第1話 不穏な転生
「うぉわぁ!!」
「「きゃーーーー!!」」
けたたましい絶叫と共に一気に意識が覚醒する。
――何だ⁉
軽いパニックに陥りながら無我夢中に叫び声が聞こえた方を確認しようとして、とてつもない違和感に思考が停止する。
――身体を……動かせない?
それだけじゃない、感覚が一切ない。
声を出すことも、目を開けて辺りを見回すこともできない。あり得ないことと分かりつつ、まるで身体自体が存在しないような……
暗闇の中で思考だけが加速していき、理解を超えた状況に言いようのない不安と恐怖が押し寄せてくる。
「ミコト、リサ⁉」
「ユウ君……! 怪我は⁉」
「ふ、ふた! りとも……お、お、おち、落ちつ……」
自分を起こした声の主達が、混乱する自分などお構いなしに会話している事に心がささくれ立つ。
「みんな怪我はなさそうだしリサの言う通り一旦落ち着こう。状況は良く分からないけど二人の事は絶対に俺が守るから安心して!」
「「ユウ君♡!!」」
――人がパニクってる横で何イチャイチャしてんの!?
……幸か不幸か、イライラがピークに達し不安に勝ったことで少しだけ冷静さを取り戻せた。
――感覚がないと思ってたけど……この声が幻聴じゃないなら聴覚はあるのか?
ただ、上手く言い表せないが聞こえてくる声は耳から聞こえている訳ではないみたいだ。まるで本当に身体がなく、直接響いてくるような……
加えて、何も見えないのにも関わらず声の主たちが自分の近くに居ることが何となくわかった。
――良く分かんないけど、夢か。
それ以外に適当な答えが思い浮かばなかった。思考を放棄したのとほぼ同時に、先ほどの叫び声の主達とは明らかに異なる声が響いてくる。
「勇者ユウゴ、聖女ミコト、そして賢者リサよ。ようこそ。歓迎する」
――勇者……?
さっきの子達が息をのんでいるのがなんとなく分かった。
声の主が続ける。
「急な話で戸惑うと思うが単刀直入に言おう。君たちの故郷、地球とは異なる次元に存在する世界が滅亡の危機に瀕している。どうか君達の力を貸してほしい」
――……流石に唐突すぎない?
「勇者とか急に言われても訳が分からないよ! 俺たちはトラックに轢かれたんじゃないのか!?」
ユウゴが余裕なく捲し立てる。
「ふふっ。君達の世界の”トラック”なるものにぶつかる寸前にこちらに転移させてもらった。死んではいないから安心してくれ」
――「ふふっ」じゃねーよ! というかトラックって……今時めずらしいぐらいこてこてな異世界ものの導入じゃん……
あまりにもテンプレな設定に、これが夢ならそれを無意識に考えたであろう自分自身の想像力のなさに恥ずかしさを感じる。
「君達が混乱するのも無理はない。可能な限り君達の疑問に答えよう。この奥で説明したいのだが、ついてきてもらえるだろうか?」
「……分かった。ミコトとリサもいいか?」
「「うん」」
――いやいやいや、流石に順応するの早過ぎない? 後どっかに行く感じで話纏まっちゃったけど俺は?
「感謝する。あぁ、自己紹介が遅れてしまい申し訳ない。私は女神ディアガーナ様に仕えるピィソシット、ピィソと呼んでくれ」
「ああ、よろしくなピィソ!」
「「よろしくおねがいします!」」
――え……マジで俺は?
トントン拍子に話が進み、落ち着きかけていた思考が揺れる。
ピィソシットと呼ばれる存在と勇者ご一行の話声、存在感が徐々に遠ざかっていくのが分かる。
――本当に夢……だよな?
一人きりになった事で身動きも取れず、声も発せない状況を再認識し焦る。
――もし夢じゃなかった場合……誰にも気づかれないまま、ずっとこのままとかないよな?
先ほどまでの楽観から一転。万が一、億が一、これが夢ではない可能性を考え始めてからネガティブな思考が一気に加速する。
あり得ないと思いつつ、理性ではなく根拠のない本能がこれは夢じゃないと告げている。夢でなければこの先どうすれば良いのかが全く分からない。
――死ぬまでこのまま? そもそも今俺は生きてるのか!? どうなってるんだ!?
嫌な可能性ばかりが頭の中をよぎり、とてもではないが冷静ではいられなくなった。
――誰でもいい、俺はここに居る! 気づいてくれ! 頼む、誰か……
声にならない心の叫びを、ひたすら繰り返した。
どれだけの時間嘆いていたのか分からない。時間の流れを把握するすべがないが、永遠にすら思えた。
嘆き疲れて呆然としていた時、唐突に新たな声が聞こえた。
「あーあ、ピィソ本当にやるつもりなんだ。大丈夫なのかなぁ」
――……⁉
「せっかくディア様が御膳立てしてくれたんだから、変なアレンジなんか絶対にしない方が良いと思うんだけどなぁ。キミも災難だねぇ」
こちらを労わっているようで、どことなく侮蔑を含んだ声の主が話し続ける。
「しかも自分は勇者君達の対応で忙しいとか言って、後片付けをこのクーラップ様に押し付けたのも頂けないなぁ。キミもそう思うよねぇ」
――俺が分かるのか? 一体どうなって――
「今回は運が悪かったと思って諦めて。可愛そうだけど来世で頑張って」
有無を言わさず軽薄な声がそう告げた瞬間、意識が途絶えた。
――――――――
「この愚図が! 立ち上がれ! 兄の気持ちを踏みにじるのか!?」
木剣を握った大男の怒号が響き渡る。
足元には震えながら蹲り、必死に身を守ろうとする青年が声を殺して泣いていた。
体中の傷は決して浅くなく、赤黒く腫れあがった足首は青年が立ち上がりたくても立ち上がれない事を物語っていた。
「聞こえないのか!!」
大男が叫びながら木剣を上段に構えた瞬間、青年の身体が一気に強張る。その直後、無抵抗な背中に大男が全体重を乗せた上段斬りを浴びせかけた。
木剣の刀身は青年の背中に当たるのと同時に砕け散り、青年は声にならない悲鳴を上げた後脱力し倒れ伏した。
「ふん」
得物が壊れて興が削がれたのか、大男は握りしめていたかつて木剣だった物の柄を投げ捨てその場を去っていった。
青年 ――デミトリ・グラードフ―― はぼやける視界の端で父 ――ボリス・グラードフ―― が修練場を後にするのを見届けてから、何とか生き延びられたことに安堵しながら意識を手放した。