二章 ルーモニの古代遺跡と龍と 1
意気揚々なデジを先頭に、学院近くにあるルーモニの古代遺跡を目指すフィル達一行。ポジに平気と太鼓判を押されようが、幼子を古代遺跡へと連れて行くことに不安が残っていた。
「本当に大丈夫なのかな?」
「ポジさんが言ってるんだから問題無いとは思うが――って、フィル。あれ見てみろ、あれ」
モノクの指さす先には、デジの腰に装備されているナイフがあった。
「あのナイフって、さっきの魔剣ヒートスプレッダじゃないか?」
「本当だ」
言われてみれば確かにそれだった。時価の値札も残っている。
「二人とも、デジさんの装備をもっと見た方がいいですよ」
男同士の会話が聞こえたのか、ラティが口を挟んできた。
言われたように、デジの装備を改めて見分すれば、その重装備度がよく解る。
基本フィル達の装備は、制服の上から学院支給のプロテクターを身に付けているだけなのに対し、デジの身体は純白のフルメイルで覆われていた。
普通なら重すぎて動けなくなりそうな鎧なのだが、デジはいつも通りの軽やかな足取りで歩いている。
「あれも魔導の鎧だったりするのか?」
「重力の精霊が憑いてるし、そうみたいだな」
感覚を精霊感知に切り替えれば、デジの装備の至る所から不自然な精霊の存在を感じ取ることができた。
「あれだけの装備をしていれば探索に愛娘を送り出せるはずですね。もし、デジさんがあれらを自在に使いこなせるとしたら、私達よりも強いかも知れませんよ」
その間違った方向に突き抜けた親の愛情に、互いの顔を突き合わせては呆れる男二人だった。
学院から徒歩二十分ほどで、一行はルーモニの古代遺跡へとたどり着いた。
地上部分は長い歳月で壊れ崩れ、まともに残っているのは地下部分のみである。
そして足下に広がる広大な地下迷宮は、学院の一年生を始め新米探求者の修行の場として重宝がられていた。
「こっちの入り口が近いですの」
地下に入れる場所は無数に存在しており、その一つへと案内するデジ。そこは半壊状態の崩れた階段が地下へと伸びていた。
「デジちゃん、ちょっと待った」
階段を降りようとするデジを、モノクが止める。
「何ですの?」
キョトンとするデジに言葉を発てないようにと、口元に人差し指をあてがった仕草をする。
何事か解らないままに口を閉ざすデジ。フィル、ピア、ラティの三人は何があるのか解っているのか、先ほどから誰も言葉を発していない。
「頼むぜ、みんな」
モノクがそう囁くと、彼の周りにいた数体の精霊が活発に動きだす。
それらは、音に属する精霊であり、モノクは彼らに周りの音を拾ってくるように頼んだのだ。
待つこと数分。
「もう良いぞ、音を発てても」
それを合図に、大きく息を吐く一同。
「モノクくんは何をしてたんですの?」
「あいつは音の精霊を使って、周辺に誰かいないか探っていたんだよ」
「これから秘密のエリアへと向かうんだからさ。注意はどれだけしておいても損はないだろ」
フィルの説明に補足する。
「それでモノク。誰かいたか?」
「いや。中も外も誰もいそうにないな。今日はどこのクラスも実習してないのか、静かなものだ」
聞こえてくる音は、地下通路を抜ける風切り音か、住み着いたネズミの鳴き声ぐらいだった。
「では、向かいましょうか……蛍火を」
ラティが光属性の下位に位置する蛍火の精霊を呼ぶと、その明かりを頼りに五人は地下へと足を踏み入れた。
慎重に。ただただ慎重に、辺りを探り探索を進める。
教師陣が仕掛ける罠は、不定期的に一新されるのだ。慎重にならざるおえなかった。
まして、今回は幼いデジまで同行しているのだ。彼女の身に何かあったら、ネガポジ夫妻に八つ裂きにされかねない。
なのに、
「はい、ほい、ふい!」
軽やかなステップで跳ねるように遺跡を進むデジの姿がそこにはあった。
「ちょ、ちょっと、デジちゃん!? 無造作に進んだら危ないわよ!!」
「平気ですの。罠ならちゃんと避けてるですの」
いとも容易げに言い切るデジ。試しに、彼女が避けた床を爪先で突っついてみれば、真横の壁から一本の矢が飛んできた。
矢自体には致命傷を負わないように鏃が外されているのだが、代わりに特殊な塗料が付けられており、罠に引っ掛かった者は半日ほど色が取れずそのまぬけ具合を周りに晒す羽目となる。
「あっ、ピアちゃん。そこの壁は危険ですの。手を付かない方がいいですの」
伸ばし掛けていた腕を引っ込めるピアだった。
