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12.神はいた(土下座しながら)


 今までの出来事全てが夢だったのか、はたまた今が夢なのか。

 色々な不思議に遭遇してきたが、このケースは初めてだった。たった一瞬、何が起こったのか理解出来ないままに、気付けば知らない場所にいたのだ。エディットの周りには、所狭しと花が咲いている。それも、見た事のない花である。今まで己が何処にいたのか、分からなくなる。教会にいた筈である。部屋の中で、掃除をしていたのだ。同じ見習いの少女が立っていて、自分は窓を拭いていて、そこに、男性の神官が現れた。

 それが全ての始まりだったのだ。

 男性の神官を見た瞬間、エディットの世界は変わってしまった。何故か。余りにもその人が、美しかったからである。肩口に届く程度の金の髪は絹糸かと思う程艶やかで、その瞳はアクアマリンのように透き通り、目鼻立ちは整い、更に顔の配置が完璧で、兎に角、美が、服を着て歩いていた。少なくともエディットの目にはそう映ったし、自分、二次元から来ました、と、自己紹介されても、でしょうね!! と、食い気味に肯定する程現実味がない美しさだった。エディットにとって、初めて目の当たりにする信じられない程美しい男だったのだ。思わず信じてもいない神に感謝する程。いや、あの瞬間、信じたのだ。神の存在を。現金だった。

 そうして、気付けばこれである。

 恐る恐る、と、言った体で、エディットは歩き出した。知らない場所だ。すると突然目の前に、泉が現れたのである。歩いて辿り着いたのではない。急に、出現したのだった。思わず足を止め、仰け反る。このまま進んでは、落っこちてしまう。はあ、と、息を吐いたその時、視界に映ったのは、人ならざるものであった。いや、見た目は人なのだ。だが認識した瞬間、エディットはその場で膝を突き、頭を垂れたのである。

 直感で分かった。いや、教えられたと言うべきか。

 神だ、と。

「面を上げなさい」

 女性の声だった。しかし耳に届くと言うよりも、頭に響いたのだ。そうして、いや、そんな事言われても、と、素直に思ったのである。何故なら、体が動かないのだ。微動だにしないのである。自分が彫像にでもなってしまったよう。神はいる。そう教えられてきた。でも信じ切れなかった。だが、そうではない。そうではなかったのだ。いる。確かに、今、目の前に。どうしてかは分からないが、エディットは今、神と相対しているのだ。泉を挟んで。

「エディット」

 神が、呼んだ。するとどうだろうか。体が動いたのだ。ホッとしたのも束の間。頭は上げたものの立ち上がることはできない。どうしようもなくて、正座した。すこし空気が緩んだように感じた。或いは、呆れたのかもしれない。神が。エディットが思うより、人間味があった。世界が変われば、神も変わる。そう言う事かも知れない。そもそもエディットは、神を知らないので、比べようもないのだが。

「ここは、神の園です」

 此処は何処だろう、と、疑問を抱けば、答えが返ってきた。神だけあって、人の心位読めるのかもしれない。ならば、思考に気を付けなければいけない。いや別に、疚しい事があるわけではないのだが。

「どうしてこの場に来たのか分かりますか」

「いえ、」

「よくお聞きなさい、エディット。あなたにとって、大事な話です」

「はい」

 ぐ、と、下腹に力が入った。膝の上に置いた手を握る。覚悟の表れだ。一生を左右する話をされる。そんな予感がしたのだ。

「ここに来る前、あなたは何をしていましたか」

「掃除です」

「では、ここに来る前、あなたは何を思いましたか」

「えっ」

 聞かれ、動揺した。言ってもいいものだろうか。とんでもなく美しい男が現れたので、思わず神様に感謝してしまいましたと言ってもいいものだろうか。怒られないだろうか。誤魔化した方がいいのだろうか。KIKです、と、言ってみようか。K(急に)IイケメンがK(来たので)の意である。言えるわけがなかった。疚しい事はないと言ったが、直ぐに撤回する羽目になった。人間こんなものである。黙り込んだエディットに向かって、神は言う。

