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八百万の精霊使い  作者: 好風
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一章 探求科の見習い達 2

 スピーカーから流れるチャイムによって、午前の授業は終わりを告げられた。

 それを待っていたかのように、前側の扉からノック音が響いてきた。

「ん? 入って良いぞ」

 終了の挨拶を終えたネガが扉に向かって促せば、

「失礼しますですの」

 ひょっこりと顔を覗かせたエプロンドレス姿の小さな女の子が教室へと入ってきた。

「デジか。どうかしたのか?」

「ママに、パパのお弁当を届けてくれって頼まれたですの」

 女の子の名はデジ。下は十二歳からの入学が認められているスーオ学院において、いるはずのない六歳児の彼女は、教師をしているネガと購買部を仕切っているポジの一人娘だ。

 普段は母親であるポジの手伝いをしており、その愛らしさから購買部の看板娘と化していた。

 重そうな弁当箱を抱えては歩くデジ。そんな彼女に飛びつく生徒がいた。

「きゃあ♪ デジちゃんだ、デジちゃんだ♪」

「あうぅぅ……歩きにくいですの」

 困ったようにそう言えば、抱きついた生徒であるピアは軽々と彼女の身体を持ち上げてみせた。そのままネガの元へと連れて行く。

「先生、デジちゃん頂戴! 大事にするから」

「俺の娘はお前のペットじゃないぞ」

「デジちゃんをペットになんてしませんよ!」

 心外だなと言いたげに、頬を膨らませるピア。

「妹として大事に育てますから」

「信用できるか」

 ネガは教え子の魔の手から娘を取り上げると、床に降ろした。

 地面に足が着いたデジは、そのままピアから逃げるようにフィルの背後へと隠れるのだった。

「お兄ちゃん助けてですの。ピアちゃんが恐いですの」

「えぇっと、ピアさん。そう鼻息荒く迫ると、デジちゃんも怯えるだけだから、逆効果じゃないかな?」

 両の手の指をワキワキさせながら歩み寄ってくるクラスメイトに、困ったように言ってはデジを守るフィル。何故かデジは彼のことを兄として慕い懐いていた。

 対してフィルも悪い気はせず、実の妹のように接する。

 頭を撫でてやれば、嬉しそうな顔をするデジ。傍目には兄妹にしか見えない。

「ねぇ、ねぇ、デジちゃん。あたしのこともお姉ちゃんって呼んで良いんだよ」

「やーですの。ピアちゃんはデジのお姉ちゃんにはなれないですの」

 フィルの背後から顔だけ出してはキッパリ言う。

 そんなデジの拒絶に、がっくりと肩を落とすピア。この世の絶望を全て背負い込んだかのような顔で、モノクへと垂れ掛かる。

「モノクぅ~、お姉ちゃんは、お姉ちゃんは、デジちゃんに嫌われちゃったよぉ」

「えぇい泣くな、鬱陶しい!」

 くっついてくるピアこと、双子の姉を押し退けようとするモノクだった。

「それにしても、デジさんはフィルさんのことを本当の兄のように懐いてますね」

 冷静に、そしてしみじみ評価するのは、遅れて輪に交ざってきたラティだ。

 フィルを中心に、双子のモノクとピア、そしてラティ。そこに愛娘を加えた五人が繰り広げる三文芝居を斜に、ネガは一人愛妻弁当の蓋を開けていた。

 教室には既に彼ら以外の生徒の姿は無く、皆昼食をとりに各々散開している。

「そうだよ、それだよ。どーして、フィルだけなの!? あたしはこれだけ愛しているのにさ」

「うーんっとね、ピアちゃんもラティちゃんも、モノクくんもデジの大切なお友達ですの」

 強すぎる愛を浮かべては半切れ状態のピアに、デジは大人な対応をしてみせる。

「じゃあ、俺もお友達なんだよね?」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんですの」

 そう言ってはフィルの腰にしがみついてくるデジ。その線だけは譲れないようだ。

「完全に実の兄妹だな」

「まさかフィルってば、ネガ先生の隠し子とか!?」

 頓狂な思考の飛躍を耳にし、弁当を喉に詰まらせては咽せるネガ。お茶で喉のつかえを流し込んでは、

「おいおい。俺はこんな大きな子どもを持つほど年寄りじゃないぞ」

 呆れ口調で言うのだった。

 ちなみにネガの年齢は二十八歳で、十七歳のフィルを息子として持つにはあり得なかったりする。

