第17話 カナリア
いよいよ選定の儀が始まった。
自国の貴族と、そして周辺諸国からは王族も来ている。
規模は以前参加した音楽会よりもずっと大きく、そして雰囲気も全然違う。
「この程度で緊張するなんて、情けないわね」
ククルは慣れたものなのか、堂々とした立ち居振る舞いで、舞台の中央へと向かっていく。
ククルが両手を広げて挨拶をすると、皆からは大きな拍手が沸き上がった。
(すごい……)
色々な夜会にも参加していたし、ククルのファンも多くいるのだろう。
ククルの歌に皆が魅入っている様子を見て、どんどんと自信がなくなっていく。
(いえ、そうは言っていられないわ)
自分がこの場に立つのにどれだけの人の世話になったのか、改めて考えていく。
カナリアの家系に生まれ、幼い頃より歌に慣れ親しんできた。
優しい両親や親戚に囲まれ、楽しく過ごしてきたけれど、両親が亡くなり、離れへと押し込められてしまう。
側にいる使用人たちに支えられ、歌う事はを続けることが出来たが外に出る事も両親の思い出が残る本邸に入る事は出来なかった。
好きな時に歌う事も禁止されていたのだけれど、それでもやめる事をしなかったのは、聞いてくれる人がいたから。
そんな日々が続いたある日、私のところにゼイン様がいらっしゃった。
ククルの婚約者になる人だと思っていたら、私に求婚しにきたのだという。
その事でいざこざが起こり、お世話になっていた叔父に追い出されてしまったことで、生活がガラリと変わっていった。
ゼイン様に助けられ、あそこから連れ出されたのだけれど、不十分であった教育を施してくれ、歌う楽しさと人を好きになるということも思い出させてくれた。
アマリア様やエイディン様など、色々な人に会う事も出来て、色々なところにも連れていってくれた。感謝しかない。
(そんなゼイン様が私を助けようと怪我してしまうなんて!)
それでも彼は私がカナリアになる事を信じ、送り出してくれた。
こんな所で怯んでいては駄目だ。
たとえどんな結果になろうと逃げるなんてしたくない。
◇◇◇
観覧席に着いた時にはククル嬢の歌が終わり、盛大な拍手が送られているところであった。
「間に合った……」
何とか着替えも終わり、フィリオーネが歌う前に着くことが出来た。
「お疲れ様、ゼイン。きちんとフィリオーネ嬢の出番の前に着けたね、偉い偉い」
エイディン様は相変わらずのほほんとした様子だ。
「ゼイン様、大丈夫ですか? 不審な者がフィリオーネ様を狙ったとお聞きしたのですが」
心配そうな様子でアマリア様に詰められ、俺はしっかりと頷く。
「大丈夫です、残らず捕らえましたので。あとは背後に誰がいるかを調べるだけです。それよりもフィリオーネの歌がそろそろ始まります、しっかりと聞きましょう」
会場内が暗くなり、しんと静かになる。
静寂が十分に広まったところで、ふわりとした柔らかな光がフィリオーネを照らした。
二度三度と深呼吸をする様子が見られる、そしてフィリオーネの呼吸に合わせてピアノの旋律が紡がれた。
それに次いで他の楽器の演奏も始まったが。
(これが、フィリオーネ?)
舞台で歌うフィリオーネの様子はいつもと違い、とても厳かなものであった。
場の雰囲気がそうさせているのか、それとも別な力が働いているのか。
目を離せない。
いつの間にかピアノもフルートも、すべての楽器が止まっていた。
けれどフィリオーネの声だけで十分と思われる程、その歌は魅力的である。
誰も声も音も発することが出来ない。聞こえるはフィリオーネの声だけ。
不思議なのはその息遣いも間近に感じられることだ。
(体も温かい。まるで柔らかな日差しに包まれているようだ)
疲労も悩みもなくなるほどに心地が良い。この感覚は初めてフィリオーネの歌を聞いた時以来だ。
ただうまいだけのククルの歌からは感じられないものだ。
そうしてフィリオーネを見つめていると彼女と目が合った気がする。
彼女は少し驚きの様子を見せたが、その後満面の笑みで俺へと歌を届けてくれた。
その背にはまるで天使の羽のようなものが広がっているようにも見える。
(やはり、フィリオーネが本物のカナリアだ……)
フィリオーネの背中に見えた羽はキラキラと光り、選定の儀に来ていた貴族や王族へと降りかかる。
それらは体に触れるとすーっと消えていった。
不思議な光景とフィリオーネの歌に引き込まれていたが、現実へと戻される時が来てしまった。
出来ればこのままフィリオーネの声に包まれていたかったのに、最後のフレーズが紡がれてしまった。
一呼吸を置いた後、フィリオーネは背筋を伸ばし、綺麗な礼をする。
余韻に引きずられ誰も動くことは出来なかったが、ようやく正気に戻った者達からまばらな拍手が起こり、そして大喝采となった。
俺もまたフィリオーネに賞賛の拍手を送ろうとしたのだが、そこでエイディン様に背中を押される。
「ゼイン、そうじゃないだろう」
そうだ、俺はここで拍手を送るだけのものではない。
フィリオーネを一番近くで応援し、支える婚約者だ。
「ゼイン様!」
フィリオーネは満面の笑みで俺に向かって両手を広げてくれる。
「フィリオーネ!」
広げられた両手は俺の背中へと回され、俺もまたその華奢な体に手を回す。
背中に羽はないけれど、キラキラとした名残がまだ残っていた。
「私、頑張りました。ゼイン様を思って、一生懸命に歌ったんです」
「あぁ聞いていた。とても、とっても素敵な歌だった」
上手い言葉なんて出ないけれど、これだけは言える。
「あなたの歌は、最高だ」




