四章 修行風景 2
フィル達が修行している所から移動するポジとファイ。近くの開けた場所へとやってきた。
「まずは、今のファイちゃんの実力を見たいから、攻めてきて」
そう言う彼女の手には、一本のナイフがある。デザート用の果物を剥くために持ってきていた代物だ。
「そんなナイフで、私と戦うんですか!?」
「――クスッ。私の秘密道具を馬鹿にしては困るわね」
ちょいちょいと、挑発するように手招きするポジ。むっとして、雷の槍を作り出しては攻め込んだ。
距離を詰めるも、ナイフの腹で易々と受け流される。
それでも雷槍を繰り出すが、その全てが紙一重で捌かれてしまう。
神楽女、雷姫と呼ばれ、少しは自分の力に自信を持っていたファイだったが、圧倒的な力量に慢心は霧散していく。
二度三度と地面を転がされるも、歯を食いしばり立ち上がる。負けん気だけは強かった。
「本気、出させて貰います!!」
腰を溜めるように槍を構えたかと思うと、全身をバネにして駆け抜ける。弾けたその身は一瞬で距離を詰めるのだが、
「うそ?」
その手にあった雷槍はポジの握るナイフによって切り刻まれてしまう。
得物の無くなった手と、ポジの持つナイフをまじまじと見比べる。普通のナイフで切られたのが信じられなかった。
「何なんです、そのナイフ!?」
「あら、ファイちゃんもよく知っているものよ」
陽光に翳しては言うポジ。その材質が鉄じゃないのは精霊の有無で解るのだが、何で出来ているのか見当が付かなかった。
頭を捻るファイに、ポジはネタ晴らしをした。
「これ、この間中庭に刺さった炎雷龍の角から削りだした一品よ」
砕けた魔剣ヒートスプレッダの代金として龍の角はポジが接収していったのだが、まさかそれがナイフになっているとは思いもよらなかった。
「だから、今のファイちゃん程度の雷なら、リンゴの皮を剥くよりも容易いものよ」
第二ラウンドの始まりだと言わんばかりに、手招きするポジ。ファイは雷系の精霊魔法を止め、両の腕に疾風を纏う。
ドリルの如く風を唸らせては果敢に攻め込む。これならば、ナイフで切れないだろうと踏んだのだ。
だがそんな攻撃も当たらなければ意味が無い。
軽々と避けられ、攻撃対象を失った疾風のドリルは地面を穿つのみだ。
小半時もそんな戦いが続けば、体力を失ったファイは腰を落としては地面にへばり込んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ、ポジさんって、何者なんですか?」
手渡されたスポーツドリンクで喉の渇きを潤しながら訊ねる。
「今は主婦で、一児の母だけど……」
ちらりと横を向くと、遠くではフィル相手に修行を付けているネガデジ親子の姿がある。
「元はあなたと同じよ」
「同じ?」
小首を傾げるファイに、ポジはクスッとはにかんで、
「神楽女」
告げるのだった。
一時の空白。そして、
「そ、それって本当なんですか!?」
ファイの驚きが辺りに響き渡るも、それ以上の声量で上がるフィルの絶叫によって掻き消されてしまう。ポジが見やれば、燃えさかるボールを使っての千本ノックが行われていた。
そんな幼なじみの必死な修行にも気付かないほどに、ファイの意識はポジに集束されていた。
「私、ポジさんのことなんて知りませんよ!?」
低級精霊との憑依を可能とした憑依使いならばまだしも、高位精霊との憑依を可能とした神楽女、益荒男は精霊省の管理下に置かれているのが常だ。
たとえ、神楽女でいられなくなったとしても、その情報は残る。そして、ファイはここ最近の憑依使いに関する情報のほとんどには目を通していた。
「世の中には表に出ない高位の憑依使いもいるってことよ」
「もぐり……ですか?」
複雑な顔をするファイ。
「もぐりってね」
ポジは苦笑して言葉を続ける。
「精霊省に知られると監視対象にされちゃうじゃない。それを嫌がる人達もいるってことね。実際、未踏領域に挑戦している探求者の中には何人かいるわよ」
「未踏領域って……ポジさんってどれくらい強いんですか?」
「私の強さ? 結婚前――私がまだ神楽女だった頃にはそうね。ネガ君と二人で未踏領域の深部まで行ったことがあったわね」
さらりととんでもないことを口にする。
公にはされていないが、未踏領域へと足を踏み入れる探求者はいた。
「二人とも凄いんですね。私、精霊憑依状態でも隔絶領域すら二人で立ち入るなんてできませんよ」
