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2 魔法が使えないいじめられっ子

「ぎゃははは! じゃ次はお前な!」


「え? ずるぅーい! 次は私が遊ぶのぉ!」


 放課後の教室、お気に入りのおもちゃの前で騒ぐクラスメイト、ずぶ濡れの制服、向けられた杖。


 もう慣れたことなので、何を感じることもない行為が、今日も繰り返される。


「ウォーム!」


 湿った前髪のせいでふさがれた視界。もう誰が呪文を唱えたのかすら分からない。


 水魔法。魔法使いが最初に学ぶ基礎魔法の一つであり、その名の通り水を出す魔法。


 彼女の杖の先から動けずにいた私は、ピクリとも動かずその魔法を受けた。


 ずぶ濡れの制服は更にずぶ濡れに。恐らく下着ももう駄目だ。


 魔法が向けられている。そう分かっていても、一切に避けるそぶりを見せない、見せてはいけないのだ。


 感情のない人形のように、ただその場で立ち尽くす。


 ふがいないことに、反抗する魔法も使えないのだ。こうするしか、ないのだ。


「あははっ! たいへーん! ずぶ濡れじゃーん! このままじゃ風邪ひいちゃうから乾かしてあげーー」


「貴方達、いい加減にしなさい」


 誰かが炎魔法を発動させようとした時だった。


 甲高く、強張った声が、胸を締め付けた。


「リ、リリデッド……」


「ミル、本当に風邪をひくわ。部屋に戻りましょう?」


 声を震わすクラスメイトになど一切目を向けず、リリは一直線で私の元に駆け寄った。


 乱れ一つないツインテールが揺れる。デフォルトで吊り上がっている目だが、今日は一段と上昇志向を持っている。


 嬉しい、助かった。そんなこと、思う訳がない。


 また、彼女に迷惑をかけた。


 一瞬現れた安堵を、罪悪感がかき消した。


「リ、リリ……わ、私のことは、き、気にしなくていいから……」


 精一杯の抵抗。震える声を吐き出したが、リリは一切構わず、私の手を引き、教室を出た。


「ふざけたことは言わないで。貴方はあたしの友達。気にしないんて、無理だから」


「リ、リリ……」


 胸にじんわりと広がる温かい水のようなもの。


 変なの。体はびしょ濡れなのに、ポカポカする。


 罪悪感が消えたわけではない。ごめんだけではなく、ありがとうという気持ちが芽生えただけ。


「うわ……また邪魔された……。いくら学級委員長だからってそこまでするか?」


「それだけじゃないわよ。二人はルームメイト」


「うわ。リリデッドに菌が移るじゃん。さっさと退学してくんねぇかな」


「ホントそうよね。魔法もろくに使えないくせに。チャイリッヅ学園の名が穢れる」


 ぎゅっと目を瞑り、クラスメイト達の声には蓋をした。


 反抗は出来ないけれど、傷つきたくはない。


 そして、引かれるがままに足を回し、リリの背を追う。


 それは私より小さな背だけど、どんな大人よりも大きく、逞しい背だった。


「あ、あの……ありがとう……」


「ありがとう、じゃないわよっ!」


「ひっ!」


 部屋に戻り、タオルを持ったリリは髪をわしゃわしゃと拭きながら、一喝した。


 傍から見れば、私はペットだ。ご主人より背が高くて、迷惑しかかけない大型ペットだ。


 前髪の隙間から覗き込むと、その目は三角に吊り上がっており、誰がどう見てもご立腹である。


 その怒りは私を虐めたクラスメイト達だけに向けたものではない。


 防御魔法を展開することも、声を上げることさえもしない私にも向いているということは、熟知してるつもりだ。


「いつも言ってるでしょう⁉ 防御魔法くらい展開しなさいって!」


「だ、だって……私じゃ、で、出来ないもん……。授業でも、いつも失敗するし……」


「んなのやってみなきゃ分かんないでしょ! 昨日できなくても今日出来るようになるかもしれないじゃない!」


「で、でも……」


「ならせめて助けを呼びなさいよ! いつも言ってるでしょ⁉ なんかあったら叫べって! そしたら私がアイツらボコボコにしてやるわよ!」


