第3話「告白ドッキリ-その3」
自宅に帰宅した斗哉は、自室でベッドの上に制服のまま突っ伏していた。
(やばい……このままじゃ、オレ……)
ミイラ取りがミイラになる。
斗哉は落ち着けと、自分を律する様に深呼吸した。これはドッキリなんだ。
普段自分の周りにいないタイプなので、混乱しているだけだ。大体あんな地味な女、全然タイプじゃない。
それにもし、本当に如月の事を好きになってしまったら、あいつらにどれだけ揶揄われるかと、ゾッとした。
斗哉はそれを思うと、大分冷静になって来た。どうかしていた。ドッキリだったと告白された時の如月の事を思い浮かべて、モヤモヤした気持ちを吹き飛ばそうとした。
ただ斗哉は、ほんの少しだけ、心の奥がチクリとした気がしていた。
***
斗哉はその次の日から、何故だか如月の事が直視出来なくなっていた。
この気持ちが何なのか、分からないまま、祭りの当日を迎える事になってしまった。
***
7月13日(日)
祭りの当日は見事に晴れて、待ち合わせの駅前は沢山の人々で賑わっていた。皆浮かれている……いや、本来祭りというものは、そういうものなのかも知れない。そんな風に通り過ぎる人々を、斗哉はボーと眺めていた。
本当は、今日ここに来るか迷っていた。ドッキリだと何度自分に言い聞かせても、拭えない何かがある。始めは、単なる罰ゲームでお遊びのつもりだったのだ。軽く「笑える」だろうと気軽に始めた事だ。
でも――
これ以上、如月に関わってはいけない気がする。色んな意味で。
やっぱり帰ろうかと思った時、後ろから呼び止められた。
「八神君、お待たせ」
そこには、いつもと違う如月が立っていた。
(……え? 浴衣⁉︎)
普段の膨張した癖毛の髪を丁寧に結い上げ、可愛らしく鮮やかな飾りを刺して、薄水色の爽やかな浴衣に身を包んでいる。
眼鏡をしていないせいか、いつもより目が大きく見える。その瞳で、斗哉の顔を覗き込んで来る。
(か……可愛い……)
きっと、自分の為にわざわざ浴衣まで着て、こんなに可愛くして来てくれたのだと思うと、胸が詰まりそうになった。
(今から、オレ、こいつにドッキリだったって告白……するのか?)
斗哉は、罪悪感で胸が押し潰されそうになった。
ここは、絶対浴衣姿を褒めるべき……分かっているのに、斗哉は言葉が出なかった。
言葉にしたら、自分が思っている事が嘘になる気がした。それがどうしても嫌だった。
***
(こんな事なら、あの告った日、さっさとドッキリだって告白しておけばよかった……)
隣を歩く如月は「凄い人だね」と少し祭りの気に当てられた様に、上ずって笑っていた。表情がいつもより明るい気がする。
陰キャなんて思えない程に。普通に可愛い女の子だ。
不意に如月がふらつく。元々鈍臭いのに下駄を履いているせいで、足元がおぼつかないんだろう。斗哉が腕を掴んで支えてやると「ごめん、歩き慣れなくって」とハハハと如月はすまなそうに笑った。
斗哉はその笑顔に堪らず、如月の手を握ってしまった。
「あ……いや、危ないからさ」
手を握られた如月はギョッとしていたが、暫くして、斗哉の手を握り返して来た。
(……⁉︎)
ヤバイ……ドキドキしてきた。
手を繋いだまま、神社内の参道に向かう。道の周りには沢山の屋台が出ており、華やかで、いい匂いがして、隣に彼女の温もりを感じて夢心地だった。
(……オレ……本当に、如月の事……)
売店には凄い人で中々近寄れず、流される様に本堂の参道前の開けた所に出た。ここはまだ人混みがマシで、神社関係者が何やら呼び込みをしている。神社なのに俗っぽいなと思ったが、その呼び込みに釣られて、ペアの御守りを買わされる羽目になった。
海が近いからか、その御守りは小さな貝と鈴が付いており、二つ合わせると二枚貝になるらしく、一つとして同じものはらないらしい。
如月は物珍しそうに、真剣にその片方の自分の分を見つめていた。気に入ってくれたのかな? と、斗哉はこういうものを持つのが、正直気恥ずかしかったのだが、如月が気に入ってくれたのなら、それでいいやと思った。
***
「そろそろ、花火が始まるな。ここだと人多くて、ちょっと見づらいよな……移動する?」
「なら、ちょっと歩くけど、私いい所知ってるよ?」
そう微笑んだ如月の顔はどこか妖艶で、斗哉はドキッとした。
隣町の神社だったので、斗哉はあまり土地勘がなかった。二人は本堂の横道を抜けると、竹林の小道を通り、如月は申し訳程度に舗装された、階段の上を指差した。
「この先だよ」
街灯も申し訳程度で、何処か心細い場所だ。ここまで来ると人が疎だった。
階段はかなりの長さだった。下駄の如月を気遣いながら登った。オレが場所を変えようと言ったから?
