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13.神は現世にもいた(魂を飛ばしながら)


「神の園に行かれたのですか!?」

 美人の第一声を聞き、本当に生きてるんだな、と、エディットは目に焼き付けるかの如く、マジマジと見たのだ。尤も実際の内心は全く冷静ではなかった。喋ったァ!! こんな具合である。表に出さないだけの分別はあったのだ。そうして、自己紹介も全部すっ飛ばして、其処なんだ、とも思ったのである。大体見て分かるものなんだ、とも思ったが、それはそうである。今まで信仰心皆無であった神官が、急に光り出したのだ。誰だって分かる。自覚が無いのは本人だけだ。しかしこれは、肯定して良いものか。神と相見えた事は公にしても良いものかどうか、何も分からなかったのだ。口を閉ざすエディットをどう思ったのか、神官は更に距離を詰めてきた。エディットは思った。死ぬ。顔が眩しい。死ぬ。そうして、確かに光っているな、と、気付いたのだ。最初に見た時には分からなかったのだが、ただでさえ眩しいご尊顔がより光を放って見えるものだから堪ったものではなかった。輝きが過ぎる。

「一体、どのように、」

「え、え、えっと、生きている事への、感謝を……」

 あなたが。内心で付け足す。言ってしまえばそう言う事である。目の前の美人が生きて存在する事への感謝を捧げたようなものである。こんなだから神も呆れたに違いないのだ。

「生への、感謝……」

 呆然と言った具合に、男性が呟いた。信じられないと言わんばかり。それはそうだろう。命を懸ける程の祈りが、生への感謝。意味が分からないに違いない。神官は黙って、思案している。何かを噛み締めているようにも見えた。その様を、写真でも撮って飾っておきたいな、と、エディットは思っていた。写真があるかどうかは知らない。暫し黙って何かを考えていたが、ハッとすると、神官は口を開いたのだ。

「これは、失礼を。ルシアンと申します」

「エディットと申します」

「クレマンスと申します」

 流石に上位と分かる人間だからか、クレマンスも丁寧に名乗ったのだった。ともすれば、カーテシーなどしそうな程だった。エディットが知らず、出来ない事である。

「エディット殿、失礼でなければ教えて頂きたいのですが、何を望まれたのですか?」

 ルシアンの問い掛けに、そう言えば、望んだな、と、エディットは思った。出来るかどうかは分からない。実際には授かったかどうかも、分かっていない。それでも、手にした雑巾を見たのだ。何の変哲もない、濡れた布。見て、念じる。浮くように、と。

 果たして、願いは通じた。

 ふわり、と、雑巾が浮いたのだ。どんどんと上がっていく。その様をエディットも含め、三人とも驚きの様で見ていた。だが、上がって終わりではないのだ。動け、と、念じる。雑巾は窓にくっつくと、横に動き出したのだ。すーっと、水の後が付く。成功した。エディットはじっと雑巾を見ている。その間中、雑巾は動いていた。エディットの代わりに、拭き掃除をしているのだ。

「これです。高い所の窓が拭けないので、出来るようにお願いしました」

 どうだ、と、自慢げにエディットは述べた。本当は物を浮かせて自在に動かす事の出来る力だが、そうは言わなかったのだ。一瞬の後、笑い声が聞こえた。エディットは思った。死ぬ。美人の笑顔の破壊力が凄すぎたのだ。雑巾が落ちた。

「素晴らしい力ですね」

「どうぞ、高い所の窓ふきはお任せ下さい!」

「頼もしいですね、エディット殿」

 駄目だ、死ぬ。一々全部が致死量レベルだった。自分がこの場に崩れ落ちないのが不思議だった。このルシアンなる男性神官、エディットの好きが全部詰まったような見かけだったのだ。それこそ、前世の漫画だのアニメだのゲームに出てきそうな、全く現実味のない美人だった。コイツは困った。恋愛感情以前の問題である。見てくれが、好きすぎた。嬉しいけど、辛い。この神官に会えるなら、三年とか絶対余裕だわ。急に思考が変わった。元々やりきる気ではいたが、人生、楽しみがあるのとないのでは、やはり大違いなのだ。

