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07.人生の勝ち組に躍り出る。


 鳥の手綱を引くケヴィンの横に並んで歩く。周囲へと視線をやりながら、上京した地方民の気持ちを味わっていた。前世の感覚である。身に着けた服すらきっと時代遅れであろう。いや、世間知らずが服を着て歩いている状態とも言える。目に映る全てが洗練されて見えた。

 己の生まれ育った村、そして一泊しただけの隣村しか知らないエディットには、この街の規模など分からない。ただ、大きい事は確かであり、この街で教会を探すのは大変なのではないか、と、そのような事を思っていた。尤も杞憂だったのだが。二人が目指す教会は、人通りの多い、大きな道沿いだったのだ。端どころか、街の中心部に近い。迷わずに済んだ事、直ぐに辿り着いた事にエディットはホッとしていた。反面、それだけ教会に訪れる人が多いのだろうと予想した。スキルを見てもらうためである。この街に外から訪れる人間の目当ては、それが一番多いのではないだろうか。現にエディットがそうである。

 眼前に現れた教会は、エディットが想像するよりずっと立派な佇まいだった。教会そのものに縁が無かった事、前世で直に見たものが小さかったことから、普通の家のようなものを想像していたのだ。だが全く違っていた。言うなれば、観光名所である。ゴシック建築を彷彿とさせる、尖頭アーチが目を惹いた。中にはステンドグラスもありそうだ。見るからに荘厳で、立派だった。

 思わず足を止め見上げてしまう。だが、ケヴィンが進んだので、急いで後を追った。教会にも門があり、人が立っている。門番、と、言うよりも、騎士のようだ。街の入り口にいた人間より、装備が整っている。しかし数は一人だ。

 二人を見ると男は目を細めて話しかけてきた。

「こんにちは。どういったご用件ですか?」

「この子のスキルを見てもらいに来ました」

 ケヴィンが答えると、今度はエディットの方を見てにこりと微笑んだ。何とも人好きのする顔をする。逆にエディットは戸惑ってしまった。

「では、こちらへどうぞお嬢さん」

 教会には入り口が二つあった。案内されるまま、人気のない方へと進む。もう一つの方は、それなりに賑わっているが、向かう先は無人だった。何が違うのか。疑問が顔に出たのか、男が口を開いた。

「あっちが気になるのかな?」

「あ、はい。何をしているのかなって」

「あちらでは、神官様が怪我を治して下さるのさ」

 答えたのは、ケヴィンである。思いも寄らぬ一言に、エディットの思考は停止した。

「神官には、怪我を治す力があるんだよ。勿論、無料ではないけどね」

 続けて補足された一言に、驚かずにはいられなかった。エディットは思った。つまりそれは、魔法と言う事ではないだろうか、と。よくゲームや何かにある、治癒魔法的な事ではないだろうかと。凄すぎやしないだろうかと。何故なら、怪我を治すのである。医者いらずである。しかもそれだけに留まらず、神官とは、スキルを見ることが出来、聖水を作る事も可能だと言うのである。

 果たして神官とは一体何なのか。

 急に貴族や平民と言う、身分制度の枠から外れた存在が出て来たような、そのような感想を抱いたのだ。率直に、特権階級では? もしエディットが偉い人間の立場であれば、囲む事を躊躇しないだろう。しかし現実にはこうして教会にいて、エディットのように貧しい人間のスキルをも見てくれるのである。無料かどうかは知らないが。

 建物の中に入ると、突然寒気にも似た感覚に襲われた。空気が、冷たい。外観から想像していたような、天井に豪華な絵が描いてあったり柱に緻密な彫刻が施してあることもなく、意外な程シンプルな空間だった。白一色。入って来た己が異物に感じる程に、静謐で秩序だっていた。

「少々こちらでお待ちください」

 言うと男は奥へと一人進んでいった。神官を呼んでくるのだろう。見送りながら、エディットは口を開いた。

「ねえ、ケヴィンさん」

「うん?」

「ケヴィンさんも、ここで見てもらったんですか?」

「いや、違う教会だったよ。ただ、そっくりな場所だったなあ」

 天井を見上げながら言うケヴィンを見て、別の場所から来たのだな、と、エディットは思ったのだ。あの村の出身ではないのだ。何故なら、あそこから一番近い教会がある街が此処だからである。やはり、訳アリなのだろうか、と、訝しんでいると足音が聞こえた。見れば、立襟の白い修道服の男性を伴って戻ってきていた。明らかに、神官である。

