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魔王が死んだ。

作者: 古村香襟

何かの冒頭に使おうと思っていたけど結局使わなかったのでお蔵入りしたやつです。

発掘したのでアップしてみました。

難しい事は考えずに読んでください。

 昨晩、魔王が死んだ。

 自室の豪華なベッドの中で、周りを家族に囲まれて、静かに眠るように逝った。


 そう聞くと、まるで普通の人間のような死に際だが、彼は紛うことなき魔物を統べる王であり、云百年前にはそこら中で戦争を吹っ掛け、とうとう勇者とかいう存在まで出張ってきて、それはもう壮絶な戦いを繰り広げたらしい。

 それを本人から昔は吾もヤンチャだった、みたいなノリで寝物語に聞かされた幼き頃の私。

 聞けば、我が一族皆が一度は通る道だそうで、下の弟もその洗練を受け次の日は目を真っ赤にしてふらふらと足元が覚束なかった。

 そんなヤンチャな過去を持つ魔王も勇者とのドンパチやらかした後は戦争にも飽きて、世界の隅っこで世界中に散った魔物たちを呼び集めて大人しく暮らしていた。そして本人曰く『つい』二百年位前、人間の女性とうっかり恋に落ち、まさかまさかの夫婦となって子を育み、更に孫も産まれ、そんな事を繰り返して出来たのがうちの一族だ。

 魔王は私たちを殊更愛してくれた。一族の誰々に子供が産まれたと聞けば文字通り飛んでいってその腕に赤子を抱いてあやし、彼の城を子孫が訪ねれば盛大にもてなしてくれたし、子供らに遊んでとせがまれれば日が暮れるまで相手をしてくれた。

 私も沢山遊んでもらったし、両親に叱られた時は彼の所に逃げ込んだりしたものだ。

 己が愛した女性を見送った後も、残った子孫を大事に大事に見守ってくれた偉大な始祖を、私たちも勿論愛していた。愛さない理由がなかった。



『ああ、サラが呼んでいるなぁ……』



 そう最期に残して、彼はゆっくりと瞼を下ろした。

 サラと言うのは魔王の妻の名前だ。大お祖母様が迎えに来てくれたのであれば、道に迷う事もないだろう。死後の旅路が寂しい物でなくて良かったと心の底から思った。

 残された私たちは、満足気な死に顔とは正反対に声が枯れる程嘆き悲しんだ。私も、いつ振りかに声を上げて泣いてしまった。そうすると、そういえば子供の頃はそうやって泣いてばかりいると、その度に彼に頭を撫でて貰っていたなとか思い出さなくていい思い出が顔を出してきて、余計タチの悪い悲しみに襲われてしまう。

 ずっと、いつまでも居てくれると思っていた存在の喪失は予想以上のものだった。


 部屋に満ちた嗚咽の合間に誰かが「ありがとう」と感謝の言葉を呟いた。

 気付けば、私も同じようにありがとうと口に出していた。それは水の波紋のように周りに伝染し、振り絞るような感謝の言葉をみんな口々に贈った。


 ありがとうございます、大お祖父様。どうか、私たちの尽きる事のない感謝の気持ちが貴方に届きますように。


 昨晩、魔王が死んだ。

 かつて、世界中を恐怖と混沌陥れた悪徳の頂点の晩年は誰もが羨む程の愛に包まれていた。


「お前なんか碌な死に方しねぇぞ!!」


そんな失礼な事を抜かしたのはどこのどいつだったか。

おい見てみろや、これのどこが「碌な死に方しない」だって?

安寧の地で、俺の可愛い可愛い家族達に囲まれて、あの頃の自分じゃ考えられねぇ今際の際だよなぁ?

人生の半分はお前らなんて消えてなくなれと、忌み嫌われて死を望まれていた。

残り半分は嫁を愛して子孫を愛して、一族に愛を注がれた人生だった。

何でお前なんかがと言われるだろうけどよ、うるせぇな知るかそんな事。

あえて言わせてもらえば、惚れた女が何百年という積み重ねが吹っ飛ぶぐらい、とんでもなくいい女だったってだけだ。


だから悪いな、勇者様とやら。

悪い事もいい事も、ぜぇんぶやり切って俺はもう満足だ。

だぁいぶ幸せな一生だったと胸張って言ってやる。

それじゃ、そろそろ嫁が呼んでるから行くとするか。



じゃあな、愛してるぜ俺の子供達。

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