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【完結】偽りの告白  作者: カムナ リオ
1st round
5/50

第5話「告白ドッキリ 如月心乃香side-その2」

 心乃香はその日の天気予報を見て、これは使えると閃いた。


「お母さん、もっと小さい折り畳み傘ない?」


「え? 今日、雨降りそうなの? だったら、大きいのの方がいいんじゃない?」

「小さいのがいいの」

「鞄に入れやすい様に?」

「……まあ、そんな所。じゃあ行ってきます!」


***


 更に幸運な事に、この日は大量の新刊を図書室に運ぶ事になり、心乃香はこの日、図書委員の当番だったのだ。

 完全に神が味方していると思った。


「如月さん! ちょっ! 手で運ぶの? 重いわよ! 台車使いなさいよ」

「大丈夫です、このくらい。それに私が運ぶんじゃないんで」


 そう言うと、心乃香は本の入った箱を、よっと持ち上げた。


***


 まだ教室に八神の鞄がある。学校内にいるはずだ。心乃香は、八神が教室に戻ってくるのを待った。


 注意深く、心乃香は廊下の隅で、八神が現れるのを待つ。階段から登って来る八神の頭を確認すると、本の入った段ボールを持ち直し、わざとフラフラしながら八神の前に躍り出た。


 私を告白ドッキリに嵌めたいなら、この状況、必ず何か八神からアクションを起こして来るはず――心乃香には確信があった。


「如月、大丈夫? 手伝うよ」


 ほら来た、引っかかった! 心乃香は今、八神に気がついたとばかりに、わざとらしく反応した。


「え⁉︎ あ、八神君⁉︎ わわっ!」


 突然声を掛けられた(てい)で、心乃香は荷物を持ったまま、バランスを崩して倒れ込みそうに装う。

 八神は咄嗟に、心乃香の体を支えてきた。中々の反射神経だ。帰宅部なのが本当に惜しい。


(ひっ!)


 ただ計算外だったのが、八神に体を、背後から抱え込まれる形になってしまった事だ。


 他人に触れられる嫌悪感から、心乃香は反射的に飛び退きそうになったが、すぐに理性のスイッチで上書きした。


(ヤバイ、鳩尾に一発食らわす所だった……)


 以前書物で読んだ「痴漢撃退法」が無意識に体現される所だった。


 八神は、心乃香の体に触れてしまった事に慌てたのか、急いで飛び退いた。――いや、そう言う「ふり」かもしれない。恋愛経験が無さすぎて、どちらなのか見極められないと、心乃香はイライラしてきた。


「あ、ありがとう」


 心乃香は焦る気持ちをぐっと堪え、謙虚さをアピールした。ここで本性を見られようものなら、計画が台無しだ。


 八神は「手伝うよ」と心乃香の持っていた荷物を持ち上げて、少しふらつく。


(カッコつけて……女子が運んでいるものだから、自分なら楽勝とでも思った?) 


 本というのは重いのだ。たかだか紙の集まりと、舐めている人がいるかもしれないが、集まると大変な重量になる。


 心乃香は図書委員なので、この重たい本を、比較的楽に運ぶ方法を熟知していた。


 当然、八神はその方法を知らないらしい。そんな持ち方では、腰に負担が掛かりすぎる。


(ま……教えてやらないけど)


 心乃香は、八神にささやかな復讐を果たした。



***


 八神に、荷物を図書室の指定の場所に置かせている間、心乃香は図書準備室の冷蔵庫から、冷えたお茶のペットボトルを取り出した。

 

 何で図書準備室に、冷蔵庫があるか知らないのだが、自分が入学した頃には既にあった。

 お陰で助かった。買っておくと温くなるし、自販機まで買いに走るのは、わざとらし過ぎる。


 心乃香は一息ついている八神に「これ、お礼。良かったら飲んで」と、ペットボトルを差し出した。


 だが、八神は中々受け取らない。しまった、わざとらし過ぎたか? いや、そもそもお茶がダメだったのかもしれない。心乃香は自分のリサーチ不足に気がついた。こういうちょっとした事から、完全犯罪は綻ぶのかもしれないと思った。


