第7話「告白ドッキリ 如月心乃香side-その4」
7月13日(日)
祭りの当日は見事に晴れて、待ち合わせの駅前は沢山の人々で賑わっていた。皆浮かれている……いや、本来祭りというものは、そういうものなのかも知れない。
心乃香は慣れない下駄で歩きながら、八神の姿を探した。来ていないかもしれない。ふっとそう思った。こんなめかし込んだ、自分を何処かから見て、笑っているかもしれない。それでも、告白ドッキリは彼らからしたら成功と言える。
心乃香はここに来て、少し弱気になっていた。そんな時、明るい髪の色が、心乃香の視界に入った。私服姿だが間違いなく八神だ。
普段と違うその八神の姿に、心乃香は少し動揺した。いや、大丈夫だ。気合いの入り方なら、絶対自分の方が上だ。
「八神君、お待たせ」
八神はその声に反応して、おもむろに振りかえって来た。次には、唖然とした様子で、心乃香の姿を見て立ち尽くす。
いつもと違う自分の姿に、驚いているのか、引いているのか分からない。
暫くして八神が「じゃ、行こうか」と促して来た。自分の浴衣姿に対するコメントはなかった。
ガッカリと言うか……告白ドッキリを仕掛けるなら、ここは嘘でも誉めておく所ではないか?
心乃香はやはり現実とは厳しいものだと、折角自分を着飾って送り出してくれた、母親と姉に申し訳なく思った。
少し着飾ったくらいで、調子に乗っていた。自分の様な弱者が、世界を変えられるわけがないのだ。
***
お祭りなんか久しぶりだった。正直自分は、人がゴミゴミと密集するところが嫌いだ。こんな事がなければ、絶対来なかっただろう。
祭りが好き、という人たちの気がしれなかった。ただそれを悟られない様に、心乃香は「凄い人だね」とわざと戯けて見せた。
慣れない下駄のせいで、心乃香はふらついてしまった。斗哉が腕を掴んで支えてきた。体に触れられて、ドキッとした。心乃香は動揺を悟られない様に「ごめん、歩き慣れなくって」とハハハと愛想笑いで何とか返した。
八神はそのまま、心乃香の手を握ってくる。
「あ……いや、危ないからさ」
流れる様に手を握られて、心乃香はギョッとした。まるで優しい紳士気取りで、この後こいつは自分を突き放し、笑者にするのだと思うと、怒りでどうにかなりそうだった。
悔しい……絶対負けたくない!
心乃香は、負けじと八神の手を握り返した。
売店には凄い人で中々近寄れず、流される様に本堂の参道前の開けた所に出た。ここはまだ人混みがマシで、神社関係者が何やら呼び込みをしている。神社なのに俗っぽいなと思ったが、その呼び込みに釣られて、ペアの御守りを買わされる羽目になった。
海が近いからか、その御守りは小さな貝と鈴が付いており、二つ合わせると二枚貝になるらしく、一つとして同じものはらないらしい。
心乃香は、この二枚貝の御守りを見つめながら「貝合わせ」を思い出した。
平安時代の貴族の遊びのひとつで、90個以上の貝殻を並べて、ひとつの貝殻に合う貝を見つけるという、現代の神経衰弱に似た遊びだ。
あれはたしか、ハマグリの貝が使われていたはず。この御守りの貝は桜貝だろうか? 「貝合わせ」から着想を得て作られているとした、縁起物だし「この世に二つとない」というのが、希少価値を上げ、更に縁結びの御守りとしても効果してる。
神社側のそのあくなき商売アイデアに、心乃香は感心した。何処ぞで拾って来た貝だろうが、これなら一つ五百円(ペアで千円)でも、浮かれた参拝者は買ってしまうだろう。
***
「そろそろ、花火が始まるな。ここだと人多くて、ちょっと見づらいよな……移動する?」
「なら、ちょっと歩くけど、私いい所知ってるよ?」
仕掛けられる前に、こちらが仕掛けてやる。だが、ここは人が多すぎて、戦いの舞台には似つかわしくないと思った。
ここの境内は、小さな頃たまに来ていた。花火を見るのに、とっておきの場所がある。
そんな場所を、八神に教えるのはシャクだったが、作戦決行の為に仕方ない。それに作戦が成功しようが失敗しようが、二度とここにくる事はないだろうと、心乃香は思った。だからもういいのだと感じていた。
二人は本堂の横道を抜け、竹林の小道を通り、心乃香は申し訳程度に舗装された、階段の上を指差した。
「この先だよ」
そう言われて、八神は少したじろいだ様に見えた。階段はかなりの長さだ。心乃香は下駄でここを登り切れるか心配だったが、ここまで来て億している場合ではない。
一歩一歩何とか登って行く。鼻緒が擦れて痛い。下駄を脱ぎたかった。普段からこんな苦行を当たり前にやっている、世のオシャレ女子、男子に敬服する。
頂上まで登って来ると爽快だった。夜風が気持ちいい。ちょうど花火が夜空に咲き出した。
心乃香はお堂の奥に八神を案内した。ちょうど座れそうなスペースがあり、心乃香はふうっとそこに腰を下ろした。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。見て! 花火、すごく綺麗だね」
