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八百万の精霊使い  作者: 好風
15/22

三章 戦う理由 5

 異なる時間軸に身を委ね、グリフォンへと駆け出すフィル。渾身の力を込め、鷲の足である前肢目掛けて剣を振るう。


 ガッキィーン!


 甲高い金属音が響いた。

 途轍もない痺れに視線を落とすと、手にした剣は真ん中で折れていたのだ。

「ちっ!」

 硬すぎるグリフォンの脚鱗を切り裂くには、学院支給の剣程度では力が足りなかった。

 通じぬと解るや否やフィルは腰のポーチから精霊符を取り出し、一枚をその無防備な腹へと放つ。


 それは突風の精霊符。ピアの協力で得た風の精霊魔法が舞い上がる。

 だが通じるはずも無し。それは先のピアとファイの魔法で解っていた。だからこそ、続けるのだ。

 秘策の技を。

 折れ残っていた剣へと、もう一枚の刻んでおいた風の精霊符を這わせ、解放する。

 途端、刃に象られた疾風の刀身が出現した。

 柄を握りしめソレを振るうフィル。突風とは逆方向から風の境界面を滑り込ませるように走らせる疾風の刃。

 そこに生まれしは真空の断絶。力任せの技術で強引に作り出した鎌鼬の一撃をグリフォンの前脚に叩き込んだ。


「KuiiiEeeeeWoo――――!!」


 鋭い痛みに絶叫の嘶きを上げるグリフォン。想像だにしなかった傷に目つきが変わる。

 獲物を睨むだけの目は憤怒の色に染め上がり、明確な敵と対峙したものへと変貌していた。

「KuOooooooo――――!!」

 一際高く鬨の声を上げ、その大きな嘴を繰り出してきた。

 逃げなければ。

 そうは思うが、時の精霊魔法を使った反動からか身体が鉛の如く重く、躱すこと叶わず。

「フィルさん、危ない!!」

 助けようにも、その術が無い。

 ただ一人、ファイが動いた。

「雷槍一閃!」

 グリフォンの注意がフィル一点に向かってることに勝機を見出し、稲妻の精霊による巨大な槍を放つ。

 思考するよりも速く、繰り出された最善の一手。

 数多の戦いを体験してきたからこそ成り立つ、経験則の成せる超反応の技だ。


「KuiiiEeeeeWoo――――!!」


 横っ面に雷槍を喰らい、絶叫を上げるグリフォン。ファイの放った槍は、右目に突き刺さったのだ。

「クッ! やはり、憑依状態じゃないから雷槍の威力も半減してる」

 忌々しくも吐き捨てる。

 雷の精霊を憑依していれば今の攻撃で勝てたのだ。

 それでも、グリフォンの注意をフィルから逸らすことは出来た。

「私が囮になるから!」

 それだけ言い残すと、ファイは疾風の精霊を纏って飛翔する。

 結局、戦いは当初ファイの提案した形になってしまったのだ。

 せめてもの救いは、片目を失ったことで距離感が狂い、ファイを捉えきれないことぐらいだ。

「くそったれ!」

 残されたフィルは地面を殴りつける。

 レアな精霊を得たこと、龍を相手にファイを助けられたこと、それらで自分が出来るヤツだと勘違いしていたのだ。

 だからこそ無謀にも突っ込んでは万策が尽き、逆にファイに救われる羽目に陥った。そして、ファイを危険な目に遭わせてしまった自分に腹が立つ。

「誰か! 誰でも良いから、ファイを助けてくれ!!」

 自分の不甲斐なさ情けなさを噛み締めては叫ぶ。

「後は任せろ」

 ぐしゃりとフィルの髪の毛を混ぜるように手を置くのは、異変に気付き駆け付けてきた教師のネガだった。


「KuOooooooo――――!!」


 甲高い嘶きと共に放たれる羽の礫。硬質化した鋭い切っ先がファイを襲う。

「風よ!」

 疾風の精霊による守りを反射的に放つのだが、羽礫に纏わされた風の方が強く、たやすく貫いてくる。

 それでも数本は絡め止められたが、残りの羽がファイの皮膚を切り裂いていく。

 身を強張らせ耐えようとする――も、次々放たれる羽の雨嵐が止まず、ファイの耐久力を削っていった。


「畏れを抱かせし颶風の精霊よ! 絶対なる風の守りを」

 ファイの背後から舞い上がった風の濁流がグリフォンの羽攻撃全てを吹き飛ばしてみせた。更には上空の雲すらも吹き飛ばし、青空が広がる。

 それは、不安を煽らせる特性を求め契約していた風の精霊だった。

 続いて、

「安寧を司りし日向の精霊よ。健やかなりしは涼風の精霊よ。共に癒やしの恵みを与え給え」

 暖かくも涼しげな気配がファイの身体を撫でていったと思うと、無数に付いていた彼女の傷が癒えていく。

「あれって、もしかして精霊による治癒!?」

「ネガ先生って、精霊治療が使えたの?」

 ラティとピアの二人が驚く。

 精霊治療――原理上それが可能なのは確かなのだが、使える精霊使いは圧倒的に少なかった。

「ネガ先生って、凄い精霊使いだったんだ」

