第48話「返事」
神社のお祭りと聞いて、心乃香はギクッとした。そこから、八神との奇妙な関係が始まったと言っても、過言ではないからだ。
「……お祭り……」
「ほら、誘う! 今誘う!」
「え⁉︎ 今から?」
「メッセージでいいからさ。それに今誘って、すぐ返事が来たら脈アリだし、断られたら脈なしだし、分かりやすいじゃん! 私頭いいー!」
当たり前の事を、さも自慢げに得意がる姉の態度に、心乃香は呆れた。
でも確かに良い方法かもしれない。自分では、こんな方法すぐ思いつかなかっただろう。まず人を誘うと言う発想がなかったのだ。今までの人生で、人を何処かに誘った事などない。
心乃香が悩んでいるうちに、居間のテーブルの上に、置きっぱなしになっていた心乃香のスマホを、姉が勢いよく取って投げてきた。
「ちょっ、危ないな!」
「早く! 早く!」
姉と母親がウキウキと、心乃香が文章を打つのを、今か今かと待っている。
(……)
「見られてると、やりずらい!」
心乃香は逃げる様に、自室へ向かった。
「ちゃんと送るのよー」と姉が声を掛けて来る。もうあれは心配してるとかではなく、面白がってる。心乃香はそう感じて、より一層恥ずかしくなった。
***
心乃香は自室に戻り、椅子に座ると机に置いたスマホを睨みつけた。散々考えた挙句「今週末のお祭り、一緒に行かない?」と言うメッセージを何とか送ると、その場で脱力した。
面と向かって誘った訳でもないのに、このエネルギーの消費……かつて八神はドッキリだったとしても、平気で自分をお祭りに誘ってきた。
気持ちが無かったから、簡単だったのかもしれないが、もし自分が逆の立場だったとしたら、何とも思っていなかったとしても、人を何処かに誘うと言う行為は、大変な勇気がいる事の様に感じた。
きっと八神は、何とも思わない人間なのだろう。まさしく陽キャの所業……。住む世界が違いすぎると心乃香は改めて感じ、自分の身の程の知らなさに、悪寒が走った。
でも、恋とは時に、そんな自分の中にあるはずの常識を、ねじ伏せてしまう熱情なのかもしれない。
(“恋”って……)
そう改めて言葉にすると、心乃香かは耳元が熱くなった。
心乃香は、何でこんな気持ちを、八神に抱く事になってしまったか考えた。
始めはむしろ大嫌いだったのだ。自分とは全く違う考えの持ち主だし、人の言う事は聞かない上に、迷惑を他人に無意識で、押し付けて来る様な奴だ。
挙句、自分の行動に責任も持てない、情けない所があって、無鉄砲で……
そこまで考えて、何でこんなに八神の事が気になってるのか、心乃香は不思議に思った。合理的理由が思い当たらないからだ。
(分からない……分からないけど……気になる。彼の事を考えると、理由なく切なくなる……きっとこれが『恋に落ちる』って事なんだ……)
心乃香はそんな事を考えながら、スマホの前で斗哉からの返事を待ったが、待てど暮らせど、斗哉から返事が来る事はなかった。
***
姉の『返事がすぐ来なければ脈なし』という言葉が、心乃香の頭を過っていた。
たとえそうだとしても「行けない」と一言返信してくれればいいのにと、心乃香は考えてしまっていた。
人を誘うと言う事は、そう言う事もあるのだと、心乃香は改めて思い知らされた。待ってる間しんどすぎるのだ。
返信すら出来ない程忙しいのかもしれないと、考える事で気持ちを落ち着ける。もう自分とは、関わりたくないと言う事かもしれないと思うと、胸が張り裂けそうだったからだ。
でもそれも仕方ない事かもしれない。思えば、彼には辛く当たってばかりいた気もする。別段辛く当たっていた意識はないが、この自分の性格自体が、彼には耐え難かったのかもしれない。
かもしれないではなく、恐らくそうだろう。
元々違う世界に生きて来た、交差する事は本来なかった相手だ。これが本来あるべき世界だったのだと、心乃香はぼんやりと、考える様になっていた。
***
心乃香がメッセージを送信して数日経った頃、祭りの日の直前に、斗哉からのメッセージが来た。
『返事遅くなってゴメン。どこで何時に待ち合わせる?』
心乃香は、もう返事が来ないものと思っていたので、斗哉から返信が来た事にギョッとした。
返信はすぐに来なかったが、誘いには乗って来た。これは、姉の恋愛観的にはどっちなんだろうと考えた。心乃香には、恋愛経験が無さすぎて判断しかねた。
***
「えー⁉︎ 返事来たの? 行くって? そんなのもう脈ありだよ!」
「……え? でもすぐ返事が来なかったら、脈なしって……」
「行くって言って来たんでしょ? だったらありでしょ!」
「え……」この前と言ってる事が違うではないかと、心乃香は姉に不信感を覚えた。
「あ……でも、待って! 心乃香の気持ちに気が付いて、どう断るか悩んで返信遅くなったパターンもありか……」
「え? わざわざ会って断ろうしてるの? その場合、会いたくないんじゃない? 文面で伝えれば済む事じゃ……」
「誠実に断るなら、直接会ってと思ってるかも?」
誠実? あいつにそんなものあるもんかと心乃香は思ったが、恋愛経験が乏しすぎて以下略。と言うか、この前までは完全に煽って来ていたのに、姉の態度はどうしたものかと、心乃香は困惑した。完全に姉に遊ばれている気がした。
「もういい。とりあえず明日行って来るよ。それだけ。じゃ……」
心乃香が姉の部屋を出て行こうとした時、心乃香はガシッと腕を掴まれた。姉はニヤリと不気味に微笑んだ。
***
「え……もう、いいのに……」
心乃香は、このパターンに内心うんざりしていた。姉と母親がまた浴衣を引っ張り出して、着付けると言い出したのだ。
「何でそんなテンション低いのよ! 今日は勝負の日でしょ? 勝負服着ていかなくてどうするのよ!」
「いや、前着た時、下駄痛かったし。それに……」
心乃香は、初めて斗哉と祭りに行った時の事を思い出した。
「浴衣姿、不評だったし……」
「え⁉︎ 不評? そんな事言われたの⁉︎ ほら、お母さん、絶対こっちの色の方が良かったんだって!」
浴衣の色の問題ではない。えー心外と、二年前の浴衣を選んだ母が、項垂れてしまった。
「絶対、心乃香に似合ってたのに。それに八神君なら、何でも褒めてくれそうなのにー」
あいつに、どんなイメージを持っているのかと、心乃香は少々呆れた。確かに貶された訳ではないが、褒められもしなかった。
きっと自分の浴衣姿なんて、どうでも良かったのだろう。それを考えると、またこんなにめかし込んでいくなんてと、虚しくなってくる。
「不評って、似合ってないとか言われたの? ……いつもと違う心乃香の姿に、びっくりしただけじゃない?」
姉に負けず劣らず母親もポジティブだ。どうしてそんな、前向きな考えに至るのだろう?
「いや、何も言われなかっただけ……」
「なんだ!」
「え?」
「じゃあ照れてただけね! それが恥ずかしくてコメント出来なかったのよ!」
凄まじい陽の解釈に、心乃香は言葉を失った。前向き過ぎて、もう怖い。
心乃香の心の内も知らず、母親と姉はワイのワイのと心乃香を着付けだした。
そのあまりの楽しげな様子に、たとえ今日斗哉との縁が完全に切れてしまっても、今度は本当に二人の思いに報いる事が出来るのだと、心乃香は目頭が熱くなった。
今度は嘘じゃない――
つづく
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