生の終着点
「なぁ?まだやれるよなぁ?俺はまだ満足してないぜ……この程度で死んでもらったら困る」
目の前に立っている男の手には、その男よりも一回り大きな剣が握られていた。
「今のでかい?虫でも止まったかと思ったよ」
月明かりに照らされた男の顔は頑丈なおもちゃを壊れるまで乱暴に使う子供のようだった。強がっている僕を月すらも嘲笑うように元々体内にあったはずの血液が、剣についてキラキラと鮮やかに輝いていた。
息が苦しい。呼吸がうまくできない。それもそのはず、肩から腰にかけて斬撃を受けてしまったからだ。身体中の力が抜けて行く。今にも飛び出そうな内臓を抑えるのでやっとで、意識を保つのにも気力を割かれてしまう。目には男以外に死神が迎えにきているような錯覚すら見えてくる。
「おうおう。じゃあ、俺が満足するまで付き合ってくれよ!」
男の踏み込んだ力によって地割れができ、足がぐらついてしまう。首元には錯覚で見ていたはずの死神の鎌がかかっているような、そんな寒気を感じた。だから、僕も残っている力を振り絞ってその寒気から遠のくように後ろへと飛んだ。
「逃げんじゃねぇ!!!」
気づいた時には大きな剣が空に浮かんでいた。いや、今まさに僕を殺さんと振り下ろされてるんだ。この斬撃なら無理やり体を捻れば避けられる。そう動いていた時には脇腹から重い痛みがズシっと感じられ、瞬時に変わる景色を目に焼き付けながらあの剣で殴られたと理解する。
「あ〜単純な動きしかもうできなくなってんじゃねぇか!!」
喉の奥から熱い何かが登ってきて、それが自身の血液だと目の前にできた血溜まりを見て認識する。
「もういい。お前はダメだ。次で殺す」
ザッザッと足音が近づいてくる。目の前が暗く何も見えない。ただ、死神が、男よりも早く僕の命を刈り取ろうとしていることがわかる。
「こんな時に、冗談じゃない」
『冗談じゃないよ』
あぁ、本当にもうダメかもしれない。死神から返答がきた気がした。もう意識が混濁しているのだろう。男に斬られるよりも先に意識が途切れそうだ。
『お前、死にたいか?』
屈辱だ。また死神の声が聞こえた。あの男に殺されるのも屈辱だが、こんなところで野垂れ死ぬのが何よりの屈辱だ。死にたいか、だと?僕は死ぬつもりはない。ここで死ぬくらいなら男とこの死神も殺してから死ぬ。だから僕は!!
「死が!私の邪魔をするな!!」
言い終わる頃には足音が目の前で止まる音が聞こえる。ザクっとおそらく地面に突き立たれた剣の金属から漂う冷気の中に、自身の温もりが混じっていた。
「いい遺言だ。なら一番苦しい殺し方をしてやる」
死とは何か。それは生きることの最終到達点。だから生が続くなら死は来ない。気づけば男ではなく死神がいるであろう場所に殴りかかっていた。
「チッ、死に体が」
『死を超越させてやる』
これが人間として感じた最後の感覚。冷たい手によって心臓を掴まれ潰される。嫌というほど脳に刻まれるような感覚。
ただ、その感覚のおかげで目にははっきりと男の姿を捉えることができた。冷たい金属の感覚が体に触れた瞬間、剣が消えた。
「……なんだぁそりゃ…?」
「あぁ、僕の血、返してもらったよ?ついでに血を流しすぎたからね。鉄分摂取も含めて無駄に大きかった君の剣も貰っといた」
「は?…何言ってんだ、お前?」
「ん〜、まぁ元々君のだし、返すよ」
僕の右手が剣に変わり、男を斬り裂く。男は化け物を見る目をこちらに向けている。あんなに威勢が良かったのに、恐怖心でか一言も喋らなくなっていた。
「ごめんごめん。ちゃんと返さないとだね」
そう言って男に触れ、男の血液を大剣に変えた。爆ぜる血肉の中に、立派な大剣が一本突き刺さっていた。
『死の力だ。存分に使うといい』
死神は言いたいことだけ言って姿を消していた。この力はおそらく死神が僕に授けた力だろう。
「うん、存分に使わせてもらうよ。死神さん」
体に異変はない。ただ、自分の体温が感じれない。僕は死んでいるのだろうか。とりあえず、自身の力を把握する必要がある。まぁ、それはまた今度でいいか。今はこの瞬間の余韻に浸ることにしよう。