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5 いじめっ子の魔法使い

「気を付け、礼」


「「「よろしくお願いしまーーす」」」


リリの号令が流れ、授業は始まる。


朝礼台に立つ男は、何も言わずアウトフッド以上に鋭い黄色の眼光を飛ばす。


正直、怖くて仕方がない。逃げ出したくてたまらない。


朝トイレに行っていなければ、確実にチビっていた。


「……どうも、初めまして」


やっと男が口を開いたのは号令から約三十秒後。体感では五分に感じた三十秒。


にゅるっとした低音。不快か快かの二択ならば、不快である低音。


とてもイケボとは言えない、嫌な音に近い声だ。


「ヒュー先生の穴を埋めるため、臨時講師として来ました灰谷です。以後、お見知りおきを」


ハイタニと名乗った男は、右手に持った杖を振り、空中に文字を書いた。


そこには赤色の線で書かれた『灰谷』という文字が浮かぶ。


「これって、漢字……? もしかして灰谷先生って東洋人なんじゃ……」


「ま、まさかぁ! ハーフとかなんじゃないの?」


「えー……? でもさぁー……」


クラスメイト達が騒めくのも当然だ。


その理由は漢字が読めない、というだけではない。彼が東洋人であるかもしれない、ということにだ。


「……皆さん、今は授業中です。下らぬ雑談は休み時間にして下さい」


灰谷先生は先ほどよりも低い声を飛ばし、目を光らせた。


アウトフッド耐性がある四年生だが、灰谷先生が放つ迫力はかなりのもので、皆がすぐに口を噤んだ。


「……静かになりましたね。では授業を開始します」


先生はまた杖を一振りして、文字を消した。


「魔法には杖が絶対必要と思い込んでいる魔法使いも多いですが、そうではありません。日常生活レベルの魔法でしたら杖も呪文もいりま

せん。杖はあくまで、魔法を強める道具。呪文は杖に命令を送るための言霊です」


そしてそのまま、杖を百メートル程先にある壁に向けて、呪文を唱えた。


「クリッティング」


創造魔法。生き物以外のあるゆるものを創造することが出来る。しかし素材は発動された杖と同じになる。一級魔法。


先生の魔法がぶつかった壁には、半径一メートルほどの木製の円状の的が作られた。


的は外側から順に青、黄と縁どられ、真ん中には直径十センチもない赤色がついていた。


「私は皆さんの魔法力をよく知りません。ということで、テストをします。皆さんには壁から五十メートル先に立ってもらい、針魔法を唱

えて貰います。的に突き刺すイメージです。的の中央に近ければ近いほど高得点。届かなかった者は落下点を記録とします。……何か、質

問ある人いますか?」


私を含め、つらつらと手早く話す灰谷先生に呆気を取られるものが大半。


しかしそんな中で、たった一人だけ手を挙げた生徒がいた。


「はい、質問です」


 栗色のツインテールをなびかせ、決して怯まないという強い意志を映したような凛々しい横で、彼女は手を挙げた。


「……すみません。まだ名前を覚えていないので名前を言ってから発言をお願いします」


「学級委員長のフローア・リリデッドです。針は一つでよろしいのですか? 後大きさの指定もお願いします。」


「はい。数に制限はありませんが、魔法の発動は一度だけ。何本もの針を撃った場合は一番記録の低いものを得点とします。大きさについ

ては採点基準に入りませんが、五十センチを超えた場合、記録は無しとします」


「分かりました。で、何処に並べばいいですか?」


「私に着いてきてください。出席番号順、縦に並んでください」


それだけ言った灰谷先生は朝礼台を降りて、壁の方へ向かった。


「りょーかいでーす。じゃ、皆並ぶわよ」


魔法にかけられたように硬直していたクラスメイト達も、リリの言葉を受けたことにより魔法が溶けたのか、移動を始める。


その中で私は、なるべく目立たないよう、最後尾をトボトボと歩いていた。


リリの背は遠い。相変わらず大きいけど、距離感は昨日と全然違う。


それはとっても寂しいことだけど、仕方ないことでもあった。


成績優秀、成績は常に学年一位、上級生にラブレターを貰ったこともあるモテっぷり。


明るくて、優しくて、誰に対しても平等で、正義感が強くて……私とは正反対の人。


ルームメイトじゃなければ、彼女と友達になることはなかっただろう。


魔法がない分、運がいいのかもしれない。


「では始めます。出席番号一番、アールさんから」


「はい!」


バインダー片手に試験を開始する灰谷先生は淡々と、感情のない動物のように生徒の名を読み上げた。


ミヅルバ・ミルールの出席番号は三十人中二十二番。


どうせ失敗するんだ。なら一番が良かった。


このもやもやを、不安を、胃のキリキリを、早く発散したい。


正直、気が重くて仕方がない。


「あれー? 魔法使えないのに、何でこんなとこ並んでんよ、ミヅルバ」


後方から飛んできたねっとりした声に、青ざめていく。


ああ……本当に。何で私はミヅルバなんだろう。


顔も、名前も知らない父母を恨む。せめてリリやジュリンの近くの名字で生まれたかった。


「…………」


私は、黙り込んだ。黙るしか、なかった。


振り返ったらダメ。そう分かっていたから、その場でぎゅっと目をつぶり、震える手を結びながら、声が止むのを待った。


「へー、無視? あ、そっかぁ。ここにはいないのかぁ。じゃあこれはただのおっきいお人形さんなのね!」


「ひっ!」


頭皮に走る激痛。もしかしなくとも、後方に並ぶクラスメイトが髪を引っ張ている。


