二章 ルーモニの古代遺跡と龍と 2
一行が降り立った場所は研究室のような場所だった。広さにして、彼らが通う学院の一般的な教室ぐらいのスペースだ。
長らく人の立ち入りが無かったためか、古代遺跡内部だと言うのに荒れた様子は無い。
しかも、
「埃が……全然無いですね」
近くの機材に指を走らせるも、汚れが付かなかった。
普通は、年単位――しかも数百年以上の月日が経過していれば、埃が積もっていても不思議じゃないのだ。
「清掃用の機械がつい最近まで生きていたんじゃないの?」
「そのような感じはしませんけど……」
ざっと見渡すも、その手のロボットは見あたらない。
「これはまるで長い間、時が停止していたみたいですね」
そんなことを気にしているラティとは別に、デジとモノクは部屋の片隅に置かれた装置を見つけていた。
金属製の装置には何やら複雑な模様が刻まれ、その中央には一つの小さな石が淡い輝きと共に浮いている。
「おい、フィル。こいつって、精霊石じゃないのか?」
「お兄ちゃん、何かの精霊が宿っているみたいですの」
二人に呼ばれ、駆け寄るフィル。装置の前に立ち精霊を感知してみれば、確かに石の中から精霊の存在が感じ取れた。
もっとも、解るのはそこまでで、何の精霊がいるのかは判別できない。
「精霊がいるならちょうど良いか」
躊躇うことなく石へと手を伸ばし、掴み取る。
「おや?」
「どうかしたの?」
小首を傾げるラティに、ピアが呼び掛けた。
「あっ、いえ。一瞬、揺らぎを感じた気がしたんですけど……精霊石が装置から取り上げられた影響でしょうか?」
曖昧に答えていると、フィルが手にした精霊石を飲み込もうとしていた。
「フィ、フィルさん!?」
驚くラティを余所に、あっさりと飲み込んでみせた。大きさ的にはドロップ程で、喉に残留感こそ残るが胃へと落ちていくのを感じる。
「あなたも無茶苦茶しますね」
「何が?」
クラスメイトの驚き具合が解らないフィル。
「だってもし、その精霊石に入っている精霊が濃硫酸の精霊だったらどうするんですか? お腹、溶けちゃいますよ?」
「あっ」
その指摘に顔色を青くする。
「それもそうだな。毒物や危険物の精霊かもしれないしな」
「熱や炎の精霊でもやばいわよ。胃が燃え尽きるかも」
「うぐ……」
言われてみれば、胃が少し痛み出すフィルだったが、
「ストレス性の胃痛ですね」
ばっさりと切り捨てられた。
仮に本当に精霊が理由で胃が傷つけられているのなら、痛むどころでは済まない。命そのものが危ぶまれるのだ。
その推論に安堵したのか、フィルは精霊契約を始めることにした。
飲み込んでしまった以上、このまま放置しておいてもどうにもならないのだ。だったら、先に進むしかない。
パンッと手を併せると、フィルは己の閾に意識を傾けた。最初に感じるは無数の精霊。それらには意識を向けず、ただただひたすらに自分の内へと入っていく。
すると、自分の意識に触れてくる存在を強く感じ取れた。
そして石に宿っていた精霊は、小さな人型をしてはフィルの前に現れたのだ。
「お初にお目に掛かるぞ、主殿。そなたが新しい主殿か?」
「ああ、フィルって言うんだけど、キミは何の精霊だい?」
精霊は、人型をとっていたとしても、その姿には個々の精霊特色が反映される。
水属性の精霊ならば半透明の水のように、火属性の精霊ならば燃えさかる炎のような姿をしていた。
なのに目の前の精霊から窺える特色が何なのか解らなかった。
「見た感じ、物質系の精霊ではなさそうですね」
「法則系の概念精霊か?」
「言葉が通じるみたいだし、何にしろかなりの高位精霊じゃない。もしかして神霊とかかもね?」
一瞥しただけじゃ解らない精霊の正体に頭を悩ます。
基本、精霊は使い手の意思を汲み取ることは出来るが、言葉を介して話すことはない。それが出来るのはかなりの上位精霊なのだ。
「時の精霊だ、主殿」
どこか尊大な言い振りで名乗る精霊。
「時の精霊だって!? それって幻の精霊じゃないか!」
過去、現在、未来の三種が存在する概念系精霊の時。そんな時の流れは全てに等しく遍在するが故に、その存在は限りなく希薄で偏在することがなく、通常では契約できるような状態ではなかった。
