第9話「願いごと」
「……オレ、夢でも見てるの? それとも、マジ死んだのか?」
「何言ってるんだ、死んだのはボクだよ。お前は生きてるよ、人間」
「……ちょっ、ちょっと待て! さっきの猫⁉︎ 生きてたのか⁉︎」
「いや、だから死んだんだって」
「……は⁉︎ どういう事だよ⁉︎ ……意味が分からないんだけど!」
本当に訳が分からない。さっき埋めた、死んでいると思った猫がここまで這い上がってきて、言葉を喋ってる。
如月にされた仕打ちが、あまりにショック過ぎて、自分の頭がおかしくなってしまったのかと、斗哉は思った。
とにかく逃げなければ、ここから離れなければと思うのだが、足が動かない。
「まあ、待てって。落ち着けって。って言っても無理か。人間の常識って面倒だな」
黒猫はニヤッと怪しく笑った。
「とりあえず、その汚れた手と服、何とかしてやるよ」
そう黒猫は告げると、パチンパチンと瞬きした。するとあっという間に、斗哉の手と服の汚れは綺麗になった。
「お! 凄い! マジヤバイな、この力!」
黒猫は、自分のした事に大はしゃぎしている。斗哉は唖然と、それを見守るしかなかった。
「あー、まだ分かんない? ノリ悪いなお前。お前がこの神社にボクの遺体を埋めて、看取ってくれたから、神様? になったみたいなんだよね」
斗哉は理解が追いつかず、恐らくこれは夢だと思う事にした。
***
「夢じゃねえよ。……頭固いなお前。まあ、もうそれでいいや」
「……」
「ボクを看取ってくれたお礼に、何か願い事、叶えてやるよ」
「……は?」
「ほら、ここ神社だからさ。お前くらいの年の人間は、いくらでも願い事あるだろう?」
「……」
夢にしても唐突過ぎて、意味が分からない。斗哉はとりあえず目覚めなければと思った。
「夢と思ってんなら、いいじゃんか。夢でくらい」
「……」
「お前、後悔してる事があるんじゃないの?」
「……な、なんで……」
「救われたいと思ってる。……やり直したいと思ってる事あるんじゃないの?」
「……オレは……」
「さっきボクを埋めてた時、お前の感情が流れ込んで来た。『如月心乃香』との事、何とかしたいと思ってる」
「‼︎」
具体的に名前を出され、斗哉は動揺した。なんだ、この猫。心でも読めるのか⁉︎
「お前の望み叶えられるよ。ボクの力なら」
「……う、嘘だ」
「嘘じゃないよ。今見ただろ? ボクの能力。お前の手と服の汚れ、取り除いたんじゃない、元に戻したんだ。時間を戻したんだよ」
斗哉は自分の手と服を見遣った。時間を戻した?
「夢と思ってんなら、叶えて貰えばいいだろ、疑り深いな」
「それで、お前に何かメリットあるのかよ?」
「お! ノッて来たじゃん! ……だからお礼だって」
斗哉は眉を顰めた。黒猫は続ける。
「きっと哀れなお前を見て、運命の神様が、ボクとお前を出会わせたんだよ。こうなる事はきっと、必然だったんだ」
運命……そうなる運命。斗哉は、今日如月とこうなる事は運命だったのかと、項垂れそうになった。
「お前このままだと、その女の事忘れられないよ。ずっと苦しむよ。あの女の怨情は呪いに近い。しかも神域で『絶対許さない』と言い切った。言霊って知ってる? このままだとあの女の言葉に、呪い殺されるかも……でも、ボクの力なら元に戻せるよ」
斗哉はあの花火の上がる中、如月に言われた言葉を思い出した。再び胸が張り裂けそうになる。救われたい……やり直したい、無かったことにしたい。
「……どうすれば……」
黒猫は、その斗哉の呟きに目を細めて微笑んだ。
***
「願い事には代償が必要なんだ」
「……どんな?」
斗哉はこれが夢だとしても、願い事がそう簡単に叶うものではないと、心の何処かで思っていた。
「お前の、何処かしらの『一部』だよ」
よくあるパターンだと斗哉は思った。ゲームや小説なんかでも「代償」というのは大体そんなものだ。
「驚かないんだね? 冷めてるなー」
「願い事を叶える代償なんだ。そんなもんだろ」
「話が早いじゃん。で、どうする? それがなんなのか叶えてみないと、ボクにも分かんないんだけど?」
黒猫は可愛らしく首を傾げた。
「それは、お前の『目』かもしれないし、『腕』かもしれないし、『内蔵』かもしれない……『心臓』や『頭』なら最悪死ぬかもね」
「‼︎」
「どうする? そりゃ死ぬかもしれないなんて言われたら、嫌だよね。死ななくても、何処かしら『欠損』するんだ。怖いよねー」
馬鹿げてる……斗哉はそう思った。死んだら終わりじゃないか。しかもどこか欠損してまで――そこまでして、叶えてもらう事なのかと思った。
「やめとく? そう……残念。もう二度と会う事はないと思うけど、それじゃあね。バイバイ!」
黒猫は、軽快に階段を登っていく。このまま……このまま見送っていいのだろうか。一度通り過ぎたチャンスというのは、二度と掴めない――斗哉はそれをよく知っていた。
「待って!」
黒猫はその斗哉の呼び声に、ピタリと足を止めた。
「……なあに?」
***
「代償はさっき話した通り。お前の何処かしらの『一部』。それでボクの最大限の力を使って、出来る限り時間を戻してあげる」
「どのくらい?」
「そこはやってみないと分かんないね」
斗哉は暫く考えた。何処まで戻るのかも分からないのに、たとえ夢だとしても、今の自分はどうかしてる。でも――
「分かった、やってくれ」
黒猫はこくりと頷いた。
「じゃあ、いっくよー!」
黒猫がそう叫ぶと、黒猫の大きく開いた目がカッと光った。あまりの眩しさに、斗哉は思わず目を瞑った。
暫くして網膜に光を感じなくなり、目を開けると辺りはシーンと静まり返っていた。目の前にいた猫はもう居なかった。目は見える。目は持っていかれなかったようだ。
さっきまで、全く動かなかった足が動く。斗哉はそのまま、ガクッと階段を降り切った。
その時――
道路の曲がり角から、もの凄い勢いでトラックが走って来た。街灯の光がここまで届いてない――
次の瞬間――
先程の黒猫は、鳥居の上に姿を現し寝そべりながら、欠伸をした。
「あーあ、やっぱり死んじゃった」
つづく
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