第4話「告白ドッキリ 如月心乃香side-その1」
人として最も最低な行為は「裏切る」事だ――
心乃香にはどうしても許せないものがあった。人を馬鹿にして、嘲笑う人間の事だ。
人が「イジメ」を行うのは、本能だと何かの書物で読んだ事がある。本能なので無くならない、どうしようもないとの事だ。
だからイジメられる弱者は、極論を言えば、それが仕方ないと受け入れるしかないらしい。
この世は弱肉強食だ。どんな綺麗事を並べても所詮「人間」だって動物だ。本能には逆らえない。その摂理の中、生きている。
頭が良く体が強い人間がのし上がり、頭が悪く体の弱い人間は、底辺へ追いやられる。弱者は強者に何をされても文句は言えない。
だって「負けた者」だから。
「勝ってきた者」に何も言う権利はない。
仕方がない、それが「世の中」だから。
でもそれが、心乃香にはどうしても受け入れなれなかった。偽善からではない。自分が弱者だと分かっているからだ。
だから自分は、はなからその舞台に上がっていない。誰にも迷惑を掛けていない。なのに強者たちは自分の虚栄心を満たす為だけに、弱者を嘲る為、引き摺り上げるのだ。とても「人」の所業と思えない。
何が弱肉強食だ。私はそんなものには嵌らない。私を馬鹿にする奴には皆噛みついて、分からせてやる。弱者にも牙があり、その気になれば、強者だって殺せるって事を。
***
7月4日(金)
「……突然、ごめん。オレ、ずっと、如月の事が……」
如月心乃香は、同じクラスの八神斗哉のその告白に戦慄した。あの声の主はお前かと――
それは昨日の出来事に遡る――
***
7月3日(木)
心乃香が部活後、鞄を取りに教室へと戻って来た時、教室から、けたたましい男子たちの笑い声が聞こえ、ギョッとした。
心乃香はガキくさい、品のない男子が大嫌いだった。なので教室に今入るのが躊躇われた。
次の瞬間「23番って誰だっけ?」という声がした。
――え? 23番?
心乃香は何だか嫌な予感がして、そっと教室のドアに聞き耳を立てた。
「えーと……如月だな」
「……如月? 如月ってどんな奴だっけ?」
嫌な予感は的中した。自分の事だ。何を言われるのか恐ろしくなって、その場から離れようかと思ったが、すくんで足が上手く動かない。
「あの、眼鏡掛けた、癖毛の……地味で暗そうな奴だよな?」
「あー、あいつか……空気過ぎて、話した事もねーわ」
「男に免疫なさそーだから、告ったら、めっちゃ慌てそう! 想像しただけで、ウケるわ!」
「コロッと騙されそう! そのままやらせてくれるかもよ?」
「やだよ。あんなのとしたくねーし!」
「おいコラ、逃げんのか! フリでいいんだって。何も本当に付き合えって言ってないだろ? 俺らを楽しませろよ!」
沸々と、怒りと悔しさが込み上げてくる。泣きそうなのを何とか堪える。こんな奴らの為に、絶対泣きたくない。
心乃香は、震える足で何とかその場を離れた。
***
心乃香は、いつ教室を出て行くか分からない男子生徒たちにヤキモキしながら、図書室でずっと待機していた。
(悔しい……逃げてきた、自分が情けない……)
涙が溢れそうなのをぐっと堪える。自分がこんな所で悔しさに耐えているのを、あの男子たちは微塵も想像していないだろう。いや、見られたら、声を上げて笑い馬鹿にしてくるかもしれない。
強者と言うのはいつでもそうだ。弱者に落ちた事のない人間には、決して弱者の気持ちは分からない。
戦争に負けた事のない国民が、決して敗者の気持ちが分からない様に――
気がつけば、空が少し薄暗くなってきていた。図書室ももうすぐ閉まる。
心乃香は図書室を後にして、恐る恐る教室に戻る。教室内にはもう誰も居らず、心乃香は心底ホッとして、自分の鞄を掴んだ。
情けない事は分かっていた。だかとても、先程の男子たちに食ってかかる勇気が無い。それに、自分のうだつが上がらないのは本当だ。
もう、忘れよう……聞かなかった事にしよう……
悔しさを、心にグイッと押し込めた。こういう時、心乃香は自分の心が死んでいく様に感じた。
***
だか次の日、体育館裏に呼び出された。
今思うと、何故行ってしまったのかと思う。
昨日の事は忘れようと思っていたが、僅かに残っていた人としてのプライドが、自分の足を、体育館裏に向かわせたのかもしれない。
「……え?」
「いや、だから、オレ、如月の事が好きなんだ」
昨日の男子たちは本当に「告白ドッキリ」を仕掛けてきた。正直目眩がした。「告白」して、嘘だったと「裏切る」。
その告白を信じた人間を嘲笑うのだ。何という悪質な「裏切り」、これはもう「イジメ」だ。
そう思った時、心乃香の心に、復讐の怒りが燃え上がってきた。自分を弱者と嘲笑うこいつらに、思い知らせてやると。
そう考えた瞬間、不思議と心乃香の頭は冴えてきた。人が完全犯罪を思いついた時、こんな心持ちになるのかもと思った。
心乃香はまるで走馬灯を見るように、今まで読んできた書物や、体験してきた事象を頭に巡らせた。
まず、第一声、どう答えるべきか?
