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八百万の精霊使い  作者: 好風
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一章 探求科の見習い達 4

「ポジさん、ポジさん――って、留守?」

 購買の店内には、いつも控えているはずのポジの姿がなかった。

「ママ、お出かけしてるみたいですの」

 デジの指さす先には不在を示す書き置きが貼られていた。

「誰もいないって、不用心だな。商品、盗まれたらどうするんだ?」

「それなら大丈夫ですの。ママの精霊さん達が見張ってるですの」

 確かに、精霊の存在を感じてみれば、誰とも契約していない自然精霊に混じって何体かの契約精霊が店の中を徘徊していた。

「いないなら仕方ない。とにかく精霊石が有ればいいんだけど……」

 店員のいない購買の物色を始めるフィル。彼に倣って他のメンバーも商品を確かめていく。

「あっ、これ!」

「あったのか!?」

 慌てて駆け寄れば、梱包されたままの雑誌を前にして、解きに掛かっているピアの姿があった。

「ピアさん、何やってるんだよ?」

「これ? 明日発売のファッション誌よ」

 喜々として取り出した雑誌の立ち読みを始めるピアだった。

 どっと力の抜けたフィルは、精霊石探しを再開する。その背中に、ピアの何気ない言葉が届いてきた。

「あら? 今月号の特集は神楽女なのね」

「神楽女! それって雷姫(いかづちひめ)? 神楽女のファイさんは載ってるんですか?」

 ラティも興味を持ったのか横から覗き込んでくる。

 現在精霊省に登録されている神楽女は二人いる。それぞれ、憑依精霊にちなんで氷姫(こおりひめ)、雷姫と呼ばれていた。

 共に十代後半の彼女らは、探求者を目指す少女達にとって憧れの的であり、ラティもご多分に漏れていなかった。

「確かあの方って、隔離領域の遺跡へ長期探索に出ているんですよね? 私達と同じ年齢で凄いんですよね。知ってます? 精霊憑依中って、瞳が精霊力によって変色するんですって。あの金色の瞳に見つめられたいです」

「なぁ、ラティはどうしたんだ?」

 日頃の冷静沈着さからは想像できないほどに、瞳を輝かせているラティの姿に面食らうモノク。

「この娘ってば、雷姫のファンなの。寮の部屋なんて凄いのよ。雷姫のポスターとか貼ってるんだから」

「へー、意外だな」

 その事実に、素直に驚く。

「でも、俺としては氷姫の方が美しくていいな。雷姫も可愛いけど、どこかぼんやりしてそうだしさ。フィルもそう思うだろ」

 いきなり話を振られ、

「確かに、あいつは昔から鈍くさいから――ラティさん?」

 つい思っていたことを口にするも、ジト目で見つめてくるラティの眼差しに口ごもるフィルだった。

「鈍くさいって、フィルさんにファイさんの何が解るんですか? 外見だけで判断しないでください」

「外見だけって……」

 言葉の刺を隠さないラティに、フィルは少し困ったように頬を掻く。

「ファイは俺の幼なじみなんだよ。だから、今のあいつは知らないけど、昔のあいつならよく知ってたりするんだ」

 その関係を暴露する。

「フィルさんの幼なじみ? それって本当なんですか!?」

「こんな所で嘘を言ってもしょうがないと思うけど……あいつの家とはお隣さんでさ。ファイが精霊憑依出来るようになって王都に引っ越すまでは、よく一緒に遊んでいたもんだよ。小さい頃は鬼ごっこで誰も捕まえられずに泣いたり、野良犬に絡まれて泣いたりしていてさ、今の活躍が信じられないぐらいだね」