「あ、お茶嫌いだった?」


 ならここはすぐに引っ込めて、健気さをアピールだ。切り替えろ、安西先輩ならきっとそうする。


 しかし八神は、引っ込めらそうになっていたペットボトルを掴んで「いや、嫌いじゃないよ。ありがとう」とお礼を言って来た。


 心乃香はホッとして、顔が綻びそうになった。そうだ、忘れてた。仕掛けているのは、向こうも同じなのだ。私の機嫌を(そこな)いそうな事は絶対しないはず。受け取らないという選択肢は無かったのだ。


 これは「相手を落とせるか」という攻防戦だ。


「如月、今日一緒に帰らない?」


 八神はペットボトルを受け取ると、すかさず次を続けてきた。ほらそうだ。気を抜いている場合では無い。ただこの申し出は好都合だ。こちらから折を見て、誘うつもりだったからだ。


「……え? でも、これから委員会の仕事あるから」


 すぐにOKは出さない。ここは焦らして様子を見る。


「待ってるよ」


 もう少し……


「いや、悪いよ。時間かかると思うし。……それにうち遠いし……」


 帰る方向が違うとアピール。それでも食い下がって来るのか? 


「それなら尚の事送るよ。待ってる」

「……」


「……やっぱ、迷惑? オレと帰るのイヤかな?」

「え? ……その……」


 心乃香はたとえ作戦だったとしても、ナチュラルに女子に接して来る、八神のスキルに少し脱帽しかかった。正直こんな勝ち組を、自分が本当に落とせるなんて思えなくなって来た。


 昔祖母の家で読んだ、少女漫画の台詞が急に思い出された。美内すずえ風に言うなら「恐ろしい子」だ。負けたくない……こんな生まれた時から、勝ってきた奴なんかに。


 立ち向かうと決めたのだ。まだ負けてない! 


「分かった。多分一時間くらいで終わるから、待っててくれると……嬉しい」


 この「嬉しい」というフレーズが重要なのだ。「感謝の言葉」というのは、どんな人にとっても嬉しいはずた。たとえ八神を籠絡出来ないとしても、彼は自分の作戦が上手くいっていると考える。


 私が八神に気があると、きっと思っているはずだ。


***


 心乃香は、図書室を出て行く八神を見送ると、委員会の仕事をしながら、雨が降って来るのを待った。

 降水確率通りなら、神が味方をしてくれているなら、きっと雨が降って来る――


***


 図書室を閉める時間になった頃、本当に雨が降って来た。


 それを望んでいたはずなのに、心乃香は体が少し震えてきた。殺人犯が計画的に人を殺しに行く時、もしかしたら、こんな心持ちなのかもしれないと思った。


 別の不安もあった。もう八神は待っていないかもしれない。帰ってしまったかもしれない。そうなれば計画は誤破産だ。また新たな計画を立てるか、そのまま祭りの日を迎えるしかない。


 だが、八神は教室で待っていた。机に突っ伏して寝ていた。こいつにとっての、人を騙して笑いたいという原動力は、相当なものだと思った。


「……八神君、八神君!」


 徐に八神が目を覚まし、起き上がる。本当に熟睡していたのだろう。頬に指の跡が付いていた。


「ごめん、お待たせ。帰ろっか? ……ふふっ」


 ここは何か、リアクションしておいた方がいいかもしれないと、安西先輩を思い出し「跡が付いてるよ」とはにかんでみせた。


 八神は、照れ臭そうに腕で顔を覆う。なんだその可愛い子アピールは。これが演技だとしたら、アカデミー賞ものだ。


***


「げっ……雨! さっきまで降ってなかったのに……」


 八神は、昇降口の扉越しに外を眺めて、嫌そうに呟いた。


 このリアクション、傘は持っていない様だ。もし八神が傘を持っていたら、自分は傘を忘れたふりをし、八神の傘に入れてもらい、八神が傘を持っていなかったら、自分の折り畳み傘に、彼を入れるつもりだった。


 相合傘ーー


 古典的な方法だが、極めて自然に体を密着させられる。その為に、わざわざ小さな折り畳み傘を母から借りてきた。正直、自分の貧相な体を密着させた所で、この男が、自分を女として意識するとは思えなかったが、逆にその貧相さが、ギャップとして響くかもしれない――


