三章 戦う理由 1
雷姫ファイが療養を兼ね、王立スーオ学院探求科に転入してきたその日の昼休み。
「それにしても、意外ね」
昼食のパスタをフォークで巻き取りながら、おかしそうなピア。
ファイが転入してきたことのお祝いと称して、彼女達いつものメンバーは学食の一角でささやかなパーティーを催していた。
もっとも、昼食であること自体は変わらず、若干いつもよりテーブルに並んでいるメニューが華やかなのと、ファイの分が皆の奢りとなっているくらいだ。
「一般科目があたし達よりもダメだとは思わなかったわ」
パスタを口に運んでは苦笑する。
「だって、仕方ないじゃない」
その言葉に身を縮めるファイがいた。
精霊省所属の憑依使いにして雷姫の二つ名を持つファイだったがその実、戦うことと精霊について以外の学力は低かった。
「いつもいつも遺跡探求にばかり駆り出されていて、満足に勉強なんてしてこなかったんだよ。高等数学とかなんて無理に決まってるじゃない。学校に通えるのだって、すごく久しぶりなんだからね」
ぶつぶつと不平を呟く。
第一線で活躍している神楽女にとって、一般的な生活に不要とされる勉学に割ける時間は限りなくゼロに等しかった。
教え込まれるのは戦う術と生き残る術だけだ。
故に学院での授業を楽しみにしていたのだが……付いていけなければ面白くもない。
「転入、早まったかも」
今更ながらにしみじみと思う。
龍によって心を砕かれた彼女は、ネガの手によって治療はされたもののしばらくの療養が必要とされ、いつでもネガの診断ができるようにとスーオ学院女子寮に住むことになった。
その連絡を受けた精霊省にいるファイの上司は、幼い頃より研究機関に詰めていた彼女のことを不憫に思い、療養期間中はスーオ学院で学生として過ごすようにと関係各所に手を回してくれたのだ。
「だけどさ、少しくらいダメなヤツの方が親近感が持てていいよな。これで、完璧超人とかだったら、いくらフィルの幼なじみとしても距離置くぜ」
本音の感想に、微苦笑を浮かべるファイ。本人にしてみれば、どれだけ有名になろうが普通の十代のつもりだ。
ただ、周りがそれを許してくれるはずもなく、今も昼食に来ている他の生徒達から奇異なる視線を向けられ、辟易気味だ。
「それより、質問良い? 教室じゃ周りが煩くて聞けなかったんだけど……ファイってフィルのことをどう思ってるの?」
ピクッと小さく反応したのはラティだ。興味津々とばかりに瞳を輝かせる。
「そうですよ。フィルさんとの関係はどうなんですか?」
「どうって、フィル君は私の勇者なだけだよ」
「なっ!?」
臆面も無しに恥ずかしいことを口にされ、全身赤くなるのはフィルだ。
「お前、なんて――むぐ!?」
慌てて止めようとするフィルだったが、先にモノクの手によってその口が塞がれた。
「昔から、私が危ない目に遭うと、どこからともなく颯爽と現れて助けてくれたんだよ。今回も、龍から庇ってくれたし……本当の勇者様だよ」
夢見心地で惚気られれば、双子の視線が粘っこくなっていく。
「ほほぅ。勇者様ね……フィル。お前も隅に置けないな。かの雷姫に勇者と言われてるんだぜ」
眺め、眇めては、ねっとりと絡み付いてくる生暖かい眼差し。
そんな視線に曝され、フィルは完全に居心地が悪そうだ。
「ファイの言ってるのは幼い頃の話だよ。昨日のだって、みんなの助けがあったからファイを救えたんだしさ」
「あっ、そうだった」
フィルの言葉で思いだしたのか、すっくと立ち上がっては、
「私と私のパーティーのみんなを救ってくれてありがとうございます。パーティーを代表してお礼を申し上げます。みなさんの勇気ある行為に感謝を」
