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14.現世の神も食事はする。


 この日はずっと、クレマンスと共に行動した。いや、きっとこれからずっとそうなのだ。やはり神官のスキルを得る人間と言うのは少ないらしく、この大聖堂預かりの見習いは二人だけだった。こんなに広い場所に、二人の見習い。他にも同じ規模の教会はあるそうなので、其方にもいるのだろうが。初日、と、言う事もあり、殆ど聖堂内の見学で終わってしまった。した事と言えば、掃除と祈祷くらいである。夕食の前に自室に戻る。暫し、自由時間があるのだ。

「お嬢様!」

 どうやら、二人の部屋は近いらしく、共に戻る最中、声が掛かった。勿論エディットではなく、クレマンスへの呼びかけである。やはり、いい所のお嬢さんなんだなあ、と、エディットは再認識していた。メイド服を着た若い女性が、歩み寄って来る。はしたなく走ったりはしない。ただ、速足ではあった。

「アミシー、あなた、ずっと廊下で待っていたの?」

「いえ、昼からです。お嬢様の事が心配で」

「問題ないわ。エディット殿が助けてくれたの」

 言われ、漸くアミシーと呼ばれたメイドはエディットの方を見たのだ。

「これは失礼をいたしました。お許しください。わたくしは、クレマンス様の供をしております、アミシー・ド・クレロンと申します」

「エディットと申します。見習い神官です」

 余りにも丁寧に挨拶をされたものだから、エディットは戸惑ってしまった。主人と同じ年齢だからか、決して見下したりしなかったのだ。きっとエディットが平民である事など、見て分かっている筈だ。なのに、主人と同等の扱いをしたのである。出来たメイドだった。

「アミシー、エディット殿は私の分まで掃除をしてくれたのよ」

「まあ! わたくしが変わって差し上げられたらどんなによいか……! 何とお礼を申し上げれば……」

「仕方ないわ。だってあなた、入れないのだもの」

 成程なあ、と、エディットは一人納得していた。どう見てもクレマンスはいい所のお嬢さんである。もしかすると、貴族かもしれない。そうであっても驚かない。親元を離れた事も無ければ、一人で何かをした事も殆どないのだろう。身の回りの世話をする人間が常にいた状況から、突然放り出されても何も出来ない。それが分かるから、教会の方も目を瞑っている。但しそれは、日常生活においてのみである。教会の中の事、職務に関する事については触れさせないと言う事だ。だから例え掃除と言えど、肩代わりできないのである。何せ、入ることが出来ないそうなので。だったら教会の中では、責任を持って自分が面倒を見よう。同じ年齢でありながら、エディットはそう決意したのだ。完全に年下だと思っている。精神年齢は別として、実年齢は一緒なのに。

「エディット様、どうかお嬢様をよろしくお願いいたします」

 こんな平民の、それも田舎者の子供に頭を下げるなんて! エディットは驚いた。しかしメイドにしてみれば、当然である。何せ、三年だ。三年親元から離れ、苦労することが分かっているのだ。助けてくれる人間など、いるに越したことはないのである。例え平民だろうが、此処では仕える主と同じ立場なのだ。頭位下げると言うものだった。アミシーは出来たメイドだった。

 クレマンスとはこの場で別れた。多分向こうの方が、部屋も立派なのだろうな、と、思いながら与えられた自室に入る。だが、エディットにはこれで十分だ。慣れない環境に疲れてしまったエディットは、一先ず眠ることにした。飾り気のないベッドに横になる。睡魔は直ぐにやって来た。今日からちゃんと、お祈りだけはしよう。そう心に決め、自然と指を組んだのだった。

 リンゴンと鐘の音が響く。

 分かりやすく時間を教えてくれるので非常に助かる。夕食か、と、思いながらノロノロとエディットは身を起こした。食堂には朝も行ったので分かる。そうでなくとも、大抵の神官が揃うのだ。人の流れについて行けば迷う心配はない。食堂は込み合っていた。そして、光ってもいた。神官は光を放つ生き物なのだ。普通に信仰心があれば。その中で、一等眩しい光が見えた。あそこだけ別世界だな、と、思いながら目を逸らした。本当は見ていたい。何故ならそこにいるのは、かのルシアン神官である。もうあの光で分かる。でも目の当りにしたら、叫んでしまうかもしれない。エディットは我慢する自信がなかったのだ。寧ろ取り乱す自信しかなかったのである。これはマズイ。人としてマズイ。因みに幾らエディットが潜もうとしても意味は無かった。本人無自覚であるが、エディットもまた、大層光っているのだ。周囲が避ける程度には。人々は、ルシアンの事も避けるが、エディットの事も避ける。

「エディット殿」

 結果として、空いている席は同じになるのだ。呼ばれれば無視するわけにもいかず、相席する羽目になったのだった。死ぬ。シンプルに思った。夕食も質素だったが、それ以前に味がしなかった。だが、元々薄いのかもしれない。何も分からない。エディットは前を見る事が出来なかった。信じられない程の美人が食事をしているのだ。霞食べて生きてるとかじゃないんだな、と、現実逃避気味な感想を抱く。残念ながら普通の人間である。但し光ってはいる。物凄い信仰心だと言う事が分かる。もしかすると、この美人も神の園へと招かれた事があるのでは。美しすぎて。此処が神の園なら、きっと神は呆れていたに違いないであろうことを思ったのだった。

「エディット殿」

「は、はい、なんでありましょうか」

 声が上ずった。突然呼びかけるのをやめて欲しい。心臓が止まるので。

「もし困った事があれば、遠慮なく言って下さいね。クレマンス殿にもそうお伝え下さい」

「は、はい、ありがとうございますです」

 です、が、多かった。動揺の表れである。寧ろ今現在困っているのだが。ルシアンの存在に。眩しすぎて目が痛い。言えるはずがなかった。ちょっとその眩しさを抑えて下さい。言えるはずがなかった。美しすぎて逆に腹が立ってきた。何だこの美人ふざけてんのか。その勢いのままに相手の顔を見てしまった。目が合った。死ぬ。すぐさま逸らした。真っ向から見てすみません。内心で意味もなく謝る。もう訳が分からなかった。エディットはずっと動揺している。因みにエディットは気付いていない。エディットが眩しいと感じるくらいなのだから、周囲はもっと眩しく感じているのである。何せ、二人とも眩しいのだから。落ち着かない夕食だった。全ての神官の感想である。クレマンスは最後まで見なかった。恐らく自室で取っているのだろう。給仕がない食事は出来ないのかもしれない。仕方のない事である。

 教会には風呂があった。きちんと、男女で分けられている。これは非常に嬉しかった。時間こそ決められているものの、毎日入ることが出来るのだ。贅沢だった。どういう仕組みか分からないが、前世の風呂と似ている。魔法的な何かで作られているのかもしれない。分からない事は全部魔法だと思っていた。或いはスキル。兎に角便利であれば何だっていいや。そんな風に結論付け、堪能したのだった。

 部屋に戻り、少ない私物の中から冊子を取り出す。割と立派な表紙で、中は白紙だった。日記として使いなさいと、アーローズがくれたのだ。恐らく、神を信仰していないエディットを思い遣り、日々何かを記すことで、信仰に繋がれば、と、思ったのだろう。それがまさか初日でクリアしているとは、誰も思うまい。何とか伝える方法はないだろうか、と、思ったが、無理である。見習いに通信用の水晶を遣う権限はないのだ。三年経ったら、報告しに行こう。そう決め、忘れないよう記したのだった。


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