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八百万の精霊使い  作者: 好風
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一章 探求科の見習い達 3

「実は王国内外で精霊が異様に騒いでいてな」

 そうは言われても、フィル達にはそれがよく解っていない。

 周りに感じる精霊達もいつもと変わらないでいた。

「未熟なお前らにはよく解らないかも知れないけど……こいつは何か良からぬことが起こる予兆なんだ。それで一時的にだが、ランクの昇格基準を見直すことになったんだ」

 それで今までランクDでは必須ではなかった、使役精霊の有無が基準に設けられたのだと言う。

「使役精霊が必要……」

 愕然と打ちひしがれるフィル。彼には専従契約を交わし使役する精霊が存在しなかったのだ。

「先生、何とかならないの? フィルの精霊符使いはあたし達よりも強いですよ?」

 精霊符――特殊な製法で作られた精霊紙と呼ばれる札紙に、精霊の力を吹き込められると言う精霊図を描くことによって、精霊の干渉力を封じ込め、必要に応じてその力を解放する精霊魔法の一種だ。

 使い手の相性を必要とする精霊契約と違い誰にでも用いることが出来る反面、強い力を宿らせるには高位精霊の協力と高額な精霊紙に複雑な図案を間違えずに描く必要があり、符自体もまた使い捨てなためか実戦で使う人は皆無な代物だった。

 せいぜい、日常生活における火付け程度か、緊急時に苦手ジャンルの精霊を必要とした場合を想定した携帯アイテムでしかないのだ。

 それをフィルは実戦で用いていたのだ――多額すぎる散財を引き替えにして。

「お前の精霊符ならば危険領域でも問題無く戦えるとは思うんだが、こればかりは学院長の定めた方針だからな」

 沈鬱な雰囲気が教室を支配する。

 そんな空気を破るように、

「先生、使役精霊は何だって良いんだよな?」

 モノクが口を挟んできた。

「何でも良いってわけでもないが、まぁ、フィルなら問題無いだろうな」

 基本的に戦闘もしくは生存に役立つ精霊が望ましいが、フィルの場合、精霊符だけでも十分やっていけるので、役に立たない精霊でも問題無かった。

「じゃあさ、今すぐ何でも良いから適当に契約すれば良いんじゃないか?」

「それが出来るなら、こいつはとっくに契約してるだろ」

 難しい顔で返す。

 過去、幾度と無く精霊契約の儀を執り行ったフィルだが、その度に全てが徒労に終わっていた。

 その理由が解らず、途方に暮れてるのが現状であり、契約できない理由を求め勉学に励み、使役できない代わりに自らを鍛え続けていた結果が今の成績だったりする。

「でも、どうしてフィルさんは精霊と契約できないんでしょうか? (いき)の広さ――精霊感知能力なんて私達よりも遙かに広いですし、精霊符の使い方も巧妙じゃないですか」

 ラティが小首を傾げる。

 閾とは精霊を知覚できる空間を意味し、体調や精神状態で変動こそするがフィルのそれは学院内でも群を抜いて広かった。

 だからこそ、精霊との契約が出来ないのが不思議でならなかった。

「ん? 何だお前ら、そんなことにも気付いていないのか」

 そんなネガの発言に、思いっ切り食い付いたのは、当の本人だ。

「先生は、解ってるんですか!?」

「フィルの場合は、その広すぎる閾が仇になってるんだよ。精霊と契約するために精霊同調を行うと、対象の精霊以外の存在まで感じ取ってしまい、契約が結べないんだ」

「つまり、ノイズが大量に混じってしまって、一つの音だけに絞れないってことか?」

「ほう。さすがは音の精霊使いを志してるだけあって、上手い喩えだな」

 その表現に感心する。

 モノクは音系の精霊を好んで契約していた。

「先生、対策はないの?」

「手っ取り早いのは閾の領域内に契約したい精霊を一体のみ入れておくんだが、フィルの閾は広すぎるからな。まず無理だ。それこそ禁呪クラスの古代魔導でも使わなければ精霊の隔離なんて出来ないだろう」