未踏領域が必ずしも隔絶領域より難度が上とは限らないのだが、深部ともなればさすがにレベルが違った。
そこを二人組で探求できるとなれば、その強さは計り知れない。
「ファイちゃんはまだまだ若いからね。いくら憑依使いだからって、その歳で未踏領域に挑戦されたら、他の探求者の立つ瀬が無いわよ」
クスッと笑っては、思いだしたように話を変える。
「あっ、そうそう。憑依使いと言えば、ファイちゃんは新しい憑依精霊とは契約したの?」
「いえ。これだけの晴天が続いてますから、雷の精霊が見つからないんですよ」
快晴の青空を見上げては、困ったように苦笑する。
このまま雨が降らないようならば、雨や雷雨の精霊を使える人に天候操作を頼むしかなかった。
「それなら、丁度いいわね」
ぽんっと胸の前で手を合わせるポジ。
「私が預かっている精霊をファイちゃんにあげるわ」
「え? あげるって、雷の精霊をですか?」
「ちょっと違うけど、似たようなモノよ。それに、すっごく強いからファイちゃんも気に入るはずね」
「気に入るって言われても……精霊の譲渡は無理のはずじゃ」
ポジの申し出に困惑する。
精霊を譲渡しようとする場合、譲渡対象にされる大概の精霊はいい顔せず、失敗する。それも、本来の契約をも破棄すると言った形で。
精霊からの一方的な契約破棄とは精霊からの信頼を損なうことに繋がり、今後同種の精霊契約をも難しくしてくれた。
「でも、不可能ではないのよ。二人の精霊使いと精霊の承諾さえ得られれば可能よ。まぁ、相性問題とかもあるけど、ファイちゃんなら問題無いわよ」
「そんなこと言われても……」
いまいち乗り気じゃないファイだ。
「いいって、いいって。そうでしょ」
虚空へと呼び掛ければ、雷光纏った精霊が現れた。
「余なら構わぬぞ。余としても、契約者は若い方が楽しいからな」
「むぅー、まるで私がおばさんだって言ってるみたいね」
「みたいも何も、確か人間の間では、子持ちの女性はそれだけでおばさんと聞くが」
「それ、どこから仕入れた知識なのよ……」
そのやり取りに、ファイはあんぐりと口を開けていた。
「精霊……なんですよね? まるで人間みたいですけど……」
フィルの使役している時の精霊みたいに身長が小さいわけもなく、人並みの大きさをしているその精霊は雷光こそ纏っているが、完全な人間にしか思えない。
「この精霊はミカヅチ様。神系雷属に属する古い雷神様よ」
「それって……神霊!?」
呆気にとられる。
神系に属する精霊は他の系統の精霊とは一線を画し、同じ『モノ』を司っていても、存在そのものが根本的に違いすぎた。
それは、人以上の知性を有し、天地開闢の力を秘めているとされるが故に、ただの精霊とは異なり神霊と称される代物であった。
「正確にはその分霊だ」
あまりに巨大過ぎる力を持った精霊は、己の存在を複数に分かち存在していた。
「神霊だなんて、そんなの貰えませんよ!」
いくら本人の許可を得たとしても、おいそれと貰い受けられる存在じゃなかった。
「あら? じゃあ、こうしましょうか」
名案が浮かんだとばかりのポジ。
「ミカヅチ様はファイちゃんにあげるけど、ただあげるんじゃないの」
「代価を取るってことですか?」
身構え、訊ねる。
「違う違う。ミカヅチ様はあなたに託すのよ。ファイちゃんの人生にはミカヅチ様の力が必要になると思うからね。でも、託すんであってあげるんじゃないわ。もし、あなた以上に力を必要とする存在が現れたら、ミカヅチ様をその子に託して欲しいの。元々、このミカヅチ様はそうやって私の先生から渡された精霊だからね」
「先生からって、ポジさんも別の人から譲渡されたんですか?」
「今のファイちゃんと同じくらいの時にね」
そう言われれば気持ちが軽くなる。
「解りました。ポジさんがそう言うのでしたら、お預かりします」
その後、二人の間で精霊譲渡の儀式が執り行われた。
実際に契約してみれば、ミカヅチの凄さがよく解る。今の自分ならば一人で炎雷龍を相手にしても互角以上に戦える気さえしてきた。
あまりの力に興奮し、自然と頬が吊り上がっていく。
そんなファイに、
「じゃあ、精霊憑依してみて。力を得たことで増長されたら困るから、少し、揉んであげる。上には上がいることを知っておいた方がいいでしょ?」
ニコッと、あり得ないことを気軽に言い切ってみせるポジだった。