第15話 状況整理
目を瞑り額に片手を当てながら、思考の海に沈む。
――まず前世の記憶。酷く朧げで自分の名前すら思い出せない。何となく、何の変哲もない普通の人生を送ってた気がするが……ここについては記憶がしっかりと戻らない限り考えても仕方がない。
今回記憶を取り戻した時のように、何かのきっかけで記憶を取り戻せる可能性があることだけ頭の片隅に留めておく。
――問題は転生する直前の記憶だ。
ガナディアの国教でもある命神教。その主神、女神ディアガーナに仕えると言っていたピィソシットと記憶が途切れる直前に話しかけてきたクーラップという存在。
――本当に女神に仕えてるのかどうかはともかく、話してた内容を加味すると俺が加護無しだったことを含めて色々と作為的なものを感じる。事実がどうであれ、命神教とは今後関わらない方がいい。
元々信心深かったわけでもなく、一度は女神ディアガーナを呪った身。幸いなことに現在目指しているヴィーダ王国の国教は命神教ではないので問題ないはずだ。
――他の転生者や転移者の存在も気になる。すでに死亡しているマサトはさておき、あの三人組もこの世界に来てるのか? あいつら以外に転生者はいるのか?
もちろん、積極的に関わるつもりは毛頭ない。それどころかカテリナの日記を読んだことによってかなり警戒心が強くなっている。
前世の記憶を取り戻すまで、亜空間収納や完全透明化のような人知を超えた異能について存在すら知らなかった。
勇者や聖女、賢者なんて英雄譚でしか聞いたことがない。そんな能力を持った人間が他にもいるかもしれないことに言い知れぬ不安を覚える。
――マサトの能力も……アビス・シードは相手が悪かったが、使い方と戦う相手さえ選べば反撃の隙すら与えず戦いに勝利できる強力な能力だった。ちょっと頭の回る悪人があの能力を得ていたら……
それ以上考えるのを一旦やめた。他に転生者がいるのかどうか、いたとしても転生者の人数、目的、能力や人間性も何もかもが未知数だ。
そんな転生者を今世に送り込んでると思われる自称神に仕える者達も何がしたいのか分からない以上今考えるべきことじゃない。
――転生者や命神教関連は一旦忘れよう……今後二度と関わらなければそれでいい。
ずっと逃げの一手のみなのが、若干腑に落ちないが……そんなことよりも生き延びることが重要だと割り切る。
――後は、記憶を取り戻してから魔力量が増えているのも気になるな。
正確にはどれぐらい魔力が増えたのかは分からないが、以前と比べて確実に増えている。
――記憶が蘇ったのと関係があるのか……? 分からないが、増えて損する物でもない……一旦はそれで良しとしよう。
本当にそれでいいのか一抹の不安が残るが強引に思考を振り切る。生きるか死ぬかの逃亡中に妙な悩みの種はこれ以上抱えたくない。
――前世関連はこんな所か。後は今後の行動指針を考えないとな。
突発的な逃亡だったためこれまでただ闇雲に逃げていた。
――無計画に逃げ出したが、目的と達成したい目標が既に何個かある。目的は逃げて生き残ること、単純で分かりやすいな、達成するのは一筋縄ではいかないかもしれないが……
この短期間で自分に起こった出来事の濃密さにげんなりしながら、思考を続ける。
――短期目標はストラーク大森林を抜けること。中期目標はなんとかヴィーダ王国に入国すること……亡命できれば良いが、難しいだろうな。長期的な目標はヴィーダ王国北部のドルミル村にたどり着くこと。最終目標は安住できる場所と職を見つけることだな。
すべてがとんとん拍子に進められるとは考えていないが、目的を達成するうえで目指すべき目標を整理して明確にできただけで気持ちが楽になる。
――取り合えず短期目標の森林からの脱出だ。カテリナの収納鞄に入っていた三人分の物資と食料のおかげで当初の想定より余裕はある。気を引き締めていこう。
ここ数日主食となっている干し肉を噛みしめながら、考えが纏まったので火の勢いの弱まった焚火に鍋の水を掛けて消火する。
焚火を後にしてあらかじめ準備しておいた簡易的な寝床に移り横になる。
――明日からまた、がんばろう。
絶対に生き延びるという決意を胸に、重い瞼を閉じて眠りについた。