「お待たせしました。アーローズと申します」

 明らかに田舎者で貧しいと一目で分かる少女に頭を下げて名乗った。誠実が、服を着て歩いているよう。

「エディットです。よろしくお願いします」

 もしかしたらとんでもなく高圧的な人が来るのではないかと危惧していた。神官は偉い、と、言うイメージを持ってしまっていたからである。しかし現実は全く違っていたのだ。少し慌てて、エディットも頭を下げた。身形とは裏腹に、きちんとした態度を返したからか、神官は僅かに驚いた様子を見せた。だがエディットは特別である。子供ではない記憶があるのだ。

「では、さっそくスキルを拝見しましょう。こちらへどうぞ、エディットさん」

 部屋の奥にある仕切り、更にその奥へと案内される。他には誰も付いてこない。守秘義務のようなものがあるのかもしれない。或いは、いいスキルばかりとも限らないので、人には知られない方が良いのだろう。悪いスキル、と、考えてみたが、今一つピンと来なかった。人を害するようなものもあるのかもしれない。

 ほんの少し緊張しながら進んだ先には、祭壇があった。但し祀るように置かれているのは、神様の像ではない。水の入った桶である。特に装飾があるわけでもない、本当にただの木の桶だ。曰くのあるものなのかもしれないが、エディットには只の桶にしか見えなかった。勿論中身も普通の水にしか見えない。内心で首を傾げていると、その前に立つよう指示された。

「両手を、水の中へ」

 言われるがまま、ゆっくりと両手を水に浸していく。

 冷たい。見た目通りの感触。じ、と、水面を見る。十秒ほど経過したころ、変化は訪れた。水面が、波打ち始めたのだ。驚きながらもエディットは、そのままでいた。手を出していいとは言われていない。だが、手を動かしていないのに、水が動く。父親が持つ、水のスキルの事が頭に浮かんだ。ふわりと、水が宙に浮いたのだ。そのまま丸ではなく、ふよふよと動き出す。空中で、である。何かを形作っていく。模様に見えた。それも一つではない。複数だ。何を意味しているのか考えていると、エディットの斜め後ろに神官が立った。

「おめでとうございます。これがあなたのスキルですよ」

「えっ」

 これがあなたのスキル? これってどれですか!?

 驚きすぎて疑問が口から先に出なかった。そのままの状態で首だけ動かし、エディットは神官を見たのだ。疑問を目に乗せて。勿論伝わることなく、神官はにこやかに微笑んでいる。どうしても、言葉にする必要があった。

「これって、あの、どれですか?」

「ああ、エディットさん、文字は?」

「読めません」

「なるほど、では、私が教えましょう」

 そこでエディットは、この浮かび上がっている模様が文字であると知ったのだ。分かるわけがなかった。エディットは、読み書きが出来ないのである。しかし世の中、読み書きが出来ないのはエディットだけではない。皆が皆、裕福で学があるわけでもない。そもそも、本人の頭の中にだけ思い浮かぶだとか、そう言ったシステムが正しいのではないだろうか。これ、ちょっと欠陥があるのでは? 口に出して言えないので、内心でだけ文句を垂れた。大体、立ち会った神官にはスキルが分かってしまうのだ。プライバシーも何もあったものではない。いや、その神官がいない事には、見てももらえないのだが。この特権階級、悪用されないのだろうか。ただ見るからにこの神官は人が良さそうなので、こういう人しか神官にはなれないのかもしれないが。神官に必要な性質として、誠実さは確実だろう。

 そのような事を思いながら、じっとエディットは相手を見たのだ。多大な期待を込めて。神官が、ゆっくりと口を開いた。いや、ゆっくり開いたように見えたのだ。

「エディットさん、あなたのスキルは水と光、そして神官です」

「三つ?」

「はい、三つですね」

「神官?」

「はい、神官のスキルをお持ちです。あなたは今日より私と同じ、神の使徒となったのですよ」

 どうやら、誠実さは要らないらしい。

 そうしてエディットは、神官、と、言うスキルがある事を知ったのだ。職業ではなかった。スキルなのだ。途端にエディットは、叫び出したくなった。子供らしさも何もかもかなぐり捨てて、叫び出したくなったのだ。嬉しさの余りである。

 両親と同じスキルを得た事も嬉しかった。水と光は欲しかった。何方も欲しかった。スキルが三つある事も嬉しかった。だが何より、その三つ目が神官だったことが一番嬉しかったのだ。傷を癒すことが出来、スキルを見ることが出来、聖水を作る事が出来る人間を神官と呼ぶのだとエディットは思っていた。だが実際は違った。神官のスキルを持った人間が、神官であり、その全てが可能なのである。

