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八百万の精霊使い  作者: 好風
19/22

五章 八百万 1

 遠く封印領域の地にて戦争が始まる頃、学院は静かだった。

 生徒がいないわけじゃない。

 戦いに参加した三年の有志を除く九割方の生徒が残っているのだ。なのに、誰もが口を噤みただただ戦況の報が来るのを待っていた。

 そんな校舎に響き渡る音があった。

「ポジさんにデジさんも、二人して何をしてるんですか?」

 音の発生源へと声を掛けるのはラティ。

 戦況が気になり自習に集中できない彼らは、気晴らしにと購買へとやってきていたのだ。

「あっ、みんな丁度良かった。ちょっとこれ出すの手伝って」

 これ幸いとポジが頼んでくる。彼女達親娘は、購買の倉庫から大型の望遠レンズやら何やらを取り出していたのだ。

「何です、それ?」

「今週の秘密道具よ。あっ、でも、今週はもっと秘密道具が出てくるかもね」

 要点の掴めない返答だ。

 詳しく訊ねればそれは古代魔導具の映像機器で、学院から遙か彼方で繰り広げられている戦争を撮影するのだと教えてくれた。

「これから北の塔に設置するんだけど、手伝ってね」

 次々と出てくる撮影機材を四人に渡していく。

 その後四人は、ポジの指示で撮影機材を運ぶことに。

 塔の屋上に出てはカメラと望遠レンズを設置するフィルとモノク。その下でラティとピアが無数のコードを接続していた。

 小型のモニターを用意しては、ちゃんと映し出されるか確かめるポジと横から覗き込んでいるデジ。

「お兄ちゃん、カメラはもっと右ですの」

 モニターを見つめたまま、カメラを設置しているフィル達に指示を出す。

「右ね」

 くいっと右に向ければ、

「あっ、行きすぎですの。左に戻して欲しいですの」

「左ね」

「今度は下にずれたですの。上に少し上げて欲しいですの」

 距離があまりに遠い故、少しの角度でも大きく撮影ヶ所がずれた。

 それでも何とか合わせることができた。

「モノクくん、ズームアップですの」

「了解」

 モノクが望遠レンズを動かせば、戦いの状況がハッキリと解った。

「ラティちゃん、ピアちゃん。コードの接続は終わった?」

「はい、今終わりました」

「ポジさん、本当に全教室に流すんですか?」

「いいのいいの。みんな、この戦争を気にしているんだからね。それに封印領域に封印された妖魔を見ておくのも勉強よ」

 ポジの企みは、学院内に巡らされている映像システムに割り込み、各教室のモニターにて戦場の映像を流すものだった。

「でも、ポジさん。これって定点撮影だから、あまりいい映像は撮れないんじゃないかな?」

「この映像機器は秘密道具だって言ったでしょ。この魔導具と対になっている光の精霊が封じ込められている精霊石を、ネガ君に頼んで戦場にばらまいて貰っているの。それらとシンクロさせることで、多角的に映像を映してくれるわ。これは望遠レンズって言うよりも光通信の受信装置みたいなものね」