八神も心乃香に習って、隣に腰を下ろしてきた。
心乃香は花火を眺めていると、疲れた足と痛みで、気が緩みそうになった。すぐ横の八神の視線に気が付いた。勝負時かもしれない――
心乃香は意を決して「見ないの?」と小首を可愛らしく傾げてみた。沈黙が流れる。もしかしたら、いいムードというやつなのかも知れない。
こいつらが、どこでドッキリを仕掛けてくるか分からない以上、こちらが先回りする必要がある。
まだ来ない……なら――
心乃香は思い切って目を閉じてみた。怖い……
その時、八神が動いた気配がした。本当にキスする気? こんな遊びで? こいつら本当にどうかしてる――
でも、絶対に負けない。
騙されたと気づいた、八神たちの事を想像する。思えば長い10日間だった。やっと、やっと解放されるのだ……心乃香は自然と笑みが溢れた。
心乃香は肩を震わせながら、クククと笑い出す。八神は何が起きているか分からず、その場で固まった。
「ちょっとは楽しめた? 八神君」
そう言いながら、心乃香は目を開けた。目の前には、豆鉄砲でも食らった様な、マヌケな八神の顔がそこにあった。
***
「……え?」
「ちょっとは楽しめたかって、聞いてるんだけど?」
八神は、訳が分からないという顔をしていた。本当に騙されている事に、気が付いてなかった様だ。
「あの告白、嘘だったんでしょ?」
「え⁉︎」
「それで、私を笑者にしたかったんでしょ?」
心乃香は冷ややかに据わった目で、八神を睨み上げながら小首を傾げる。
「あの、眼鏡掛けた、癖毛の……地味で暗そうな奴だよな?」
「あー、あいつか……空気過ぎて、話した事もねーわ」
「男に免疫なさそーだから、告ったら、めっちゃ慌てそう! 想像しただけで、ウケるわ!」
「コロッと騙されそう! そのままやらせてくれるかもよ?」
記憶力は良い方なのだ。私は自分を馬鹿にする言葉を、決して忘れない。
「ああ言う事はさ……誰かが聞いてるかもしれない場所で、馬鹿みたいに大声で話さない方がいいよ? 誰が聞いてるか分からないから」
心乃香はスッと立ち上がり、かつてないほどの冷たい眼差しで、八神を見下した。
「あんたたちみたいなの見てると、虫唾が走るよ。他人の気持ちを全く想像できない、平気で人を傷つける悪魔みたいな人間、本当に死んでほしい。私を馬鹿にしたあんたたちの事、絶対許さないから」
八神は反射的に立ち上がってきた。何? 何か間違ってる? 本当の事でしょ?
八神は何か言いたそうにワナワナと震えている、ハハ悔しいの? 私なんかに騙されて。
「……何? ショック受けてるの? あんたたちがやろうとしてた事と、同じじゃない?」
言いたい事は言ってやった。もうこんな奴と、一秒も一緒に居たくない。心乃香は踵を返した。
「もう二度と、話しかけないで」
去って行く心乃香に、何も言い返す事も出来ず、八神はただただ、そこに立ち尽くしていた。美しい花火の光が、残酷に八神を照らし出していた。
***
心乃香は下駄を脱ぎ、裸足で境内の階段を降りた。たまに見かける人たちは、夜空に咲く花火をうっとりと見上げている。
心乃香は、その花火がまるで、今の自分の心を映す鏡の様だと思った。
言ってやった。スカッとした。自分を馬鹿にする連中は、みんな死ねばいい。着け慣れないコンタクトで目が潤んできた。儚く散っていく花火の残骸が目に映った。
「ざまー、みろ」
……そう呟いた。もっと、晴れ晴れとした気持ちになるかと思っていた。騙された八神の顔を見て、優越感に浸れるかと思っていた。
――なのに
この言い知れない、虚無感はなんだろう? コンタクトが痛いせいじゃない。涙が溢れそうになった。
何も、何も楽しくない。やっぱり何も楽しくない。人を陥れて、馬鹿にして喜んでいる奴らの気持ちなんて、やっぱり私には分からなかった。
自分は馬鹿だ。下駄の鼻緒のせいで、赤くなってしまっている足の付け根を見る。
痛い……
こんな無理して、オシャレして、慣れないコンタクトを無理に着け、来たくもないお祭りにやって来て……
この10日間も、あんな奴らの為に無駄にした。こんな復讐を企てなければ、あんな会話を聞かなければ、今頃自分は、好きな本でも読んで、まったりと平和に、何事もなく平凡に暮らせていただろう。
でも、聞いてしまったのだ、自分を馬鹿にする言葉を。絶対許せなかった。このまま黙っていたら、弱者には何も言う権利はないと、自ら認める事になる。世界がそう出来ていたとしても、自分だけは認めたくない。たとえ世界から追い出されたとしてもだ。
あいつらは私に騙された事に激怒し、自分たちがして来た事を棚に上げ、報復してくるかもしれない。
それでもいい。覚悟の上だ。殺される覚悟の無いものに、攻撃する資格はない。
たとえあいつらに殺されても、後悔はない。
その時は道連れにしてやる。
人には死よりも重いものがある。
私にとって「それ」は命よりも重いのだ。
つづく
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