「まさか、好みの顔の男が現れたと言うだけの理由でこの場にくる人間がいるとは……」

「えっ」

 言わずとも、バレていた。相手は神である。言おうと言うまいと、隠し事が出来る相手ではなかったのだ。

「エディット、ここは、神の園です」

「はい」

 さっきも聞きました。そんな気分で頷く。但し神の園が何なのかは分からない。

「神官が、命を懸ける程の強い祈りを捧げた時にのみ、辿り着く事が出来るのです」

「えっ」

 命を懸ける程の、強い祈り。

 言われエディットは己を恥じ、そして、神が呆れる筈だと納得したのだ。命を懸ける程の祈りを、好みの顔の男が現れただけで捧げてしまったのである。そんな事ある? 思わず自分に突っ込むが、現実である。神をも呆れさせる所業。

「それも只の神官では辿り着くことが出来ません」

「と、申されますと」

「あなたは、大神官の素養を持つ人間なのです」

「大、神官」

「大陸に一人しかいない、特別な神官です」

 初耳だった。誰も教えてくれなかったのだ。いや、もしかすると知らないのかもしれないが。

「勿論、あなたのスキルを見たものは知っています」

「えっ」

 知られていた。その上できっと、子供が助長しないよう口を噤んでいたのだ。成程、と、納得する。確かに、知らない方がいいかもしれない。自分が特別だと思い上がっていい事などないのだ。何より、大がつく神官かも知れないが、見習いは見習いである。しかも子供だ。今まで以上に己を律する決意をした。こう言うところが、ちっとも子供らしくないとは思わずに。

「エディット、あなたが神を信じていなかったことは神官であれば誰もが分かっています」

「な、」

 此処へ来て、一番の衝撃だった。余りの衝撃に言葉を失い、頭の中も白くなったのだ。確かにエディットは、神を信じていなかった。祈りを捧げるのも、振りだった。神官として、下の下だったのだ。しかしそれがまさか、バレているとは思わない。そうして、納得したのだった。道理で、神を信じろ神はいると説き伏せてくるはずだ、と。滅茶苦茶神様推してくるな、等と思っている場合ではなかったのだ。漸く知ったのだった。

「神官は、同じ神官の信仰の度合いが光となり見えるのです」

「つまり私は、全く光っていなかったと言う事ですか」

「其通。しかもあなたは大神官です。神官のスキルは一生続きますが、大神官のスキルは消えます」

「えっ!!」

 更なる衝撃である。大神官のスキルは、消えます。あっさり言われたが、とんでもない事実だった。つまり知らなければ、エディットの神官としての人生は始まる前に終わっていたのだ。危ない。危なすぎる。意図せずして寸でのところで回避したのだった。

「まさかこのような理由で来るものがいるとは思いませんでしたが、僥倖でしたねエディット」

「ありがとうございます……私は未だ神官ですか」

「あなたはこれから神官になるのですよ」

 まるで励ますように言われ、素直にエディットは頭を下げたのだ。今日から真面目に祈りを捧げようと決意した。今まで祈る振りしか出来なかったのは、神の存在を感じる事が出来なかったからだ。しかし今は違う。神はいる。分かった。知った。祈り、と、言うから分かり難いのだ。素直に感謝を捧げよう。この場に来ることが出来たのも、感謝からである。つまり、深く感謝を捧げればよいのだ。随分と分かりやすくなったな、と、安堵したのだった。

「最後にエディット、望みを」

「望み? どういうことですか?」

「神の園に来たものには、望みを一つ叶えるのです」

「えっ」

 初耳である。大体、神の園自体初めて聞くエディットは何も知らなかったのだ。その上、今日が初日である。見習い神官としての。恐らくそう言う事の説明は今から始まる筈だったのだ。それを全部すっ飛ばして、神の御前に来てしまった。誰の予定にもない出来事である。