 ルシアンが部屋から出ると、とうとうエディットはその場に膝を突いたのだった。

「大丈夫!?」

 何事かと慌てたクレマンスが近寄って来る。悪い子じゃなさそう。そんな事をエディットは思った。

「見ました?」

「え、なにが?」

「先程の、方ですよ。滅茶苦茶美しくなかったですか」

「え、まあ、そう、ね?」

 困惑頻りである。残念ながらルシアンの容姿は、エディットにしか刺さっていないようだった。おかしいな、と、エディットは思ったが、先方も確実にそう思っている。

「それよりあなた、さっきまで神様の事信じてなかったじゃない」

「あら、お分かりになりました?」

「分かるわよ。誰だって分かるわよ」

 確かに、と、エディットは納得していた。今ならエディットにも分かるのだ。このクレマンスの信仰心が。薄っすらと、光っている。少しはある、と、言った程度である。先程見たルシアンは凄かった。目が潰れるのかと思う程眩しかったのだ。それは、見た目が美しいだけでなく、信仰心が光となってエディットの目に届いたのだ。だがこうなると、今朝会った神官が皆不審げに見てきた理由が分かる。信仰心が欠片もない神官を初めて見たのだろう。悪いことをしたな、と、そんな風に思った。しかし今のエディットは違う。生まれ変わったのだ。

「クレマンス殿、もう一枚の雑巾貸して下さい」

 突然、不可解な事を言い出したエディットに素直に雑巾を渡す。持っていたくなかっただけかもしれないが。そうしてエディットは、二枚の雑巾に念じたのだ。浮いて、動けと。

「まあ……」

 呆れたような、或いは感嘆したような声をクレマンスが漏らした。二枚の雑巾が、まるでダンスでも踊るように窓を奇麗にしていく。

「便利でしょう?」

 便利というか、何というか。正直にクレマンスは呆れて、でも、なんだか悪くないな、と、そんな風にも思ったのだった。エディットと言うクレマンスと同じ見習い神官の少女は、変な人間だった。信仰心がないかと思えば、突然光りはじめ、しかも、不可思議なスキルを披露してみせたのだ。変な人間としか言いようがなかったのである。

 掃除を終えると、次は祈りの時間だった。祈りを忘れる事無く生きよ、と、神自身が言うのだ。大事な事なのだろう。勿論今までだってそうしてきたが、あくまで振りであった。しかし今日からは違う。何と言ってもエディットは神を知ったのだ。擦れ違う神官が、エディットを見る度目を瞠る。今朝見た者なら尚である。全く神への信仰心が無かった少女が、光を放っているのだ。それも、隣を歩く同じ見習いの少女とは比べものにならない程の光を。エディット自身には何ら自覚はなかったが、神の園へと招かれたエディットの信仰心は一瞬にして並み居る神官を追い抜いてしまったのだった。命を懸ける程の祈りを捧げるとは、そう言う事なのだ。本来毎日重ねるべき祈りを、すっ飛ばしてしまったのである。エディットは知らなかった。大神官しか見る事が叶わない神の園。その場へ到達すると言う事は、通常の百年の祈りに匹敵するのだと言う事を。無論、通常、であって、百年かけずともこの域に達する人間がいないわけではない。強い祈りの力を持っている神官であれば、大神官でなくとも可能ではある。

 案内された礼拝堂は広く、重厚さと荘厳を同時に感じさせた。華美すぎる事も無い。前方に神を模した像がある。成程、と、エディットは納得していた。確かに似ている、と。つまり、嘗て神の園に招かれた大神官がデザインしたのだろう。エディットは見習いである。だから、一番後ろで、祈りを捧げた。一心に、只管に一心に、祈りを、感謝を神に捧げる。非常に便利な力をありがとうございます。この世のものとは思えぬほどの美人に会わせて下さってありがとうございます。煩悩塗れではあるが、祈りに違いはなかった。何より、神を信じている。一番後ろで一心に祈る見習い神官の光は眩く、他の神官は居心地の悪さを感じていた。酷く、やり難かった。


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