 雑誌の写真を見やっては、しみじみと昔を懐かしむ。

「是非、紹介してください!」

 勢い激しく迫られ、戸惑うフィル。

「紹介ってファイをか? いきなり言われても……連絡先、知らないんだ」

 実家の親に聞けば解るかも知れないが、長いこと連絡していない相手だ。いきなり電話なんて出来るはずもない。

「引っ越した時に手紙とか来なかったんですか?」

「そう言えば、手紙って貰ったこと無いな。あいつの性格なら手紙ぐらいくれそうだけど……」

 嫌われたかなと、渋い顔をする。

「せっかくファイさんと知り合えるチャンスでしたのに……残念です」

「縁が無いってことだろうな。まぁ、幼い頃の写真で良ければ今度見せてやるよ」

「本当ですか!?」

 あまりの落胆ぶりに困り、軽い気持ちで言うと激しく食い付いてきた。

「ファイさんの子供の頃の姿ですか。きっと、愛らしいんでしょうね」

「愛らしいって言っても、どこにでもいるような普通の女の子だけどな。ちょうど、デジちゃんみたいな感じのさ」

 視線の先ではデジが雑誌に載っているファイの写真を眺めていた。

「あら? 皆さんお揃いで、何か入り用?」

 微笑みを浮かべ優しげに問い掛けるのは、デジによく似た顔立ちをしたメガネを掛けた女性――ネガの妻であり購買部を切り盛りしているポジだった。

 一見若々しくも見えるが、一児の母なだけあってか落ち着いてさえいる。

「あっ、ポジさん。待ってたんですよ」

「あらあら?」

 キョトンと小首を傾げるポジ。

「精霊石ってあります? デジちゃんに聞いてきたんですけど」

「精霊石? 精霊紙じゃなくて精霊石が欲しいの?」

 珍しい注文に眉を顰めるポジ。

「お兄ちゃんにとって、必要ですの」

「フィル君にね……ちょっと待ってて」

 奥から一本のナイフを取り出してきた。

「魔剣ヒートスプレッダ。柄に付けられている精霊石には放熱の精霊が込められていて、斬った対象の熱を奪うわね」

 火属性熱種放熱の精霊が宿っている魔剣だった。

「ネガ君の教え子だからお安くしとくわよ」

「お安くって……」

 柄の上に貼られた値札には時価の二文字が。

 訊くのもたばかられる程の存在感を示す値札に押し黙るフィル。そんな彼を余所に、クラスメイトの仲間達は他のことを気にしていた。

「この手の古代魔導具って強力な呪に縛られているから、精霊石だけ取り出すなんて無理っぽいよね?」

「確かに、簡単に取れそうにもないですね」

 ラティとピアの二人は、ガツガツと手近にあった売り物の工具で取り外そうと試みるが、微塵も傷つかない。

「おい、フィル。試しにこのナイフを飲んで契約の儀式をしてみろよ」

「ナイフなんて飲めるわけないだろ!」

「そうですね。少しでも切れたら、ヒートスプレッダがフィルさんの体温を奪いますし……あっ、道化師ならもっと長い剣を傷一つ付けずに飲み込んでみせますね」

 冷静に状況を検分するラティだったが、若干ずれた内容に変じていくと、

「フィルさん、飲んでみてください」

 思考が一回転半した結果、そんな結論に達してしまった。

「ラティさんまで、真顔で無茶振りしないでくれよ」

 力無く答えるフィルだった。

「ポジさん、他にはないんですか? なるべくなら精霊石単品だと嬉しいんですけど……あと、出来るだけ安いのを。それで可能なら、出世払いで」

「うーん、精霊石を使った魔導具なら色々あるけど、精霊石単品は無いわね。あれって組み込まれた魔導具以上に希少なの。それに単品だと、下手な魔導具よりも高くなるのよね」

「そうですか……」

 落胆に肩を落とすフィル。

「でも、精霊石なんて何に必要なの?」

 問われ、教室で行われたネガとのやり取りを話した。

「ふーん、ネガ君にね。だったらお姉さんも一肌脱いじゃおっか」

 腕まくりする仕草を見せては、陽気に言い切るポジだった。

「みんなはルーモニの古代遺跡には入ったことあるわよね?」

「一年生の頃に実技演習で何度か」

 そこは学院近くに存在する遺跡の一つでカテゴリー的には安全領域に当たり、学院では新入生の実習用に運用していた。

 ちょいちょいと、耳を貸すように指招きするポジ。そっと囁き声で言うのだった。

「実はあそこで隠しエリアを見つけたの」

「ええっ!?」

 声を揃えては叫ぶ四人。近くにいたデジはその驚きが解らず、キョトンとしていた。

 安全領域の遺跡ともなれば細部にわたって調査が済んでおり、そこに未確認領域があるとなれば大ニュースだ。

「みんな、声が大きいってば。一応、まだオフレコの秘密なんだからね」

 ポジが窘めつつ、話を続ける。

「先日、ちょっと潜ってきたんだけどね。その時偶然見つけたの」

 まるで、近くの公園に遊びに行ったら、ベンチの下に珍しいキノコでも見つけたかのような言いぶりだ。

「見つけたって、誰にも言わないんですか?」

「教えたら、みんなが大挙して押し掛けちゃうでしょ」

 人差し指をラティの鼻先に突き立てては、悪戯っぽく言う。

「古代遺跡でのお宝は早い者勝ちじゃない。まずは一通り調べてからじゃないと、公表なんて勿体なくて出来ないわ」

 探求者ならではの思考だった。

 情報は金になるが、それ以上のお宝が眠っている可能性も高いのだ。

「その時は、隙間から軽く中を覗いただけなんだけど……手つかずの魔導装置とかが見えたから、上手くすれば精霊石の一つぐらいは転がってるかも知れないわね」

「俺達に教えて良いんですか?」

「うーん」

 ポジは少し考え、

「私としては、発見したお宝を少し分けてくれれば良いんだけど……デジちゃん、フィル君に教えても良いわよね」

「はいですの」

 何故か娘に了承を取る。

 フィル達の不思議そうに見つめてくる視線に気付き、詳しい話を教えてくれるポジだった。

「隠しエリア発見したの、デジちゃんなのよ。私とこの娘じゃ視線の高さが違うのが幸いしたのね。大人だけだと見つからないままじゃないかな?」

「デジちゃんが!?」

 誰もが驚きを隠せない。

 安全領域の遺跡とは言え、学院で実習用に用いているためその内部には無数の罠が仕掛けられていた。それも教師陣が悪のりして仕込んでいるため、命の危険こそ無いが痛い目を見る罠も存在するのだ。気軽に六歳児を連れて行けるような場所ではない。

「平気なんですか?」

「平気よ。デジちゃんはこう見えても強いんだから、ねー」

「ねー」

 二人して声を揃える様子は、親娘だけあってそっくりだった。

「じゃあ、みんな。俺、午後からの授業サボるから、先生に言っといて」

 駆け出そうとするフィルだったが、背後から肩を掴まれた。

「おっと、フィル。待ちな」

「そんな面白いこと、キミだけに行かせると思ってるの?」

 ついていく気満々の一同だった。

 そして、

「まだ、正確な場所も教えてないのに、キミ達だけで行ってどうするかな?」

「あっ」

 肝心要の詳しいことを聞いてなかったのを思いだす。

「そう言うことだから、デジちゃん」

 ちょいちょいと娘を呼ぶ。その小さな肩に手を乗せては、フィルの前に差し出してきた。

「お兄さん達の道案内役、頼むわね」

「はいですの」

 話は明後日の方向でまとまるのだった。

一章終わりです。

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