歯磨きブラシは誰のもの
*この作品は習作のために書いたものです。深い意味はないので軽い気持ちでお読みください。
「寝る前にみんな歯磨きをするよね?それが終わったらどうする?」
「寝るに決まってるでしょ」
「ああ、まあそうだけどさ。そうじゃなくて、歯磨きブラシをどうするかって話」
「そりゃ元の位置に戻す」
「元の位置って」
「ええと、コップに入れて洗面台に置く……何がいいたいわけ」
私は少々怒り気味の声色で陸を見た。
「いやちょっと恐いことを想像しちゃったんだよね」
「恐いこと?」
陸は顔を俯向け、ソファから立ち上がると洗面台から私達の歯磨きコップと歯磨きブラシを持ってきた。
そして自分のブラシを持ち上げると、先端の少しくたびれた毛先を指さした。
「ここなんだけどさ、梨香っていつも水で洗ってそのままにしてるじゃん?」
「うん?」
「それってさ、ここに水が残ってるってことだよね」
「そうだね」
「ここから先なんだけど、聞く?」
陸は申し訳無さそうに私に顔を向けるので、気になり頷いた。
「僕たちが寝ている間さ、この水って吸われてるんじゃない?」
「吸われる?」
「うん。梨香って掃除好きでいつも部屋は綺麗なんだけどさ、ここは拭き取らないんだなって」
「歯磨きブラシまで見る人なんて普通いないって」
「そうだよね。じゃあやっぱりそうなのかも」
「何よさっきから。吸うってどういう意味なわけ?」
なかなか言い出さない陸に私の怒りは増す。
「これは別に梨香を怖がらすために言うんじゃないんだけどさ、今って夏だよね。夏といえば虫が出るよね」
「蚊とか?」
「ううん。それよりももっと困る虫がいるでしょ。掃除してても出てくるやつ」
私はその言葉ですぐにあの黒光りした素早いものを想像した。
毎日掃除機をかけてもゴミ箱にきちんと蓋をしても出てくるあいつは私の天敵であった。
「あ、ああアイツね。うんうん、いるね」
「アイツも虫である以上餌がいるわけだよね。人間の食べ残しとか食べてるとしてさ、それで水もいるわけで」
陸が言いかけたところで私は気づけば彼の頭を叩いていた。
それから先を言わせないために咄嗟に手が出てしまったのだ。
「ちょっと!!やめてよね!!」
陸は叩かれた所をさすりながら意地悪そうに高笑いをして私を小馬鹿にしていた。
「それじゃあ寝よっか」
先程の話などとうに忘れてしまった私達は少し離れてベットに横になった。
今日は久しぶりに遠出したので疲れてすぐに瞼が重たくなるのを感じる。
意識が蕩けはじめゆっくりと瞳を閉じ、私の歯ブラシはしっかりと水に濡れていたままであった。
お読みいただき、ありがとうございました。