 いや、何を言ってるか分からなくなってきた。ただ、やるからには、ゼロじゃないと思いたかった。何かしら、効果があると信じたかった。


「今日夕方から降水確率50%だったよ」


 心乃香はそう言うと、鞄から折り畳み傘を取り出した。


「……一緒に入っていく?」


 心乃香は上目遣いで聞いてみた。自分としては、精一杯ぶりっ子してるつもりだが、他人から見たらどうか分からない。


 八神は一瞬たじろいだ。まずい、わざとらしかったかと心乃香は焦った。大体女子の傘に、一緒に入る事に抵抗があるかもしれない。


 普段の私だったら、逆の状況だったとして、まずその誘いに乗らないだろう。男子と傘という密室に閉じ込められる拷問を考えたら、そのまま雨にうたれながら、走って帰る事を選ぶだろう。


「うん。助かるよ」と八神は続けた。凄いなリア充、と心乃香は素直に感心した。


***


 外は大分薄暗くなってきていた。雨のせいか、外練の運動部の人たちも、早めに練習を引き上げており、生徒の数も疎だった。


 自分で誘っておいてなんだが、出来るだけ人に、特に知り合いには、見られたくないと心乃香は思っていた。


 心乃香が持ってきていた、小さめの折り畳み傘に、二人で入りながら歩く。雨が当たらない様にすると、自然と肩が触れる。


 作戦通り……作戦通りなのだが、八神の体温を肩に感じて、心乃香は羞恥で、心臓が飛び出しそうだった。

 

 これは諸刃の剣だ。少なからず、相手側にもダメージが行くかもしれないが、こちら側のダメージが酷い。耐えられない。初めて感じる異性の体温に、体がどうにかなりそうだった。


 何も気取られてはならないと、心乃香は必死に何かに耐えていた。そんな時、八神が心乃香に話しかけてきた。


「如月んちって、どこら辺なの?」


「駅向こうだよ」


「如月って、本好きなの?」


「え?」


「いやだって、図書委員で文芸部って……」


「良く知ってるね?」


「そりゃ……」


 相当にリサーチされてる。心乃香は血の気が引いた。こいつらは弱者を常に笑者にしてきたのだろう、嫌がらせに対する経験が、こちらとは全然違う。ずっと格上だ。


 心乃香は恐ろしくなり、ふっと八神を見遣った。相手もこちらを見ている。顔が近い……ウソ……ヤダ……殺られる! 


 心乃香は何とか視線を逸らした。ちょうどバスがやって来る音がした。神の助けだ。


 本当は、駅までは一緒に歩くつもりだった。だがもう限界だ。私にはこれ以上無理だ。心乃香は何とか次の言葉を絞り出した。


「ここでいいよ。ありがとう。ここからバスだから、その傘貸してあげる」


「え?」


 止まったバスのステップに、心乃香は飛び乗った。ただこのままでは、今までの苦労が、水の泡だと我に返った。勇気を出せ! 


 ドアが閉まる前に「お祭りの日は晴れるといいね」と何とかギリギリ柔らかく囁いてみせた。


 車窓から八神が見えなくなるまで、作り笑いで耐えた。


 八神の姿が視界から消えた途端、腰が抜けてその場にへたり込んでしまった。


 八神は今日の事を何とも思ってないかもしれない。なのに自分はこんなにダメージを受けてる。


 心乃香は、強者と弱者の間のレベルの差をまじまじと感じ、この世の不公平さを改めて身に感じていた。

 

***


 心乃香が自宅側のバス停に着いた時、まだ雨が降っていて、心乃香は鞄を頭に(かざ)し、走って自宅まで帰ることになった。先程、傘を八神に貸してしまったからだ。


 こうなる事にも気が付かなかったとは、自分は相当動揺している。


 自室に何とかたどり着き、ベッドに倒れ込んだ。何をやっているのかと、自分が惨めになって来た。この弱音が弱者の本質なのだ。


 分かってる……分かってるが、虚しくて居た堪れない。負けそう……。


 心乃香は、復讐の続きは、明日からの自分に任せる事にして、枕に顔を埋めて、声を押し殺して静かに泣いた。



つづく

「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」「今後どうなるの⁉︎」

と思ったら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。

面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろんかまいません。

ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。

何卒よろしくお願いいたします。

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