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八百万の精霊使い  作者: 好風
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二章 ルーモニの古代遺跡と龍と 5

 気が付くと、フィルは闇の中を浮遊していた。

 否、正確には完全なる闇ではなかった。

 黒一色に思われた空間には、シャボン玉のような光る物体がいくつも浮かんでいる。

「これは……?」

 その一つを覗き込んでみれば、幼い自分と遊んでいるファイの姿があった。周りには、成長していくファイを映し込んだシャボン玉が。

「ファイちゃんの砕けた記憶よ」

「ポジさん?」

 いつの間にか背後には、一緒に夢路へと誘われたポジの姿あった。

「俺は、何をすれば良いんです?」

「んーっと、この砕けて散らばった記憶を並べていけばいいのよ。それで、シャボン玉は一つに繋がっていくわ」

「並べるってこのシャボン玉を全て?」

 空間は広く、記憶の玉数も無数だ。とてもじゃない、簡単には済みそうにはなかった。

「強い想い出を核に、その前後の想い出を集めていけば問題無いわよ。ファイちゃん自身にも復元力はあるからね。それに、多少記憶が前後していても、生きていくには問題無いわよ」

「そんなもんなんですか?」

 あまりのいい加減さに、困惑気味のフィルだ。

「記憶なんて、本当のところは結構いい加減だったりするからね。特に古いモノになればなるほど、色々と美化されたりするものよ」

「はぁ……」

 生返事を返すフィル。よく解っていないが、相手は経験者だけあって信じるしかなかった。

「そう言うことだから、フィル君は幼い方の記憶を再構築してみて。私は彼女の成長に併せて新しい方から並べていくから」

「はい」

 ここでうだうだ言っていても何も始まらない。フィルにしてみれば、やるしかなかったのだ。

 彼が最初に手に取った記憶のシャボン玉は一際大きな代物で、幼い自分がファイの四歳の誕生日を祝っている内容だった。

「大きさは想い出の強さに比例しているのか?」

 周りを探せば、おもちゃを取り合ってケンカしたものや、登った木から落ちては二人して泣いているものなどが浮いていた。

 懐かしく、ついつい口元が綻びるフィル。彼の実家と彼女の家は向かい合っており、二人は生まれた時からの付き合いだった。

 シャボン玉を集め、自分の記憶になぞって時系列に並べていく。

 途中何ヶ所かで前後があやふやになることもあったが、ポジの言葉を信じては適当に並べていくことに。

 そんなフィルだったが、一つの記憶を前にして彼の手が止まった。

 それは幼い頃、故郷の村で行われた祭りでの出来事であった。


 その年、祭りの神子として選出されたファイは、神霊の棲まう精霊窟へと一人立ち入ることとなった。分岐の無い一本道の洞窟は、真っ暗闇の中でも精霊に耳を傾けまっすぐ歩けば出口へと辿り着けるはずだったのだが、運が悪かった。

 ファイが立ち入って間もない頃、村を地震が襲ったのだ。

 崩れる洞窟、塞がれた出入り口。ファイは一人内部で閉じ込められてしまった。

 大人達が必至に瓦礫をどかそうとするも、神域とされる精霊窟は洞窟全体が特殊な鉱石で出来ており、並みの精霊使いでは満足に精霊を使役することも出来ず救難活動は難航する羽目に。