 唐突に人生の勝ち組に躍り出たような、そんな気分だった。

 あの貧しい村で、きっと助けになれる、と、そんな風に思ったのだ。

 己が生まれた意味が、急に目の前に現れたようなそんな気持ちだったのだ。

 気分が高揚し、神官の言葉に生返事をしながらエディットはケヴィンの元へと戻った。早く伝えたかった。驚いてくれるはずだと。喜んでもくれるに違いない。しかし逸る気持ちを遮るかのよう、先に口を開いたのはエディットではなかったのだ。

「なんのスキルだったか当ててみましょうか?」

「えっ」

 面白そうに目を細め、門番の男が言った。思わずエディットは、神官の方を見た。すると彼は困ったような表情を浮かべながら、首を振ったのである。どうやら黙認するらしい。

「分かるんですか?」

「ええ、神官のスキルでしょう?」

 大正解である。

 ぽかん、と、エディットは、口を開けた。何故、分かったのか。もしや神官のスキルとは、見て分かるものなのだろうか。そう思い神官の方を見たが、服装以外に判別できる要素がない。次いでケヴィンの方を見てみれば、驚きを露わにしていたので、普通は分からないのだと安心したのだった。

「エディちゃん、神官のスキルだったのか!?」

「え、ええ、でもどうして分かるんですか?」

「何簡単な話さ。今日は誰も来なかったからね」

 十歳児にも分かるように言って欲しい。眉根を寄せれば、今度は神官が苦笑を浮かべて続けた。

「神官のスキル持ちが訪れる日は、何故か他の方が来ないのですよ」

「それだけ、特別なスキルってことだろうね」

 エディットは、困った。

 これまで、慎ましく堅実に身の丈に合った生き方をしようと思っていたのだ。全く十歳児らしからぬ思考である。しかしこうも特別だと言われると、図に乗ってしまいそうになる。人生の転換期に来てしまったと錯覚するような。いや、錯覚ではないのでは? 事実そうなのでは? いやいや、駄目だ駄目だ。エディットは、内心で首を横に振った。そうして、自分は凡人であると言い聞かせた。自分を特別な人間だ等と思い上がると、後から痛い目に遭う気がするのだ。

 そう、早い話が、思いも寄らぬ展開に混乱していたのである。

「神官のスキルについて、色々とお話ししなければいけないことがあります。どうぞ、皆さまこちらへ」

 思考を現実に引き戻すかのように、神官が言う。急いでエディットは後に続いた。勿論、ケヴィンも一緒である。今は親代わりだ。しかしもう一人、何故か門番の男も付いて来ようとするものだから、神官が渋面を浮かべた。

「ロジェ、あなたの仕事は門番でしょう」

「どうせ今日はもう誰も来やしませんよ」

「個人のスキルに関する秘密の話ですよ」

「ご安心を。神官のことはよく知ってますよ」

「門番さんも、神官様なんですか?」

 無作法だろうと思いながら、ついエディットは口を挟んでしまった。何故なら今のエディットは、神官の事なら何でも知っておきたい気分だったのだ。どんな些細な事ですら。後から役に立つとも知れないので。問いかけに、門番はにこりと笑って見せた。

「私の両親が神官なんですよ」

「まあ、すごい!」

「ね、父さん?」

「えっ」

 思わず、二度見した。二人をである。神官と、門番。成程、親子。

 似てない。

 素直な感想である。

 門番の男は、精悍で如何にも強そうな騎士である。反して神官はと言えば、一目で優しいと分かる顔付きの普通の年配の男性である。体形も全く違う。そもそも、顔の系統が違っていた。母親似なのかも知れない。だが、その母親も神官なのである。両親、と、男は言ったのだ。エディットは、思った。例え両親が神官でも、子供に神官のスキルは受け継がれないのだな、と。しかし、エディットの光と水のスキルは、明らかに両親から受け継いだものである。スキルは遺伝するのかしないのか、全く分からない。

 エディットが悩んでいる間にも、神官は思い止まるよう告げていたが、結局は笑顔で躱され諦めたのだった。いや、そこは諦めないで欲しい。エディットの本心である。プライバシーを侵害されるのは、エディットなのだ。だが当然心の声は通じず、口に出して拒否するほどの勇気がなかった。必死に拒否するのも、憚られたのだ。十歳である。だが十歳児らしい拒否の仕方が分からなかったのだ。

 最終的に四人で、椅子と机がある小部屋へと入ったのだった。

 小部屋は、取調室、と、言うのがしっくりくるような部屋だった。応接室と呼べるほど豪華ではなく、さりとて質素過ぎるわけでもない。派手な調度品はないが、椅子や机は程々の品質だった。尤も何を言ったとて、エディットが住むマルカン家に比べれば雲泥の差ではあるが。


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