 唖然としたモノクの呟きが聞こえ、鼻先で笑い飛ばすネガ。


「せっかくだ。モノクよ、もっと面白いモノを見せてやるぞ」

 そう前置きをし、ネガは生徒達が見守る中一つの精霊魔法を使い始めた。

「数多世界の広さを奏でる音の精霊たちよ。我の願いを聞き、その音を顕現せよ」

 ネガが願い奉れば、彼の顔に付けられた仮面から無数の精霊が現れてくる。彼もしくは彼女らはネガの思惑を察しては、無数の音を奏でだす。

 ある音は身体の底から響く重低音で、またある音は心を軽やかにする涼しげな音色を。

「なに、なに、なに!? 凄いんだけど……」

「これは……曲を奏でてるの?」

「嘘だろ。精霊音楽じゃないか!?」

 それは、複数の音の精霊がいて始めて成り立つ精霊の合奏曲。音の精霊使いの到達点とも言える精霊魔法だ。

 その極地を目の当たりにして興奮冷めやらぬモノク。ただただ、言葉が震えていた。

「ネガ先生はこんなことまで出来たのか!? 音の精霊との親和性が高くて、精霊たちが納得した精霊曲を作曲できないと無理だぞ!!」


「あいにくと精霊との親和性は高いが、俺に精霊音楽を作曲できるほどの才は無い。こいつは知人からの借り物だ」

 自分の作曲じゃないと言うネガ。

「まぁ、そいつに言わせれば、まだまだ未完成らしいがな。それでも効果はある」

「効果って?」

 ラティが反芻気味に問えば、ニヤリと頬をつり上げる。

「精霊曲『戦乙女』――この曲は心に作用し精神を高揚させ、聞いたやつのポテンシャルを1.5倍に跳ね上げてくれる」

 言われてみれば確かに、身体が軽くなってるのを感じる生徒達だった。

「さぁ行くぞ、ガキ共。気張れ! グリフォン狩りだ!!」

 号令一下。ネガの先導で戦いは新たな局面を迎えることに。


     ・

     ・

     ・


「KuoEeee――――…………」

 断末魔の嘶きを上げ、グリフォンは頭を下げた。開かれた嘴からはだらしなく舌が垂れ、大きな翼は見るも無惨に羽が抜け落ち、至る所に散らばっている。

 山面は抉れ無数の樹木は薙がれている。刻まれた大地の傷跡はの戦いの壮絶さを物語っていた。

「ぃい、いやったぁぁぁぁぁ!! グリフォンをやっつけたぞ! 俺達は強いんだ!!」

 倒れたグリフォンの上で声高らかに勝利の雄叫びを上げるモノク。そんな弟を、

「強いのはネガ先生よ」

 冷ややかな眼差しで見上げているのは双子の片割れであるピア。彼女の隣でラティがウンウンと頷いている。

「私たちはただの賑やかしでしたからね」

「そうそう。唯一足を引っ張らなかったのは、ファイくらいね」

「ええっと、みんなも頑張ったと思うよ」

 ファイが労えば、感極まったピアがラティごと抱きついてきて喜びを分かち合う。

「もう、ファイはいい娘なんだから」

「ファイさんに褒められた……」

 そんな三人娘を傍目に、一人神妙な顔をしているのはフィルだった。


 人語を介せる契約精霊を使って、フィーギ山に散らばっている生徒達に実践自習の中断と撤退の指示を伝えるネガ。そんな先生へとフィルが呼びかける。

「ネガ先生」

「ん? 何だ? グリフォンのことを気にしてるのか? あれはお前らの手に余る妖魔だ」

 ぽんぽんとネガは教え子の頭に手を置いた。

「まぁ、そこそこ活躍してたと思うぞ」

「活躍……ですか」

 労いの言葉に余計に頭を垂らすフィル。精霊符を使い果たし、速く動けるだけの彼はこの戦いではほとんど役に立っていなかったのだ。

 そんな落ち込みを見せる教え子に、ネガは困ったように頬を掻き、

「まぁ、仕方ないさ。今のお前は時の精霊一体しかいないからな。出来る戦い方にも限りがある」

「…………」

 加速だけじゃ何も出来ない。その先が必要なことを痛感させられる戦いだった。

 だからこそ、

「先生、お願いです。俺に、戦いの仕方を教えてください」

 自分よりも遙か先を行く人に教えを請うことにした。


「戦いの仕方だと? 戦闘技術なら授業でもやってるだろ」

 探求科の授業には、精霊を使わない格闘術と、精霊を用いた精闘術の二種類の授業が必須科目であった。

「あれでは足りない。俺は……俺は、ファイの隣に立てるだけのだけの力が欲しいんです」

 自分が守られたこと、そして自分が守れなかったことが悔しかった。

「ふむ」

 顎を引いては考える素振りを見せるネガ。

「お前が誰かに勝つための力を欲したのなら断るところだったが、隣に立つための力ならば教えてやらんこともないな」

「それじゃあ?」

「明日の休日、修行をつけてやる。あと、修行中は俺のことを師匠と呼べ。それが条件だ」

「はい、師匠!」

 深々と頭を下げるフィル。

 ここに二人の師弟関係が成立した。

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