第27話「3周目〜出雲への旅路〜」
「八神、八神!」
斗哉は呼びかけられて、ハッとした。どうやら眠ってしまっていたようだ。
「立ったまま寝るなんて、本当器用ね。席空いて来たわよ」
大きな駅を通過し、乗客が少なくなったようだ。斗哉は心乃香に、車内に促された。
「ここ座って」と心乃香が座席をポンポンと叩く。窓際には、大量の駅弁の残骸が置いてあった。斗哉は本当に全部食べたのかと、呆れてしまった。
斗哉が座ると、心乃香は車内販売で買ったのか、お茶のペットボトルを差し出した。それから先程買っていた、駅弁の一つのサンドウィッチ。
「あげる。大船軒サンドウィッチ、美味しいわよ。岡山に着くまでまだあるし、少しお腹に入れておいた方がいい」
そう心乃香は、斗哉にサンドウィッチを差し出すと、自分は車内で買ったのか、アイスクリームの蓋を開けた。
「うわっ! まだ固い! もう食べ頃かと思ったのに! 流石、新幹線のスゴイカタイアイス!」
「なんだ、それ?」
「知らないの? 凄い有名なのに? 一度、食べてみたかったのよね」
と、呑気にアイスを穿っている。もうその間抜けな心乃香の有様に、斗哉はすっかり毒気が抜かれてしまった。さっきまで死にそうに悩んでいた自分が、滑稽に思える程たった。
そこまで斗哉は腹が減っていなかったが、心乃香から受け取ったサンドウィッチの箱を開けた。
中には、シンプルなハムとチーズのサンドウィッチが入っていた。食べ易く切ってあり、斗哉はそれを口に運んだ。
懐かしい様な、素朴な味でとても美味しいと感じた。ふっと顔が綻ぶ。こんな事がなければ、出会えなかった味かもしれない。
何だかんだと世話を焼いてくれる心乃香に、斗哉は不思議な感覚を覚えた。
こんな奴だと思わなかった。一見地味で暗く、大人しくて、友達のいなさそうな陰キャ。これが心乃香の印象だった。
でも、蓋を開けたら自分のスペックに見合わないプライドの持ち主で、自分を馬鹿にする者には容赦がない。相手が男だって、関節技を決めてくる様な奴だった。
怖い女……ただ、それだけでもない。彼女は自分の信念に、真っ直ぐな人なのだ。オレに対する『思いやり』も恐らくそこから来ている。
斗哉は始め世の中の「敗者」足りえる彼女の様な人間には、何をしてもいいと無意識に思っていた。だが、彼女は本当に「敗者」だろうか?
いや、自分が「敗者」だと思ってきた全ての人間も、それぞれの生き方があり、決して「負けている者」ではなく、そんな区分で区切れないのではないかと思った。
「何?」
「え?」
彼女に話しかけられ、自分がじっと彼女を見つめていた事に斗哉は気が付いた。慌てて目を逸らす。
「あのさ……お前、家の人とか心配しないの? 最悪、今日行って、帰って来れないもしれないし……」
計算だと、出雲に到着するのは今日中に何とかなるだろうが、もし出雲で手間取ったら、今日中に地元に帰れないだろう。
自分は今、心配する親もいないわけだが……
「大丈夫。両親は大きな花火大会を観に、地方に泊まりで出かけてるし、姉は合宿中で家に居ないから。何かあったら、スマホの方に連絡する様に言ってあるし。私、元々家電出ないし」
そう淡々と話しながら、心乃香は何とか溶けて来たアイスを頬張った。
「花火大会? お前行かなくて良かったのか?」
斗哉は家族旅行をボイコットしてまで、自分に着いて来てくれた心乃香に、申し訳なくなったが――
「別に? 毎年行ってないし。てか、人が混雑してる所、大嫌いだから」
花火大会が嫌いな奴なんているのかと、斗哉は唖然とした。待てよ――
「……もしかして、デートにお祭り誘ったの、スゲー嫌だった?」
心乃香は冷ややかに斗哉を睨んだ。
「……あの話を蒸し返すなんて、あんたどう言う神経してるの? 逆に尊敬するわ。ドッキリでもなかったら絶対行かなかったし、そうでなかったとしても、嫌だったわね」