確定未種とは違い存在こそ認知されているのだが、いまだかつて誰一人として契約を結んだ者がいないとされる幻の精霊であった。
「何の時なんだい?」
「未来だ」
端的に教えてくれた。
「時の精霊魔法って何が出来るんだ?」
「司っているのが時間ですから、時間の停止や逆戻し、遅延に加速辺りではないのでしょうか?」
モノクの疑問にラティが教えてくれた。
「未来だと、何が出来るの?」
ピアの言葉に、時の精霊がフィルを見つめてくる。その小さな瞳は射竦めるようにフィルの力を見分していくのだ。
「ふむ。今の主殿の力では、己の時間を加速させることぐらいだな」
「それって人よりも速く動けるってことだよな?」
「如何にも。だが、速めた分だけ疲れる」
疲れるって言うのがよく解らず、フィルは早速始めての精霊魔法を試してみることにした。
気分は、新しいおもちゃを手にしたばかりのお子様だ。
「少しだけ加速してみせてくれないか」
「承諾」
時の精霊が頷くと、フィルには周りにいる仲間達の動きが鈍く感じられた。
しかも、空気はねっとりとした粘着力を持って絡み付いてくる。それでも体を動かし、部屋の中を三周ほど走っては、精霊魔法を解除した。
とたん、
「何だよ……これ」
どっとした疲れが身体を襲い、尻餅をつく。
「何をやったんだ?」
「部屋の中を少し走り回っただけなんだけど……凄く疲れた」
呼気が乱れ心拍も激しい。
あたかも、全力疾走でマラソンをしたような疲労感だ。
「これは今以上に体力を付けないと、まともに使えないな」
速く動けること自体は色々と応用が利きそうだが、その後の疲労感は致命的だ。使い所を思案するフィルに、
「でも、おめでとうですの、お兄ちゃん」
デジがにっこりとはにかむ。
「ああ、ありがと、デジちゃん。それにみんなも。おかげで昇格試験は通りそうだ」
今更ながらに礼を言っていないことに気付き、ふらつく足取りで立ち上がっては頭を下げるフィルだった。
「気にするな、フィル。親友同士なんだから、水臭いぜ」
「そうそう。後でケーキの一つも奢ってくれればいいわよ。ねぇ、ラティ」
ピアに同意を促され、微妙に困り顔なラティだった。
「それより、これからどうします? 目的の、フィルさんの精霊契約は成されましたけど……もう少し、この場を調べてみますか? もしかしたら、凄い掘り出し物が見つかるかも知れませんし、ポジさんへのお土産も必要ですし」
ラティの提案に全員が頷いた。
手付かずの古代遺跡。お宝の可能性があるとなれば、調べない手はない。
「時代的には精神時代の遺物ですね」
周りを見分しながら、ラティは一つの事実に考え至った。
「もしかして、部屋が綺麗なのは、時の精霊によって時間が凍結されていたのかしら?」
契約したばかりの精霊と共にいるフィルを見やっては、自分の推測が正しいのだと考える。
精霊使いを介さずに精霊力を使う技術は、今の時代よりも精霊の存在が発見されたばかりの精神時代の方が遙かに発展していたのだ。
そんな時代の遺物ともなれば、魔導具の一つや二つ転がっていても不思議じゃないのだが、
「これは注意しないと不味いですね」
下手に弄っての暴走が恐い。
細心の注意を払っては探索を始めるラティ。優等生な彼女と違い、双子の姉弟は棚から見つけた一つの装置を手にしていた。
「これ、何だと思う?」
「検査機か何かじゃないの?」
それは一つのコンソールであった。
「ただの検査機か。もっと面白いものがあれば良いんだけどな」
「それ、見せてくださいですの」
興味が失せたモノクは、あっさりとコンソールを渡す。
受け取ったデジは探るようにコンソールに視線を走らせる。その瞳は爛々と輝いていた。
スイッチを探し当てコンソールを灯すと、無造作にタッチしては何やら適当に打ち込んでいく。
すると、
「え?」
「何?」
「何だよ!?」
「魔法陣?」
地面に丸い紋様が浮かび上がる――次の瞬間、五人の姿は部屋から消えていた。
「VoRururururu――――!!」