心乃香は、役者の神でも降ろしたかの様に、俯いて、モジモジしながら呟いた。
「……や、八神君と話した事、ないよね? わ、私なんかの、何処が好きなの?」
八神は少し考えると、白々しく答えた。
「可愛いところ」
は⁉︎ ……どの口が言うのだと、心乃香は叫びそうになるのをぐっと堪える。我慢だ、我慢……。
「え⁉︎ ……あ、あの、でも、私、八神君の事よく知らないし……えっと……」
告白ドッキリと言うのは、告白された相手がそれを信じないと始まらない。心乃香は答えを曖昧にし、八神の出方を待った。
「それじゃあさ、とりあえずオレの事をよく知ってもらう為に、二人でどこか出かけない?」
「え⁉︎」
そう来るのか。ここで決着をつけるつもりではないらしい。
「来週、隣町でお祭りあるの知ってる? 一緒に行かない?」
決戦はその「お祭り」でと言う事か。なる程、受けてたとうじゃないか。そう思いつつも、心乃香はここですぐにその話に乗ると、自分の企みを気取られるかもしれないと、わざと迷ってるふりをした。
「えっと……」
何だ、このキャラは? と心乃香は自分に突っ込んだ。この感じ……何処かで……
「……ダメ?」
八神は痺れを切らし、上目遣いで甘える様に聞いてきた。こんな感じで、色んな女子にちょっかい出してるんだろうなと、心乃香は軽蔑の眼差しで、八神を見遣った。
「……わ、分かった。……いいよ」
……もうこのキャラ、限界だわ。
恐らく、怪しまれてない……はず。
***
お祭りデートに行く前に、心乃香は八神の事を調べる事にした。敵を知らずして、戦えないと思ったからだ。
フルネーム『八神斗哉』
見た目通りのチャラチャラした人間で、クラスでは目立つ方だ。自分とは対照的な人間だと思った。くだらない連中とよく連んでいて、割とモテるようだ。こんな奴を好きになる子の気がしれないが、他人の趣味に口を出すつもりはない。
部活には所属していなく、暇を持て余している様だ。何かに夢中になれれば、人を見下す計画を立てる様な馬鹿な事もしないだろうにと、心乃香は思った。「暇」と言うのは本当に人をダメにする。
それにきっと、こういう人間は、何かに夢中になるなんて事が出来ないのだ。だからそう言った、何かに一生懸命に取り組んでいる人を「必死かよ!」と馬鹿にする。哀れで可哀想な人間なのかもしれない。
勉強はそこそこ出来て、運動神経は良いようだ。その能力を活かして何処ぞの運動部にでも所属すれば、毒気が抜けて、まともになるかもしれないのにと心乃香は思ったが、八神の様な捻くれた根性の持ち主では、部内で問題を起こしそうだとも思った。
あの日に告白ドッキリを立案した、他の男子の事も突き止めた。八神とよく連んでいる菊池と五十嵐だ。声の感じからしても間違いない。この二人にも是非とも復讐したかったが、あまり動くと気づかれるかもしれない。今回はターゲットを八神に絞る事にした。
そんな事を授業中考えながら、ふっと八神の方を見遣ったら、八神と目があった。何か気取られたかもと焦ったが、まだ何もアクションを起こしてない。大丈夫だと自分に言い聞かせた。
目が合ったついでに、少し慌ててみたら、八神が意識するかもしれないと、少々わざとらしいと思ったが、気のあるふりをして慌てて前に向き直ってみた。
祭りまで、一週間足らず……その間に何とか八神を、その気にさせなければならない。
あんたたちが私にしようとしてた事、そっくりそのまま仕返ししてやるよ。
***
決戦だと意気込んだものの、八神を振り向かせる、作戦が具体的に思い浮かばない。
自分は常に負けている側の人間だったので、異性から告白された経験もない。大体、誰かから好かれる様な「勝ち組」の人間だったら、今回の告白ドッキリのターゲットなんかに、なってないはずだ。
心乃香は自分の周りの「モテる女子」の事を思い浮かべた。文芸部の安西先輩。女の自分から見ても、綺麗で大変可愛らしい気がする。男受けもいい。ああ、そう言えば……
体育館裏で咄嗟に演じたキャラは、無意識に安西先輩をモデルにしていたかもしれないと、心乃香は思い出した。どんな時でも笑顔を振り撒き、控えめで、健気で、甘え上手、男の庇護欲を刺激する……よくよく考えると流石だと思った。
以前、安西先輩がこんな事を言っていた事を思い出した。「男子はさりげない、ボディタッチに弱い」らしい。正直それは先輩の容姿あってのもので、自分なんかがやっても逆効果な気もする。
ただ、元々あんな完璧な容姿なのにも関わらず、更に自分を可愛く見せる為日々精進し、自分を殺し男に媚びて、異性にモテる先輩の努力を思うと、「勝ち組」は勝つべくして勝っていると、心乃香は素直に思った。
心乃香には、とても真似できないと思ったからだ。だが、今回はそんな事を言っていられないのだ。
八神を何としても自分に振り向かせる為、安西先輩以上の努力が必要だと、心乃香は覚悟した。
つづく
この4話から、もう一人の主人公「如月心乃香」視点になります。心乃香が八神斗哉の告白ドッキリを受けて、何を考え、何を思って行動していたのか、お楽しみ下さい!
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