 それでもなんとか子供一人通れるだけの穴を開けることができ、フィルがファイを探しに行くこととなった。

 フィル自身は当時の出来事は良く覚えてはいなかったが、ファイにとっては違った。

『フィルくんはわたしのゆうしゃさま』

 その出来事を境にファイはフィルをそう称し、今まで以上にべったりしてくることになったのだ。

 それはあたかも、自分とフィルの関係を物語に出てくる囚われのお姫様を助けに来た勇者様の姿を重ねてのことだった。

 初めのうちは慕われていることが満更でもなかったフィルだったが、そんな関係も数年続けば心違いが起こってくる。

 男友達からは茶化されるようになり、次第に彼女の存在が疎ましくなってきていたのだ。

 自然と、距離を取るようになっていくフィル。

 それは年頃の男の子ならば普通の反応なのだが……女の子であるファイには違って感じられていた。

 フィルが一方的に離れていくのだと。

 そんな恐れが一つの事件を起こした。


 その日、小学校が終わり帰宅しようとするも、外は雨だった。

 傘を持ってきていないフィルは昇降口で一人途方に暮れていた。そこへやってきたのがファイだ。

 自分の傘で一緒に帰ろうと言い出す彼女に、相合い傘を馬鹿にされることが嫌だったフィルは、

『ファイなんかと一緒にいたら、こっちまで弱くなるからいいよ』

 その優しさを拒絶し、一人雨の中へと駆け出してしまう。

 雷鳴轟く土砂降りの中、離れていくフィルに、ファイの感情は見捨てられたのだと激しく高ぶる。

 自分が弱虫だからファイが一緒にいてくれないんだ――と、フィルの照れ隠しを理解しないままに感じ取ってしまったのだ。

『強くなりたい。フィル君の隣にいられるほどに強くなりたい』

 そんな強すぎる想いに同調するモノがいた。

 上空を覆っていた雷雲に住まう雷の精霊。その一体がファイの目の前に落ちてきたのだ。

 本来ならば、落雷した雷の精霊は再び上空へと昇っていき終わるのだが、ファイとの高すぎる相性に導かれ、落ちてきた雷の精霊は彼女の身体へと流れ込んでしまった。

 そして成ってしまうは精霊憑依。

 十歳と言う若さでのそれは、ファイの精神に激しいまでの負荷を掛けた。

 落雷の音を聞きつけ、残してきたファイを心配し慌てて戻ってきたフィルだったが、それ以降の出来事は覚えていなかった。

 ファイの暴走の余波に巻き込まれ、気を失っていたからだ。

 記憶のシャボン玉には、暴走したファイの放つ無数の雷を浴び、倒れる自分の姿があった。

「よく生きていたな……俺」

 あまりの出来事に、今更ながらに唖然とする。

 あの事件で覚えていることと言えば、目を覚ました後に泣きじゃくるファイの悲痛な謝罪だった。

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい』と。

 そして、前人未踏の十歳の若さで精霊憑依を可能にしたファイは、王都にある精霊省直轄の研究機関にて憑依使いとしての訓練を受けることになった。

 フィルを傷つけたと言う負い目もあってか、ただただひたむきに訓練を続ける日々。

 何度も手紙を書くも出すことが出来ず、机の引き出しに封じる姿がシャボン玉の中にはあった。

 そして、あまりの辛さに部屋の片隅で泣き崩れる自分の知らないファイの姿に、いたたまれなくなる。

「あのバカ……」

 独りごちる。

「俺はこうしてピンピンしてるって言うのに……どうしてそこまで必至になれるんだよ」

「それは、フィル君がファイちゃんにとってはいつまでも勇者であり、一緒にいたいと願っているからよ」

 自分の分の作業を終えたのか、ポジがやってきていた。

「龍との戦いの記憶を見たけど、フィル君に呼び掛けられた時の想いは正に、勇者の来訪に歓喜するものだったわね」

「勇者って……俺、ただの学生ですよ」

「知ってる? 勇者って称号は自称するものじゃないってことを。彼女の中ではいつまで経っても、キミは勇者なのよ」

 てっきり、とっくに疎遠な関係になっていたと思っていたのだが、今でもそれほどまでに自分の存在が大きかったのだ。

「でも――」

 発しようとした言葉を飲み込ませるように、人差し指で口を塞いでくるポジ。彼女が横にずれると、そこにはファイが立っていた。

「え?」

 突然の対峙に戸惑うフィル。

「どうしてファイが?」

「この子なら、記憶の構成が七割方済んだ頃から、ずっとキミのことを盗み見していたわよ」

 記憶の再構成が進んでいくことで、彼女の意識が内面世界に反映されたのだ。

 気まずそうに顔を伏せているファイだったが、覚悟を決めたのか真っ直ぐにフィルへと顔を向けてきた。

「フィル君。助けてくれてありがとう。フィル君が喩え何であろうとしても、私にとってのフィル君はいつまでも勇者様なんだよ」

「…………」

 あまりに真摯な言葉に、返す言葉に窮すフィル。とても自分がそんな器じゃないことは解っていた。

 そんな心情を察したのか、ポジがそっと肩に手を添えてくる。

「自分を磨きなさい。彼女と共に居る居ないは別にしても、慕ってくれる彼女の想いに対し、キミが自身を誇れるだけにね」

 鍛えよう。

 そう強く思うことにしたフィルだった。

 少なくとも、この再会に嬉し泣きしている幼なじみの少女に誇れるぐらいには……


       ・

       ・

       ・


 一時限目開始前のHRにて、

「あー、こんな時期に突然だが、転入生を紹介する」

 ネガがそう切り出してきた。彼の隣には緑髪の少女が一人。

「ファイです。先日負った傷の療養の短い間だけど、よろしくお願いします」

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