二章 ルーモニの古代遺跡と龍と 4
その日、スーオ学院の中庭は激しく震撼した。
放課後の清掃に駆り出されていた生徒は、突如目の前に降ってきた巨大な物体に度肝を抜かされることに。
見る人が見ればすぐに解るであろう。それが龍の角だと言うことが。
そしてその突き刺さった地面には、ボロボロに傷ついた探求者のパーティーと四人の生徒がいた。
角は魔導具による空間転送に巻き込まれ、切断されたのだった。
「あらあら。お早いお帰りだと思ったら、凄い物をお土産にしてくれたわね」
遠巻きに見ている生徒達の垣根を割ってやってきたのは、緊張感一切無しのポジだ。
「ママ!」
「デジちゃん、みんなの邪魔はしなかった? いい子にしてた?」
「うん。デジ、ちゃんとみんなを転送させたんですの」
「そっか。デジちゃんは偉いね」
駆け寄ってくる愛娘を優しく抱き、その頭を撫でてやる。
そんな母娘のやり取りを微笑ましく見てられない人がいた。
「ポジさん、医者を! ファイを、ファイのヤツがやばいんです!!」
フィルだ。
彼の腕の中では、脂汗を流しながら苦悶の表情を浮かべるファイの姿があった。
「何があったの?」
「龍が咆吼を上げたら突然倒れて……俺の木霊も砕け散ったし……」
しどろもどろにモノクが説明する。
「龍の咆吼は精霊殺しだ。真正面から喰らえば、大概の精霊は砕けて一介の精に戻される」
教えてくれたのはネガだった。
「そいつは神楽女なんだろ? おおかた、憑依状態で龍の咆吼を喰らい、精霊と共に精神が砕けたんだな」
「精神が砕けた?」
「心が壊れたんだよ。こいつは病院に連れて行っても治らん」
仮面に顔半分が隠れて表情が解らないが、その口調が硬い。
「じゃあ、どうすればいいんです!? こいつは俺の幼なじみなんです! お願いです、助けてください!」
「案ずるな!」
慌てふためくフィルを一喝する。
「俺を誰だと思ってるんだ?」
自らを親指で指さしては、ニヤリと頬の隅をつり上げるネガ。
「伊達や酔狂で精神作用を及ぼす精霊と契約してるんじゃないんだぞ」
傷ついた他の探求者達は校医に任せ、ネガはファイを自分の研究室へと運び込んだ。
ネガの施術が行われる最中、フィル達は邪魔だからと廊下に追いやられていた。不安げに蹲るフィルに、ポジが声を掛けてくる。
「あの人に任せておけば、大丈夫よ。フィル君」
俯いたまま反応を示さないフィル。
「どうして彼が、多くの精神作用を起こす精霊と契約しているか解る?」
「……いえ」
首だけを横に振る。
「彼は過去に、今のキミと同じように大事な人の心が壊れかけたことがあったの。その時の彼は力を持たず、黙って見守ることしか出来なかった」
その内容に驚き、顔を上げる。それは正に、今の自分と同じ境遇だったのだ。
「だからこそ、彼は再び同じ出来事が起こったとしても対処できるようにと、多くの精神精霊との契約を強く願ったの」
特異なる精霊ばかりを集めて契約していたのは、それが理由だったのだ。
「ネガ先生の大事な人は助かったんですか?」
「あら?」
訊ねてくるフィルに、ポジはコケティッシュにはにかむ。
「助かったから、ここにいるんじゃない」
「ここに……」
かつて、心を砕いたネガの大事な人とはポジ自身だった。
「大丈夫。あの人は、同じ後悔だけはしない人だから。やる時はやるわよ」
信頼しきっているのか、キッパリと言い切るポジに、フィルは何も言えなくなる。
「だからキミは、今の悔しさを次に活かせるように努力しなさい。かつてのあの人がしてきたようにね」
「次に活かす努力……」
ぎゅっと拳を握りしめる。
無事にファイの心が戻ったら、自分も精神精霊を探してみようかと考える。
だからこそ、今だけは力持たない自分の代わりに、幼なじみの少女を助けてくれることを強く願うフィルだった。
そんな決心を知ってか知らずか、
「あー、感動的な俺の生き様を語ってくれるのは良いが」
どこか棒読み的に、開いた扉からネガが声を掛けてきた。
「二人の手を借りたい。中に入ってくれ」
言われるままに部屋へと足を踏み入れる。
中央には簡易ベッドが置かれ、ファイが横になっていた。治療が済んだのか、苦しさが無く静かに寝入っているのが窺える。
「終わったんですか?」
「いや、まだだ。応急処置を行っただけで本番はこれからだが、それにはお前達の助けが必要なんだ」
「助けって、何をすればいいんです?」
手を貸すこと自体は吝かではない。
「二人にはファイの精神に潜って貰う。そこで、砕け散った記憶や想いを組み合わせて貰いたいんだ」
「どうして俺達なんです?」
「ポジはかつて一度心が砕けているからな。そう言うのが感覚的に解ってるだろ」
コクッと夫の言葉に頷く妻。
「フィルはこいつの幼なじみで過去を知ってるからだ。他に、もっとこいつと親しいヤツがいればそいつに任せるが、ここではお前しかいないからな」
その選別は何ら特別視されたものでもなかった。
その点だけは少し残念がるフィルだったが、返事は決まっていた。
助けられるなら何だってやる。そのこと自体に迷いは無かった。
「それじゃあ、行くぞ! 眠りの精霊でお前らを眠らせ、夢とファイの精神世界を繋げる。後はお前達でやってくれ。俺は外から感情の統合を行っていくから」
ネガの精霊魔法でフィルとポジの二人は眠り込む。
横になっているファイの身体を挟むように、彼女のベッドに身を預ける二人。
「頼むぞ、ポジ。それにフィルも」
ネガの身に付けている仮面が淡い輝きを灯していた。
それは精霊石を加工して作った石仮面であり、彼が契約している精神作用を司る一〇八体の精霊達がそこに宿っていたのだ。