先生に見つかれば、授業を中断させてしまう。皆に、迷惑をかける。


しかし声を上げずにはいられなかった。


「あれ? お人形じゃなくてミヅルバだったのね?」


私の顔を覗き込む顔が、頬を撫でる。


いやに整った三角の釣り目。絶対に本人には言わないが、その目はアウトフッドそっくりだ。


「なぁんだ。魔法の使えないミヅルバかぁ……。お人形なら私の魔法の手駒に出来るからそっちの方がよっぽど価値がーー」


「何してんのよクソ野郎っ!」


「ひっ!」


再び肩が震えた。


自分の顔に当たる数ミリ先に、針が数本飛んできたのである。


私がビビり、ということを加味しても、驚くのは当然だ。


一体誰が……? 考えなくとも分かる。


列の前方に目をやると、灰谷の横に並ぶ、試験中のリリデッドがこちらに杖を向け、すさまじく険しい顔をしていた。


「……誰かと思ったら優等生のリリデッドじゃない」


すんでのところでそれを避けた少女は、私の髪から手を伸ばし、リリに近づいた。


横目を通り過ぎる美しい銀の髪。


背中を隠すその髪型は私とよく似ているが、その髪質は全く違う。


陽の光を浴びて、雪のようにキラキラと輝く銀色。滞りなく手入れされたものとみた。


周りの生徒が何だなんだと、列を乱すせいで、細部までは見えないが、二人がバチバチと火花を散らしているということだけは分かった。


そして声だけは、ハッキリと、嫌でも聞こえてきた。


「……何よ。その目、私に喧嘩売ってんの?」


「売ってんに決まってんだろ、この屑。あたしの目があるのに、よくミルに手ぇ出したな?」


「何よ、やる気?」


「あんたがその気ならね。あたしが勝ったら、裸で校庭一周、そのあとにミルの足、舐めて貰うかんな?」


 ……私の足は勿論だが、他人の舌なんて汚いので、やめて欲しい。


しかししまった。頭を押さえ、深く反省する。


私が声を上げなければ、こんなことにはならなかった。


私が、我慢していれば……。私だけが、何も感じなければ……。


「じゃあ私が勝ったら私の言うこと、何でも一つ、言うこと聞いて貰おうかしら?」


「上等じゃねぇか。テメェみたいな屑に負けるなんて、フローア・リリデッドの名が廃る。その勝負受けてたとうじゃねぇか」


ああ。本当にやってしまった。リリの悪い癖が全面的に出ている。


勿論リリが負けるなんて一ミリも思っていない。


喧嘩売った彼女もかなりの実力者だが、少なくともこの学年で、タイマンでリリに勝てる魔法使いなどいない。


私が後悔している理由。意味のない争いが生まれているから。自分がその火種となってしまったから。授業を中断してしまったから。


魔法の使えない私が、戦ったことがある訳ではない。それでも戦いは嫌いだ。


だって、『魔法は人を笑顔にするもの』だから。


……あれ? この言葉、誰から聞いたんだっけ? 


何処にでもありそうな綺麗な言葉。


おとぎ話や、戦争を悔い改める懺悔に並べられていそうな言葉なのに、どうして私はこの言葉に強い印象を持っているのだろう。


「二人とも、いい加減にしなさい」


灰谷先生が発した、針のように鋭い言葉にハッとした。


再び前方に目を向けると、二人がバチバチしていたであろう位置に先生が割り込んでいた。


その目は先ほどよりもさらに光っていることは言うまでもない。


私に向いていなくとも、それはとんでもなく恐ろしい光で、やはりちびりそうである。


「フローアさん、謝りなさい」


「はぁ⁉ 何でですか⁉」


あの灰谷先生に対しても怒号を投げられるリリは、心の底から尊敬する。将来、絶対大物になる。


誰に対しても態度を変えない。


それはリリデッドの長所であり、時に短所になる点。


「貴方が先に手を出したからです」


「いやいや! 先に手を出したのはソイツ、ニコラス・アーネです! ミル……ミツルバさんの髪、引っ張ってました!」


「え、ひどい……! 私そんなことしてないですぅ」


大人受けの良さそうな、丁寧に作り込んだ飴細工みたいな声。


ニコラスさんがクラスの中心にいるわけは、世渡り上手だからだろう。


今だって自分が有利になるように、上目遣いで灰谷に迫っている最中だろう。


「だ、そうですが……どうなんです? ミツルバさん」


「へ⁉」


恐れていた先端が、私に飛ぶ。


先生やニコラスさんだけじゃない、クラス中の視線が私に飛んでいる。


この状況で、目線を下げるな、という方が無理だ。


背中に乗った猫は更に体重をかけてくる。


頭が白紙になっていく。


「え、えっと……」


両手の指を重ね、言葉を考える。


リリの言葉を否定した場合、恐らく何も起こらない。報復もなく、今まで通り虐めが続くだけ。


しかしそうすれば、リリは先生に叱られる。ならば、出す答えは決まっている。


「リ、リリ……フローアさんの言う通り、ですっ……。フローアさんは、私を庇っただけなので、何も悪くない、です」


「ということなので、ニコラスさんは五分三十七秒も試験の邪魔をしたとみなし、罰を与えます」


「はぁ⁉」


「フローアさんも。正義感が強いのはいいことですが、止める方法を考えなさい」


「はぁーい」


よ、よかった……。


私のせいでリリが罰を受ける、という頃はなさそうだ。


胸を撫でおろしたその時だった。


「という訳で試験を続けます。あと、ミツルバさんは昼休み、実践室に来なさい」


「……へっ?」


 それは背に乗った猫が、飛び降りた瞬間だった。



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