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第3話 ひと波乱

「私の歌は下手ですから」


 あれからは気まぐれに歌うくらいで、外で歌いたいとは思わない。


 訪ねてくる人もいなし、聞いてくれるのは心優しい使用人ばかりだ。


 そんな体でカナリアなんて、おこがましくて言えないわ。


「歌が下手など、そんな事はない。あなたの歌はとても素敵で、聴くものの心に染み入るものだ」


 適当な事を……と思ったけれど、この人は本当にどこかで私の歌を聞いたのだろうか?


 何も知らずに言っているにしては、妙に力の入った話し方だ。


「俺はあなたこそがカナリア令嬢だと確信している」


 まっすぐに私を見つめる目に嘘が混じっているとは、思いたくない。


「ともかく、私はカナリア令嬢ではないし、シャルペ侯爵令息の求婚も受けません。どうかお引き取りください。これらの品もすべて持ち帰ってもらって……」


 その時、何やら外が騒がしいのに気が付いた。


「どう言うことですか、ゼイン殿。約束の時間はとうに過ぎてますぞ!」


 怒鳴りこんできたのは顔を真赤にした叔父と、目を吊り上げた従妹のククルであった。


「時間通りに来ていましたよ。今ちょうどカナリア令嬢であるフィリオーネ嬢に求婚していたところです」


「な、何を言っているのです! カナリア令嬢とは、うちの娘ククルの事ですよ?!」


「そうですよゼイン様! ここにいるフィリオーネは歌はおろか、人前に出る事だって出来ないのに」


 信じられないとばかりに二人は大声を上げた。


 それはそうよね。私だって驚いたもの。


「フィリオーネどういう事だ、お前まさかゼイン殿を騙したのか?!」


「え?」


「ゼイン様が本邸にも寄らず離れの方に来るなんて、おかしいもの。あなたが誑かしたんでしょ!」


 何という謎理論だろう。


 そんな事をするメリットはないし、私はカナリア令嬢ではないと否定していたところなのに。


「お言葉ですが叔父様、それは違います。私をククルと間違えるなんてことがそもそもあり得ませんでしょう? ククルは世間でも美人と評判ですし」


 私とククルは従姉妹同士とは言え、そこまで似ているわけではない。


 鼻筋の通った綺麗め系のククルと小柄でパッとしない私。


 髪色や目の色は似ていても一度会えば間違えるなんて事は普通ないはずだ。


 引きこもりの私と違って、ククルは社交的で最近は夜会にも参加していると聞いている。王子の側近であるゼイン様が、ククルの話を聞かないなんてないと思うのだけれど。


「確かに……それはそうだな」


(あっ、納得してくれるんだ)


 自分で言った言葉ではあるけれど、少しだけ悲しい。


「ククル嬢とフィリオーネ嬢を間違えるなんて事をするはずがありません。だってフィリオーネ嬢の方が美しいではないですか」


「へ?」


 ゼイン様は流れるような仕草で私の手を取り、甲にキスをする。


「俺が結婚したいのはこちらのカナリア。フィリオーネ嬢だけです」


 ひと呼吸遅れて、今の行為を理解する。


(こ、こんな……騎士と姫がするような事を、私に?!)


 あまりの事に、顔が沸騰したかのように熱くなり、頭の中が羞恥と混乱でグルグルする。体は硬直し動かない。


 叔父はポカンとし、そしてククルは……


「ふざけないで!!」


 怒りの顔つきでゼイン様を怒鳴りつけた。


「何よ、王子様の側近だから婚姻を受けてもいいかなぁと思ったけれど、こんなにも見る目がないやつだったのね。そんな奴、こっちから願い下げよ!」


 熱くなった頭が今度は一気に冷めていく。


(ゼイン様になんてことを!)


 相手は伯爵家であるこちらよりも、身分が上の侯爵家のご子息だ。そして第二王子の側近の一人で、右腕とも言われる程の人なのに。


 いくら何でも言葉が過ぎる。


「シャルペ侯爵令息様、申し訳ありません」


 慌てて謝罪の言葉を口にするが、ゼイン様の表情はとても険しい。


「叔父様!」


 さすがにこれはまずいと思い、叔父を見ると、顔をしかめてこちらを見ている。


「ククルの言う通りだ。ゼイン様、あなたの目は節穴のようですね。わが娘よりもフィリオーネを選ぶとは本当に残念だ」


 叔父は深いため息をついて、軽蔑するような目をゼイン様に向けている。


 謝罪する気はないようだ。


「そしてフィリオーネ、お前にも失望した。今まで面倒を見てきたというのに、ククルへ来た縁談を潰し、私たちの顔に泥を塗るとは。今日限りでお前との縁も切らせてもらう」


「え?」


「恩知らずめ、今日中にここから出ていけ。使用人共も首にしてやる」


 あまりの事に言葉が出ない。


「蛇令息なんてこちらからお断りよ。せいぜいその下手くそを連れて行くといいわ。まっ、社交界で笑いものになるでしょうけれど」


 そう言い残すと叔父とククルは苛立たし気に去っていった。





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