「なぁ、もしかしてデジちゃんってば、俺達よりも鍛えられたりしてないか?」
「確かに……そうかもね」
その罠回避能力の高さに、誰もが舌を巻く。
「デジさんは凄いんですね」
「そっかな? てへっ」
ラティに褒められては照れるデジ。そこには年相応な笑顔がある。
「デジちゃん。目的の場所までどれくらいかかるんだい?」
「んーっと、大体五分ぐらいですの」
思ったよりも近そうだった。
「ここですの」
そこは下の階層へと続く階段の一つだった。
過去何人もの人間が過ぎっていった場所は、傍目にはただの階段でしかない。
「この裏ですの」
階段の裏側にあるスペースに潜り込んでいくデジ。大人の体躯じゃまず入ろうとは考えないほど狭い空間は、まさに人の目から隠すには手頃であった。
「ここの壁から中が覗けるですの」
「壁から?」
どう言うことか解らずに小首を傾げていると、
「なっ!?」
「はい?」
「うそ!?」
デジの頭がすっぽりと壁の中に埋もれてしまう。
「ど、ど、ど、どう言うことだよ、あれ!?」
「俺に聞かれたって解るかよ!」
「幻像じゃないの? ほら、光属性には幻像を作り出せる精霊がいるって言うし」
「いえ。光系の精霊の気配が無いから魔導技術みたいですね」
ラティが冷静に現状を判断していく。
「確かにこのように入り口を隠されますと、精霊に頼りがちな探求者ではまず見つけるのは困難でしょうね」
「お兄ちゃん、覗いてみてですの」
デジが場所を譲り、中を覗くように言ってきた。
代わる代わる壁の中を確認する一行。その先には大きめの部屋があり、軽く見ただけでも誰も立ち入っていないのが窺えた。
「しかし、どうする?」
一度階段の前にまで戻り、対策を練る。
入ること自体は容易い。
階段の下のスペースを四つん這いで壁まで近付き、そのまま飛び込めばいい。
問題は、穴の位置が床から高すぎたのだ。
高さにしてみれば床からおよそ三メートル。どうやらデジの見つけた穴は、正規の通り道ではなく通風口か何かであった。
足から穴に入り、手を掛けて飛び降りれば怪我無く立ち入ることは可能なのだが、その後が大変だ。
手足の取っ掛かりすら無い真っ平らな壁をよじ登り、穴までたどり着かなければならない。
それこそ、空を飛べる精霊を使役していれば懸念事にすらならない問題も、多様な精霊と契約していない見習いには難問だった。
「ピアの突風じゃ無理か?」
「無理に決まってるでしょ。壁に打ち当たるだけよ」
弟の案に難色を示す。
彼女は風系統の突風を持っているのだが、強すぎる風故に細やかなコントロールは不可能なのだ。
「学院に戻って、空を飛べるヤツに協力して貰うか?」
「あまり第三者の手は借りない方がいいと思いますよ」
「じゃあ、ロープでも張る? 一応、持ってきてるけど」
「それだと結局、誰かに見つけられないか?」
今は誰もいないが、このまま誰も来ないとは限らない。
「……精霊符を使えば何とかなると思う」
「いいのか?」
心配げに訊ねるモノクに、苦みを帯びた笑みを見せるフィル。服やプロテクターに忍ばせてある符を集め出した。
その数、八枚。
「少なくないですか?」
「最近、補填してなかったからな。今週末に仕送りが振り込まれるから、そこで新しい符を買う予定だったんだよ」
何の精霊符が残っているのか確認すれば、『土』×2、『雷』、『風』、『水』、『火』×2、『光』となる。
「風で飛ぶのか?」
「それは無理だよ。この風、ピアさんの突風の力が込められているから」
フィルの使う精霊符には、友人知人に頼んで彼らの使役する契約精霊の力を込めて貰っていたのだ。
「土で階段を作るとしても、帰りだな」
「帰りって? 二枚あるから行きも作れるんじゃないの?」
「こっちのは砂なんだよ」
一見同じような図柄が描かれた二枚の符だが、一枚には『土』の文字の下の方に下位属性を示す『砂』の文字があった。
ちなみに他の符にも――『風』には『突風』、『水』には『霧』と言った具合に、それぞれの下位属性が描かれていた。
「もう一枚の土は土だけなんですね」
「それは、カラット先生に頼み込んで作ったヤツだからな」
カラットとはスーオ学院に所属する教師の一人で、鉱物系の精霊使いとして名を馳せていた。
上位精霊の力を宿した精霊符は、フィルにしてみれば切り札的存在だ。故に、温存しておきたい一枚ではあるが、背に腹はかえられなかった。
「行こう」
その先に精霊石があると信じて、フィルの探求は開始された。