 魔導文明の崩壊と共に廃れた古代魔導だったが使える者達はいる――でも、それが禁呪クラスともなればいるかどうかは不明だ。

 精霊使いでもない一般人で閾の領域は半径一メートルほど。平均的な精霊使いで一〇メートル。高位の精霊使いの中には数百メートルに達する者もいた。

 そして、閾の広さだけならば高位の精霊使い並みのフィルだった。もっとも彼自身、感じる精霊の数が途方も無く多いため、自分の持つ閾の広さを理解してはいなかったりする。

「他には何かないんですか?」

 縋る思いで訊く。

「あとは、感じ取った精霊全てとの同時契約だな」

「出来るんですか、そんなの!?」

 素っ頓狂な声を上げるフィル。そんな方法、考えたことすらない。

「理論上は可能なはずだが、その場合は契約対象になる全ての精霊を等しく感じる必要があり、一体でも見過ごしたら契約は結ばれないことになる」

「一体も見過ごせないって、そんなの人間業じゃないじゃない」

 その難解さにピアは唖然とした。

「まぁ、並みの人間じゃ出来ないだろうな。仮に出来るヤツがいるとすれば、かなりの熟練者であって、未だ一体も契約を結んだことのないフィルには精霊契約の感覚が解っていないだろうから、まず不可能だ」

「…………」

 がっくりと肩を落とすフィル。

「正攻法でやるなら、たとえどれだけ閾の領域内に精霊がいようとも、目の前の一体のみに集中できるようになるまで集中力を鍛えることだな。俺が昔修行した時は半年くらい掛かったがな」

「半年って……」

 今からやっていては遅すぎるのだ。

 次の昇格試験ならば間に合うのだが、それでは留年が確定してしまう。

「でも、さすがは先生だね。フィル自身が解らなかった問題を指摘できるだなんてさ」

「俺も閾は広い方でな。昔同じような壁に打ち当たったことがあるんだよ」

 しれっと言えば、反応を見せるフィル。

「だったらどうして、前もって教えてくれないんですか!! 先生でしょ!」

「簡単に話したら、大して悩みもせずに解決しただろ。そんなの、同じ悩みで苦しんだ者として納得できるかよ」

 教師にあるまじき言い分であった。

「何て言うか、大人げないな……先生も」

「だからこうして話してやっただろ」

 顰めっ面で言い放つネガだった。

「あのぉ、先生?」

 手を挙げ、ラティが探るような眼差しで見据えてくる。

「先ほど、正攻法って言いましたよね? わざわざ正攻法って言うんですから、他の手段――邪道的な方法もあるんですよね?」

 その指摘に、やれやれと息を吐く。

「気付かなかったら教えないでいるつもりだったんだが、気付いた以上は話してやるよ。ラティの洞察力に感謝しとけよ、フィル」

 そう前置きしては、別の手段を話し始める。

「邪道と言うほどのもんでもないが……簡単に言えば、精霊を己の体内に取り込んでから契約するんだ」

「それって、精霊憑依ですか?」

 精霊使いの中には自らの肉体に精霊を憑かせて、その力を行使する術者がいた。通称憑依使いで、その中でも高位の精霊を憑依させられる者を、男性ならば益荒男(ますらお)、女性ならば神楽女(かぐらめ)と呼ばれていた。

 もっとも、精霊憑依を行うには本人の資質が重要で、たとえ高位使いや全使いであっても、資質が無ければ精霊憑依は行えない。

 今現在、精霊省公認の益荒男/神楽女は四人しかいなかった。

「いや、精霊憑依以外にも精霊を取り込む術ならある」

「どんな方法なんです!?」

 勢い勇んで訊ねるフィル。彼にしてみれば死活問題だ。

「古代の魔導具の中には精霊憑きのアイテムがあるだろ。あれには精霊の宿った精霊石を組み込んであるんだが、あれと同じことをすればいい」

「同じって何ですか!?」

 ネガの持って回った言い方に、苛立たしげに声を荒らげる。

「精霊の宿った精霊石を体内に取り込んだ状態で契約を結べばいい。身体の内にある精霊は、閾の中にいる他の精霊よりも存在を強く感じやすいからな。意識を集中させやすいんだ」

「精霊石って……」

 その説明に、フィルはがっくりと肩を落とした。

 精神の時代に繁栄した魔導文明の遺物であり、希少価値の高い精霊石。精製方法は失われ、危険度の高い古代遺跡から探求者が発見してくるしか入手手段がなく、おいそれと市場には出回らない。

「そんなのどうやって手に入れるんだよ……」

「お兄ちゃん。精霊石を使ってる魔導具なら、ママがいくつか持ってるですの」

「本当か、デジちゃん!?」

 激しくもその小さな身体を前後に振られつつ、デジは頷いてみせた。

「たまに、お店の商品にこっそり混ぜては売りに出してるですの。でも、売れたところは見たことないですの」

「ちょっと購買行ってくる」

 一目散に教室を飛び出しては、購買へと向かうフィルだった。

「あっ、待ってくださいですの。デジも行くですの」

「俺達も行くぞ」

 デジに続いて教室を出ていく生徒達。後に残るはネガ独りだった。

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