「それよりお前ら、飯はいいのか?」

「あっ、昼飯!」

 昼休みに入って既に十分は過ぎていた。今から学食に向かったところで、満員御礼の過激な戦場と化しているだろう。

「これは、もう少し時間を置いてから行った方が無難ですね。メニュー残っていれば良いんですけど」

 ラティの言葉に、誰もが同感だった。

「時間があるならちょうど良い」

 話題を振ったネガが内容を変えてくる。

「フィル。お前、この間やった昇格試験、落ちそうだぞ」

「へっ?」

 寝耳に水な話に、フィルはギョッとした。


 王立スーオ学院は次世代を担う精霊使いの育成を目的とした学術機関であり、フィル達の所属する探求科は探求者を志す若者の集う場所であった。

 彼らの志望する探求者とは、王国領土内外問わず無数に存在するとされる古代遺跡に立ち入る人々の総称である。

 ある者は学術目的に、またある者は宝探しに――と、遺跡に赴く理由は数あれどその目的はただ一つ。遺跡に眠る遺物の回収だった。

 古代遺跡は基本的に七つのカテゴリで分けられていた。

 何の訓練も受けていない一般人――それこそ子供ですら立ち入りが許可されている安全領域。遺跡によっては図書館や遊技場と言った何らかの施設に流用されていたりもする。

 そんな安全領域とは違い危険性のある遺跡を、危険度の低い順に危機領域、危険領域、隔離領域、隔絶領域と呼ばれ、その地には科学文明魔導文明の残滓とも言える精霊の力を有した魔導生命体――妖精/妖魔が居着いている傾向があった。

 人とは友好的な関係を築いている妖精に対し、妖魔は魔導兵器の出自が示すようにその本質は戦うことであり、文明の崩壊と共に人の枷を外れたそれらは人に牙を剥くようになっていた。

 魔導兵器である妖魔が住み着く非安全領域の遺跡。その中でも最高危険度に当たる隔絶領域ともなれば巨大な龍が住み着いていたりすると言われていた。

 そしてそれら四つの非安全領域とは別格で、二つの非安全領域が存在する。

 未踏領域と封印領域の二つだ。前者は精霊の時代以降に公の資料上で誰一人として立ち入ったことの無い遺跡のことを示しその危険度は未知数だが、それら未踏領域は隔絶領域の向こう側にあるとされ、並みの探求者では近づくことさえ適わなかった。

 対して後者は、前世紀以前に造られた超弩級の危険物が封じられている遺跡のことを指し、もしその地にある遺物の封印が解かれたら世界が滅ぶとさえ言われていた。


 フィル達探求科の学生は、入学と同時に危機領域内での活動許可であるランクEを取得していた。そしてネガの言う昇格試験とは、危険領域における集団での活動許可(ランクD)を得るための試験のことであった。

 そしてランクDの保持は探求科において進級資格の一つであり、これを得られないとなればそれだけで留年が確定することと繋がった。

「どうして落ちるんですか!?」

 弁当をぱくつくネガに激しく迫る。この時期、ここでランクDへの昇格が出来なければ、留年が確定するようなものだ。必至にもなった。

「試験には何の落ち度も無かったはずじゃ!」

「確かに、フィルさんの得点は学年でも上位でしたね」

 学年主席のラティが同意する。ちなみにフィルの成績は彼女の四つ下になる五位だ。

「フィルが落ちそうなら、あたしやモノクは完全にアウトじゃない」

 姉の言葉にウンウンと頷く双子の弟。

「いや、お前らは大丈夫だ――って言うか、うちのクラスではフィル以外全員のランクDが確定している」

 その言葉に一瞬嬉しがるも、目の前で唖然としている級友の姿を目の当たりにしては、素直に喜べなかった。

「じゃあ、どうしてフィルさんが駄目なんです? 学科は五位で実技も上位に入るだけの成績をしてますよね?」

「どうしても何も、フィル。お前、専従契約を結んでいる使役精霊を一体も持ってないだろ」

「まだ使役精霊はいませんけど……今のままでも十分、戦えますよ?」

 ズボンのポケットに忍ばせているカードを握りしめるフィル。その顔付きが微妙に強張っていた。

 そんな教え子に対し、

「ここだけの話だから口外するなよ」

 声のトーンを落としてはそう警告を促してくるネガだった。

最終話まで予約投稿しました。

よろしければ、評価、感想などお願いします――って言っても、最後まで読まないと評価できないかな。

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