 事実、モニターには普通ではあり得ないあおりや俯瞰の映像までもが映し出されていた。

 そんな古代魔導具の凄さを、今更ながらに実感する四人だった。

 そしてなにより、

「でかっ」

 ピアの口を衝いて出た感想は誰もが思ったものだった。

 それほどまでに八つの頭をもった蛇は大きかった。それも、先日垣間見えた炎雷龍が赤子に見えるほどにだ。

 各教室でもまた、突然に戦場の映像が流れ出したことでざわめき立っていた。

 数百人近く集められた探求者達の精霊魔法は多種多様にして多彩で、戦場を激しくも過激に彩っていた。

 大地が激しく隆起したかと思えば、爆炎が立ち上り、凍てつく氷雪が世界を白く染め上げる。その壮絶さは苛烈で、音が伝わってこない分異様な迫力があった。

 時折、知ってる先輩が活躍すれば歓声を口にし、倒される姿を目の当たりにしては悲鳴が上がる。

「火に水に土――って言うか石化だから石か。氷も使ってるし、あれは風――にしては変ですね。吹き飛ばされたのとは少し違うみたいですし」

 指折り、ヤマタノオロチが使う属性を数えていくラティ。映像では解りづらい属性効果に小首を傾げる。

「ラティちゃん、あれは重力よ」

 ポジがラティの上げていった属性に補足する。

「後は毒に雷までは解るんだけど、最後の一つは不明ね。まだ使っていないっぽいわ」

 火、水、石、氷、重力、雷、毒――それが映像から判別できたヤマタノオロチの属性だった。

「あの首一つ一つが神霊クラスの精霊力を秘めてると見ていいわね」

 強すぎる精霊力を帯びた八つの首は半透明に揺らぎ、それぞれが異なる色と形状をしていた。火の首は火炎ででき、水の首は水流――と。

 固唾を飲んで見守りつつも忙しく視線を動かすフィル。彼は必至にファイの姿を探していた。

「あれ! あそこ、ファイさんじゃないですか?」

 ラティが指さす先へと視線を向ければ、雷光の鎧を身を纏いヤマタノオロチを上空から牽制しているファイの姿があった。

 無事なことに、フィルは胸を撫で下ろす。

「今のところ、戦いは探求者側が有利ってとこかしら?」

 最年長のポジは冷静に戦局を読んでいたのだが、不意にその表情がくぐもった。

「ねぇ、画面が暗くなってきてない?」

 それに気付いたのはピアだった。そして見ている間にも陰りは濃くなっていけば、皆の知るところとなる。

「まるで夕闇が訪れようとしてるみたいですけど……これも精霊魔法?」

 暗くする精霊魔法は多数存在するが、この戦いで暗くする必要性が無い。

「それともオロチが?」

 唯一属性の判明していない首は漆黒。それから闇を連想するのは自然だった。

「これが八番目の属性なのかしら?」

「違うわよ」

 険しげな面持ちで否定するポジ。

「じゃあ、何ですか?」

「日蝕が始まったのよ」

 モニターに集中するあまり気付いていなかったが、学院の外もまた暗くなっていた。

 窓から身を乗り出し空を仰ぎ見ると、月が太陽を喰らっていくのが窺える。

 そして、戦況は一変するのだった。


       ☆


 ミカヅチを憑依させたファイは雷光を迸らせながら空を舞い、ヤマタノオロチを攻撃していた。

 八つの属性を秘めた首には、雷が通じやすいものと通じにくいものがある。ファイは最も一番効くと思われる水流で構築された蛇の頭目掛けて、他の首の間を縫うように飛翔し、

「雷撃!」

 両腕に帯びた雷を落とす――も、寸前で現れた電霆で構築された首によって防がれてしまう。同じ属性である限り、電霆の首には効果が無かったのだ。

 周りの探求者達も自らが操る精霊と相克で勝る首を狙うのだが、器用に動くために上手くいかない。

 なにより、

「おい、邪魔だ! 霧なんて発生させるなよ!!」

「お前こそ、他の精霊は使えないのか!?」

 連携が上手くいっていないのだ。

 ヤマタノオロチ討伐に集まった探求者の数はおよそ五〇〇人。その内半数以上は民間から集められた探求者なのだが、大人数による戦闘経験は皆無。故にまともな戦略など無く、足の引っ張り合いが至るところで起こっていた。

 唯一連携が取れていた軍隊もまた、他の一般人に引っかき回されてはままならない。

 雷姫の二つ名を持つ神楽女であるファイにしてみても、精霊省直轄としての探求チームでの活動が主であり、軍隊と共に戦うことは無く、基本的に戦闘においては多くても十人ほどでしかパーティーを組んだことがない。

 斯様な全方位からの入り乱れた戦いに、完全に攻めあぐねていた。

「もう少し連携が取れれば勝てるんだがな」

 独り、冷静に戦いを見ていたネガがそう口にした。

「まぁ、これもそれも――ファイ、下がれ!!」

 ネガの言葉で身を捩れば、毒々しい色をした首から放たれた毒液が過ぎっていく。

 濡れた大地を腐食させていく毒を見て、ファイは少し距離を取る。その間にも、ヤマタノオロチは暴れ続けていた。

 それでもまだ数の暴力はあるのか、オロチをその場に食い止めることは出来ていた。

 ただし、決めの一手に欠けていることには変わりなかった。

「不味いな」

 空を見上げ、険しげに表情を歪めるネガ。

「蝕が来るぞ! 全員、契約精霊をしっかり繋ぎ止めろ!! 精霊が狂うぞ!!」

 ネガは己の仮面にいる一〇八種の精霊から拡声が可能な精霊を呼び出し、声を飛ばした。

 戦場に響き渡る怒声。それが意味することに気付いた精霊使いは、ほんの一握りだった。

 そして戦いは一変した。

 欠けた太陽の影に覆われた場所から、その異変が起こり始める。

 古来より日蝕中は精霊が狂い、精霊使いとの繋がりが乱れ絶たれることがあった。まともに精霊との契約を保っていられるのは、ファイのように精霊と融合している憑依使いか、ネガのように古代魔導具で精霊を縛っている者、高位使いや一使いの中でも極めて精霊との繋がりが強かった一部の者だけだった。

 それ以外の探求者達は精霊魔法が使えなくなり、混乱に陥っていた。

 そして、更には――

「何よ、あれ!?」

 辺りを覆い尽くした月影の下、ヤマタノオロチは最後の属性を発動させたのだ。死と言う概念を。

 ただしそれには人を殺す力は無い。あるのは、死を意のままに操る力のみ。

 死を司る漆黒の頭が一際高く鳴けば、

「Shyaaaaa――――!!」

 地面が激しく揺れ、かつてその地で亡くなった無数の妖魔達が蘇りだしたのだ。

 とるに足らない雑魚から龍種、巨人種といった高位種まで無数の妖魔が蘇り、探求者を襲いだした。

 せめてもの救いは、蘇った妖魔達の動きは緩慢で生きていた頃ほどの俊敏さが無く、力も半減していたことくらいだ。

 それでも強く、数が多い。精霊魔法が使える者がごく僅かとなった今、多勢と無勢の関係は逆転。完全に人間側が押される形となっていた。

「精霊魔法が使えないヤツは離脱し――うわぁ!?」

 高位使いの一人が叫び、唯一保っていた精霊で妖魔を相手取るも、注意の逸れたヤマタノオロチの吐いた石化ガスを背後から浴び、石化してしまう。

 そしてそれら惨劇はいたるところで起こっていた。

「もうダメなの……もう終わりなの?」

 あまりの惨状に絶望し、ファイの心は今まさに完全に折れようとしていた。

「震えるほどの恐怖には心を高ぶらせて対抗しろ! 心の奮えは身体を突き動かす!!」

 不意にネガがそう言ってきた。

「諦めるな、ファイ! 俺達が諦めたら、学院にいるあいつらもやばいんだぞ」

 そう。

 このままヤマタノオロチが侵攻を続ければ、まず最初に辿り着くのはスーオ学院だった。

「心の震えは身体を突き動かす……」

 雷槍を握りしめる拳に、今一度力を込めるフィル。

 折れそうな心を必至に繋ぎ止めては少女は戦う。少しでも多くの人間を守るべくして。

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