「ええと、皆さまどう言った事をお望みになられるのですか」

 急に望みと言われても、何も思いつかなかったので、歴代の先輩方の望みを尋ねてみる。いいものがあったら倣おう。そんな軽い気持ちだったのだ。

「大抵、命を助けてくれと言いますね」

「えっ」

「この場に来るには、命を懸ける程の祈りが必要なのです。つまり、生命の危機に瀕して来るものが殆どですよ、エディット」

 暗に、好みの顔の男がいたと言うだけの軽い理由で来るなと念を押されたような気がした。大変申し訳ありません。でも命を懸ける程の美形だったんです。歴代の大神官が聞いても呆れること間違いなしである。うーん、と、暫し悩んだ結果、一つ思い浮かんだ。

「なんでも、よいのですか」

「言ってみなさい」

「では、物を浮かせて動かすことが出来る力を下さい」

 今、エディットは、命の危機に瀕しているわけではない。だからと言って、差し当たって欲しいものもなかった。特に不自由なく暮らしているのだ。身を滅ぼすような大きな力も要らないし、財力だって、多分手に入れても危険な目にあうだけのような気がする。恐らく、不老不死だとか、そう言う分不相応な事は駄目だろう。そのような人間がいたなら、もっと有名な筈だ。聞いたことが無い時点で、そう言う望みは受け入れられていない。そうして、今自分が何をしていたかを考えたのだ。

 掃除である。

 部屋の掃除をしていたのだった。

「今、掃除の真っ最中で、窓が高いんです。椅子に乗っても上まで届くかどうか分からなくて、だから、雑巾を浮かせて動かすことが出来たら楽なんじゃないかって思ったんです。どうでしょうか」

 神様も、考えたりするんだな。

 神が黙したので、エディットはそんな事を思ったのだ。

「よろしい。ではあなたに、物を浮かせ自在に動かす力を授けましょう」

「ありがとうございます!」

 オッケーが出た。はっきり言って、スキルが一つ増えたようなものである。途端にエディットの気持ちは明るくなった。言ってみるものだな、なんて、思っている。まあ、掃除に使うだけだし、と、安易に考えているが、対象が雑巾とは限定されていないのだ。後から気付く。物を浮かせるって、何処までの範囲なのだろうか、と。

 エディットの前で、泉の水が浮かび上がった。大量ではなく、少量。小さな球体が浮かび、エディットの頭上で弾けた。しかし、濡れてはいない。これが、授ける、と、言う事だろうか。実感はない。

「あなた程の若さで、この場に来たものはいません。恐らくあなたは歴代の大神官よりも祈りの力が強いのでしょうね。ですが、そう易々と来てはいけませんよ」

 忠告めいた言葉に、命を懸ける程の祈りを捧げる事などそうはあるまい、と、エディットは思った。今回は偶々である。あの男性神官が美しすぎたのだ。もう一度見たら目が潰れるかも知れない。サングラスを出してくれと頼んだ方が良かっただろうか。泉の向こうから呆れた気配がした。

「エディット」

「はい」

 呼ばれ、返事をする。 

「決して驕ることなく、質素に、まじめに、真実から目を反らさず、困っているものの力になり、神への祈りを忘れることなく生きていきなさい」

 最後だ、と、分かった。始まりが唐突であれば、終わりもまたそうである。返事をしたかどうかも、定かではなかった。ただ、気付いた時には、泉も花もなかったのだ。同じく見習いの少女と、色んな意味でのきっかけを作った美人がいる、教会の一室だった。エディットは思った。世界を救えとか無理難題を突き付けられなくて良かった、と。最後に神が告げた事。それを要は、普通に生きていけと、そう言う事だと解釈したのだ。

 漸くエディットは、神官としての第一歩を踏み出したのだった。


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