違和感の方向に向かうべきだと思ってしまう。都合のいいことに違和感は進行方向にあるので辿ってみても無駄足にはならない。
――この違和感を辿ってみよう。いざとなったら、逃げればいい。
逃亡当初と比べてここ最近は順調に物事が進んでいた、ある意味順調に進みすぎていたため若干気が緩んでいる自覚はあった。
同じことの繰り返しに耐えかねて、少し刺激を求めていたのも否めない。
それでも警戒を怠りさえしなければ、最悪の事態にはならないだろうという楽観が勝ってしまった。