着なれない浴衣と履きなれない下駄で、わざわざ花火の見やすい場所に、案内してくれているのかと思うと、斗哉は如月が愛おしくなった。
(……あいつらに、馬鹿にされてもいい。もう、オレ……)
ここまで登って来ると爽快だった。夜風が気持ちいい。ちょうど花火が夜空に咲き出した。綺麗だな……
お堂の奥に案内されると、ちょうど座れそうなスペースがあり、如月はふうっとそこに腰を下ろした。
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫だよ。見て! 花火、すごく綺麗だね」
斗哉も如月に習って、隣に腰を下ろした。
花火の光に照らされた、如月の顔がすぐ横にある。ずっと見つめていると、それに如月が気が付いた。
「見ないの?」と小首を可愛らしく傾げてくる。暫くして、如月が顔を近づけて目を閉じた。斗哉は吸い寄せられる様に、如月の唇に自分の唇を寄せようとした――
その時――
如月が肩を震わせながら、クククと笑い出した。斗哉は何が起きているか分からず、その場で固まった。
「ちょっとは楽しめた? 八神君」
如月はそう言いながら、目を開いた。その表情は、斗哉の知っている如月のものとは、まるで別人だった。
***
「……え?」
「ちょっとは楽しめたかって、聞いてるんだけど?」
斗哉は如月の豹変ぷりに、理解が追いつかなかった。
「あの告白、嘘だったんでしょ?」
「え⁉︎」
「それで、私を笑者にしたかったんでしょ?」
如月は冷ややかに据わった目で、斗哉を睨み上げながら小首を傾げる。
「あの、眼鏡掛けた、癖毛の……地味で暗そうな奴だよな?」
「あー、あいつか……空気過ぎて、話した事もねーわ」
「男に免疫なさそーだから、告ったら、めっちゃ慌てそう! 想像しただけで、ウケるわ!」
「コロッと騙されそう! そのままやらせてくれるかもよ?」
斗哉はゾッとした。如月が突然復唱した言葉は、あの日の自分たちの会話だ。
「ああ言う事はさ……誰かが聞いてるかもしれない場所で、馬鹿みたいに大声で話さない方がいいよ? 誰が聞いてるか分からないから」
(き、聞かれてた……)
如月はスッと立ち上がり、かつてないほどの冷たい眼差しで、斗哉を見下した。
「あんたたちみたいなの見てると、虫唾が走るよ。他人の気持ちを全く想像できない、平気で人を傷つける悪魔みたいな人間、本当に死んでほしい。私を馬鹿にしたあんたたちの事、絶対許さないから」
斗哉は反射的に立ち上がった。いや、違う。違くないけれど……ショックのあまり言葉が出てこない。如月はその斗哉の表情を見て、ハハハと嘲け笑った。
「……何? ショック受けてるの? あんたたちがやろうとしてた事と、同じじゃない?」
そうだ……オレは今如月にされている事を、そっくり如月にしようとしていたのだ。
如月は踵を返すと、去り際に斗哉を睨んで、こう続けた。
「もう二度と、話しかけないで」
去って行く如月に、何も言い返す事も出来ず、斗哉はただただ、そこに立ち尽くしていた。美しい花火の光が、残酷に斗哉を照らし出していた。
***
如月は下駄を脱ぎ、裸足で境内の階段を降りた。たまに見かける人たちは、夜空に咲く花火をうっとりと見上げている。
如月は、その花火がまるで、今の自分の心を映す鏡の様だと思った。
言ってやった。スカッとした。自分を馬鹿にする連中は、みんな死ねばいい。着け慣れないコンタクトで目が潤んできた。儚く散っていく花火の残骸が目に映った。
「ざまー、みろ」
つづく
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