第26話「3周目〜僅かな希望〜」
7月19日(土)
――朝が来た
希望の朝かは分からない。斗哉は、スマホのアラームに頼る事なく、パチリと目を覚ました。
昨夜は不思議な事に、久しぶりにぐっすり眠る事が出来た。
斗哉はコーヒーを淹れながら、昨日心乃香が残していったピザをレンジで温め直している間、洗面所で顔を洗った。
鏡に自分の顔が映る。酷い顔だ。でも、昨日よりは随分マシだ。
自分以外の誰も居なくなった家で、朝食をとりながらスマホで調べ物をする。出雲までの道のりだ。このまま、家で大人しく黒猫の帰りを待っているなんて出来ない。
斗哉は服を着替え、リュックに必要最低限の物を入れて背負うと、歩きやすいスニーカーを履いた。
家の外に出ると、玄関のドアの鍵を閉める。
(次、家に帰って来るのは、全部取り戻した時だ)
斗哉の目には、決意の炎が灯っていた。
***
もうこの季節の朝は、始発前でも空が大分明るい。人はおらず、駅前は静まり返っていた。
斗哉は自動改札をくぐり、ホームへの階段を登る。朝日が目に飛び込んで来た。
目を細めながら階段を上がり切る。朝日が建物にちょうど遮断され、眩しさが収まり、斗哉は目を開いて驚いた。
階段を登り切った先のホームのベンチに、一人の少女がリュックを抱え、線路を見つめ座ってた。
少女がこちらに気が付き、徐に振り返る。
如月心乃香だ。
***
「如月……何で……」
「来るんじゃないかと思ったよ。あんた出雲まで行くつもりでしょ?」
「⁉︎」
「陸路にしろ、空路にしろ、まずこの駅で移動するしかないから」
「……お前……」
「言っておくけど、黒猫は『出雲にいるかもしれない』ってだけの話よ? 可能性の話」
「分かってる……でも、少しでも可能性があるなら……じっとしてられない」
「はあー」と、心乃香が深い溜め息を吐いた。
「てか、何? お前何で、こんな所に居るんだよ?」
よくよく見れば、心乃香は制服の時と全く違う印象だ。癖毛の髪の毛を後ろにぎゅと束ね、ダルッとした半袖のパーカーにハーフパンツ姿。緩めの格好だが、彼女にしてみれば大分アクティブな印象だ。
「あんた、まだ顔色悪いわよ。そんなんで倒れられて、死なれでもしたら、黒猫が出雲に居るかもなんて言った、私のせいみたいじゃない? ……だから、私も一緒に行ってあげる」
「え⁉︎」
斗哉にしてみたら、それは信じられない申し出だった。
***
斗哉は、出雲までの移動を電車にする事にした。当然空路が一番早いのだが、即日のチケットの取りにくさと、あまりの値段の高さに、断念せざるを得なかったのだ。
ただ陸路の新幹線も、連休開始日というのも良くなくて、始発駅乗車ならいざ知らず、車内は大変混み合っていた。
焦る斗哉を横目に、心乃香は大量の駅弁を買って新幹線に乗り込んだ。斗哉はその行動に「お前は何しに来たんだ」と呆れ、怒る気力も無くなった。
「お前、それ全部食べる気なのかよ?」
「朝、食べて来る時間なかったから。大体、夏休み初日で早起きさせられて、駅弁でも食べなきゃやってられないわよ! あ。あげないわよ?」
心乃香は弁当を抱えたまま、新幹線の空席を探していた。斗哉は何とか空席を一つ見つける。
「あそこ、空いてるぞ。とりあえずそこ、座っておけよ」
「あんたは?」
「オレはいい。お前、弁当食うんだろ?」
***
斗哉は心乃香を車内に残し、そのまま通路に出た。
探せばまだ、一つくらい空席があったかも知れないが、改めて探す気になれず、斗哉は車両間の連結部分で荷物を両手で抱えながら、壁に寄りかかって車窓の外を眺めた。
先程心乃香に言われた「可能性の話」というのが、頭に過る。分かってる。黒猫は、出雲に居ないかもしれない。もう二度と会えないかもしれない。
もし出雲に行っても、あの黒猫に会えなかったら……そう考えると、胸が押しつぶされそうになった。
両親にも、あの二人にも、もう二度と会う事が出来ないかもしれない。斗哉に最悪の考えが浮かんでくる。
(どうしてこんな事に……)
一度してしまった事は、無かった事に出来ない――心乃香に言われた事が、頭を過った。
それを無理やり捻じ曲げて「やり直そう」とした。その結果で、こんな事になってるとしたら――
――人は自分の行動に、責任を持たなければならない
それが身に染みて分かり、斗哉は後悔で打ちのめされた。
つづく
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