うっ、そりゃそうだと斗哉は反省した。でも、大嫌いな場所に、どんな理由であれ来てくれた訳だ……斗哉はそう考えると、不思議と顔がニヤけてきた。
***
岡山に着いたのはお昼より少し前で、ここから特急に乗り換えが必要だった。更にその後、出雲大社に行くまでは、何種類かの電車を乗り継ぐ。
斗哉は、こんな長距離の移動を一人でした事がなく、本当にスマホがある時代に生まれて良かったと思った。これが無ければ、こんな所まで一人で来るのも苦労しただろうし、心細かったかもしれない。
いや、一人ではなかった。斗哉は後ろを、物珍しげに見渡しながら着いてくる、心乃香の方を振り向いた。
「何?」
「何? じゃねえよ! 何だよそれ⁉︎ いつの間に買ったんだよ!」
「桃シェイク。岡山って行ったら、桃でしょ。あげないわよ」
「いらねーよ!」
本当にマイペースな奴だ。こいつを見てると、全てがどうでも良くなってくると、斗哉は呆れて溜め息を吐いた。
***
ここから出雲市まで約一時間。電車に揺られてると、眠たくなってくるのはどうしてだろう。
斗哉はウトウトして来たが、心乃香はリュックから文庫を取り出すと本を読み始めた。
斗哉は書籍はもっぱら電子書籍派だ。電子書籍なら何処でも読めるし、がさばらない。
「如月って、本当に本好きなのな」
心乃香はその問いにすぐ答えなかった。暫くすると、本を愛おしそうに見つめ、ボソリと呟いた。
「本を読んでいる時は、世界から切り離されるから」
世界からの乖離――他者と関わりたくないと言う拒絶――
「如月は、何でついて来たの? ……オレたちの事、大嫌いなんだろ? 許せないんだろ? ……だったら本当は放って置きたかったんじゃないのか?」
斗哉は疑問に思ってた事を、一気に吐き出した。
「……私……」
心乃香は窓の外を見ながら呟いた。
「いつか何処かの孤島に移住して、一人でひっそり好きな事だけやって暮らしたい」
「は?」
「でも今は、無理なのは分かってる。親の扶養下にいるし、中学生が今の世の中、一人でなんか生きていけない」
「……親と仲悪いとか?」
「そういう事じゃないのよ。全てのしがらみから解放されたいって事。いくら他人と関わりたくないからって、陸の孤島にでも一人で暮らさなきゃ、どうしたって関わるって事よ」
「どうして、そんなに関わりたくないんだよ?」
「他人と関わると、その人に気を遣ったり、意見を合わせたり、嫌われない様にしたり……そういう事が、煩わしいから」
「それは、仕方ないだろ……他人と関わるってそう言う事じゃん。それに一人って寂しくないか?」
「は! 出た、陽キャの理屈。一人だと寂しいだろって決めつけ。……寂しくなんかないわよ、別に。せいせいするわ」
心乃香は斗哉を睨みつけると、静かに呟いた。
「他人に傷つけられたり、傷つけたりするくらいなら、一人の方が、ずっといい」
「……それじゃ、何で……」
「今の普通に中学生やってる状態じゃ、どうしたって他人に関わる。五十嵐や菊池だってクラスメイトとして、私に関わってる。関わってる以上は……どうしたって、私の中から排除出来ない。消えた事が……私の頭から離れない」
「……それって」
簡単に言えば、二人を心配してるって事じゃないかと、斗哉は思った。心乃香が他人と関わりたくないと言う裏には、他人が自分にとって、大きな存在だからなんじゃないかと思った。
つづく
「面白かった!」「続きが気になる、読みたい!」「今後どうなるの⁉︎」
と思ったら、下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちで、もちろんかまいません。
ブックマークもいただけると本当に嬉しいです。
何卒よろしくお願いいたします。