表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/391

第12話 二人の最期

 長年冒険者業を続けていてアビス・シードが視力を持っていない事を知っていたカテリナとヴィセンテは、マサトを喰い終わったアビス・シードが自分達を探さずに去ってくれる事を祈りながら息を潜めた。


 物言わぬマサトの亡骸が完全に化け物に飲み込まれてから程なくして、二人は信じられない光景を目撃する。完全透明化を使ったかの様に、アビス・シードの姿が消えたのだ。


 ――あの化け物が透明化できる謎が解けたな。


 カテリナによるとアビス・シードの通常種は目が見えず戦闘能力もあまり高くないが、発見され次第討伐を推奨される危険な魔物らしい。その理由は、アビス・シードが低確率で捕食したものの能力を発現するからだ。


 行方不明になっていた魔法使いの捜索をしていた冒険者パーティーが、魔法使いが消息を絶った場所で魔法を放つアビス・シードに襲われた例などが過去にあったらしい。


 ――あんな厄介な能力を奪われるとは、死んでも碌な事をしないな……二人もこいつのせいで結局助からなかった。


 日記を読んで大分カテリナとヴィセンテに感情移入してしまった。


 透明化したアビス・シードはマサトを喰い終わって満足したのかその場を離れていき、二人はなんとかこの壁の隙間まで辿り着いた。


 だが重傷を負っていたヴィセンテの治療を行うことが出来なかった。ポーションは持っていたが、使えなかったのだ。


 マサトは人前で何もない所から物を出し入れしてしまったら亜空間収納の能力がバレる事を危惧していたらしく、能力を隠蔽するためカテリナに亜空間収納と似た効果を持つ収納鞄と言う魔道具を持たせていた。


 亜空間収納と違い収納できる容量に上限はあるが、その有用性からかなり高価な魔道具だ。マサトが自分で保管したい物を収納する時以外は、亜空間収納ではなく基本的に収納鞄を使っていた。ヴィセンテの傷を治せるポーションも収納鞄に入っていた。


 ――命令されていない限り収納鞄に物を入れたり取り出したりすることを一切禁じるか……自分が怪我をした時、仮に声を出せないような怪我だったらどうするつもりだったんだ? 透明化できるから自分に危険は及ばないとでも思っていたのか? 


 ヴィセンテを死なせまいとカテリナは何度も収納鞄からポーションを取り出そうとしたがそのたび隷属魔法の縛りで身体の自由が奪われ、最終的には己の無力を呪いながらヴィセンテを看取った。


 ――惨すぎる……


 二人の最後を思うと、やるせない気持ちになる。


 反吐を吐きそうになる話だが、収納鞄に関する命令には一つだけ例外があった。


 カテリナは毎日何があっても欠かさず日記を書くようにと命令されていた。その命令のせいで他のものは命令なしでは一切取り出せないのに日記と筆記用具、そして日記を書くための明かりになるランプだけは取り出すことが出来たのだ。


 ヴィセンテが死に、一人取り残されたカテリナは食料を取り出すことすらできず、日に日に衰弱していきながら日記を書き続けながらこの世を去った。


 後半に続くにつれて筆圧も弱くなり文字も震えていたので解読に時間が掛かった。


 地下迷宮から逃げ出すことだけでなく、ヴィセンテを失ってしまい生きること自体を諦めてしまったこと。息を引き取る瞬間まで自分の事はいいから逃げて欲しい、そう懇願したヴィセンテに対する懺悔。二人の故郷であるドルミル村に、一度だけでいいから一緒に帰りたかったこと。そんな悲痛な気持ちが綴られていた。


 途中から何度も読むのをやめそうになったが、勝手に読み初めてしまった以上最後まで読む責任があると思い読み切った。


 カテリナの日記を読み終えてからは頭を抱えたままぼーっとしながら座り込んでいたが、ふと日記を読む前まで自分の中で渦巻いていた激しい怒りが霧散していた事に気づく。


 ――なんで自分だけこんな目に。そんな思考に嵌りかけていた。


 二人の遺体に視線を移す。何とも言えない感情が胸を満たす。


「……」


 これから自分がやろうとしている事を実行する前に、死人であっても一声掛けるべきだと思い重い口を開く。


「カテリナ、勝手に日記を読んでしまって……本当に申し訳ない」


 当然ながら、返事はない。


「カテリナ、ヴィセンテ、俺はこれから地上を目指す。二人の物資も貰っていく」


 返事がないのを良いことに、そのまま言いたいことを一方的に告げていく。


「そして二人をドルミル村まで連れていく。あの収納鞄に二人を……入れていく事になる。余計なことをするなと思われても構わない。これはただの自己満足だ、恨みたければ恨めばいい」


 いくばくか早口になりながらそう宣言して、自分の気が変わらない内に二人の遺体を収納鞄にしまった。


 収納鞄には生き物をしまえない。しまえるのは物だけ。


 二人を人ではなく物として扱うこと、しかも中身を取り出せなかったせいで二人を死に追いやった収納鞄に入れることに強い抵抗を感じた。


 だが収納鞄にしまわず、二人を担ぎながら移動する訳にもいかない。


 ――すまない……


 心の中で詫びながら、地下を抜け出す準備を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここ(13話)までまったく救いのない話が続いているが・・・ はたしてこれからどう(面白く)なるのだろう? もしかしてこのままじめじめと陰鬱なまま物語が進んでいくのだろか?
悪くない、悪くないですねぇ。ここまでの不幸を身に受けながら、まだ他人を思い、行動できるとは…彼はヒーローなのですかねぇ?
えーw そんなんで消えるほどの怒りなのかよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