改まった口調で礼を述べる。
心を砕かれ、ネガの治療を受けていたファイ以外のパーティーは、あの後すぐに病院に運ばれ事なきを得ている。
「フィル君は勇者だけど、みんなも勇者なんだね」
面と向かって褒められれば、全員が顔色を赤くするのだった。
「うーん、これは確かに小っ恥ずかしいものがあるわね」
「このことで、フィルをからかうのはよした方がいいな」
褒められ慣れていないのか、照れまくりな双子だった。
ラティはラティで、
「あはっ、ファイさんに褒められちゃいました。勇気あるって言われてしまいました……」
憧れの人からの言葉に、どこか夢心地だ。
その後たわいもない年頃な少年少女の会話が続き、ふと思いだしたようにファイが一つの疑問を口にした。
「ねぇ、みんな。すっごく不思議に思っていたんだけど……」
周りを気にしつつ声のトーンを落とすファイ。
「ネガ先生の被ってる仮面って何なの? すっごく気になったんだけど」
率直な質問だった。
「ネガ先生の仮面ですか。あれって、どうして被ってるんでしょうね?」
「言われてみれば、不思議よね」
「あまりに自然と身に付けているから、疑問にも思ってなかった」
「もしかして、みんなも知らないとか?」
「フィルさんは知ってます?」
「いや、俺も知らない」
誰一人仮面の理由を知らなかった。
「みんな、おかしいと思わなかったの?」
あれほどまでに違和感ありまくりな存在を前にしてるのに、一人も不審に思っていないことが信じられなかった。
「普通だったら、最初に会った時からおかしいと思うはずなんだけど」
端から見れば、それほどまでにインパクトのある姿をしていたのだ。
「それはパパの仮面の効果ですの」
「効果なんだ――って、誰!?」
いきなり、自分とフィルの間にひょっこりと現れた幼女に驚くファイ。
「えぇっと……」
「デジはデジですの。よろしくですの、お姉ちゃん」
にこっと満面の笑みを浮かる。
「デジちゃん?」
「はいですの」
微妙に自己紹介になっていない名乗りに、ファイは小首を傾げる。
「デジちゃんはネガ先生とポジさんの娘さんだよ。基本的には購買の看板娘をやっていて、時折学院内を徘徊しているマスコットキャラってとこかな。一応、ファイを助けてくれたメンバーの一人だから」
「そうなんだ。ありがとね、デジちゃん」
その頭を撫でてやれば、嬉しそうに目を細めるデジだった。
そんな二人のやり取りを見ては嫉妬する存在が一人。
「うぅ、どうしてファイのことはお姉ちゃんなの!? あたしのこともお姉ちゃんって言ってよ」
デジを溺愛しているピアだ。必至に自分を売り込んでくる。
「ほら、ほら、ジュース奢ってあげるからね」
手付かずのジュースをデジの前に差し出す。
「だから、あたしのこともお姉ちゃんって」
「ピアちゃんはピアちゃんですの」
対してデジもデジで、譲ろうとはしない。
それでも貰ったジュースを飲むあたり、ちゃっかりしていた。
「それより、デジさん。ネガ先生の仮面の効果ってどう言うことなんですか?」
「んーっとですの。あの仮面には見てる人の注意を逸らす効果があるですの。古代魔導具で心理迷彩の効果があるとか言っていたですの」
言ってる本人がどこまで理解しているのか妖しくなる説明だ。
ただ、その内容に不自然な部分はない。だからこそ、何故にそんな代物を身に付けているのかが気になってきた。
「古代魔導具ってあの仮面には何かあるの?」
「パパの仮面は精霊の仮面って言って、精霊石で出来てるですの。それで、パパの精霊のうち一〇八体の精霊が宿ってるですの」
「あれが精霊石だって!?」
驚きだ。
あそこまで大きな精霊石の塊はそうそう目にすることがない。