「ボ、ボコボコって……。物騒だよ、リリ……」


「あたしからしたらいじめを受け入れるあんたの方が物騒よ!」


 怒っているのか、心配しているのか。よく分からない言動をとるリリは、下の階からクレームが入りそうな足音を鳴らし、クローゼットから着替えを取り出した。


「制服はあたしの熱魔法で明日までに乾かす。あんたはお風呂にでも言ってなさい!」


「で、でも……」


 これ以上リリに負担をかけたくない。そう言いかけた口は、クワっと大きく目を開きながら振り返ったリリにより遮られる。


「でもじゃない! さっさと風呂に行きなさい!」


「は、はい!」


 その目力に負けてしまった。


 投げられた着替え一式を受け取り、部屋を飛び出す。


「はぁ……また、やっちゃった……」


 リリを怒らせてしまった。リリに迷惑をかけてしまった。


 二つの意味で自分自身に落胆した。もう何回、自分を嫌いにならなければならないのだろう。


「本当に、駄目駄目だなぁ……。私……」


 雫の垂れる前髪を揺らし、猫背のまま大浴場へ歩く。


 最後に切ったのはいつなのか、よく覚えていない艶のない黒髪。クラスメイトに濡らされたと髪と同じ色のローブ。毎朝リリに結んでもらっているネクタイ。膝を隠すスカート。


 地味、という言葉の例に出てきそうなほど暗い女の子。それが私、ミヅルバ・ミルールである。


 私が虐められる理由はいたってシンプル。魔法が、全く使えないから。


 魔力はあるのに魔法は使えない。医者や魔法研究者でも原因不明の事象が、私に現れた。


 いつからこうなったのか、私はそれすらも知らない。強いて言うのならば、記憶に残る最初の時点からこうだったのだ。


 人間の家族がいない私の幼少期を知る者はおらず、それは生まれつきの病気なのか、何かをきっかけに起きたことなのかは分からない。


 魔法が使えない。しかし魔力がある以上、魔法学園には通わなくてはならない。


 国内最高峰の魔法学校、チャイリッヅ学園。言わずもがな、成績はぶっちぎりの最下位。


 魔法使いの癖に魔法が使えない。チャイリッヅ学園の面汚し。


 自分にも非がある。いや、むしろ自分にしか非がないと分かっている。


 だから、静かに虐めを受け入れた。


 一度は退学、という道も考えたが、前述の通り、私には家族がいない。


 学校を出たところで、帰る場所も、行く場所もない。


「はぁ……。もう、死んじゃおうかな……」


「ミル。どーした? またアイツらになんかされたの?」


 階段を下る中、それは突然現れた。


 頭の横にふわふわと浮く真っ白な毛玉。


 そこにはちょこんとした手足が二つずつあり、ボタンのように丸っこい目がきゅるりと一回転した。


「ル、ルナくん……! こんなところで出てきちゃ駄目だよ!」


 慌てて辺りを確認する。


 一応人はいないみたいだけど、ここは皆が使う廊下。いつ誰が通っても、おかしくない。


 ルナくんには悪いが、このままでは見えない誰かと喋っているヤバい子と、認識されてしまう。


「何かあった? 僕に言ってごらん? ミルを虐める魔法使いは、みーーんな殺してあげるよ⁉」


 しかしそんな心中も知らないルナくんは、澄ました瞳でとんでもなく物騒なことを提案してくきた。

 

 目を丸くし、あたふたしつつも、慌てて彼の言葉を否定する。


「そ、そんなことしなくていいよ……! こ、これはほら! ふざけて遊んでただけだから!」


 ルナくんは、本当にやりかねない。彼はそういう妖精だ。


 びしょ濡れのローブを手で持ち上げ、ニコリと微笑む。

 

 その笑顔は引きつっていないか不安だったが、確かめる方法がない。


 大浴場に着いていれば、大きな鏡があったのに。


「……本当?」


「ほ、本当だよっ⁉」


「……ミル。僕悲しいよ」


 気付くと横に気配がない。


 振り向くと、ルナくんは数段上の段で、静かに私を見下ろしていた。


「え? え? な、何で……⁉」


 静かにぶつかるルナの目線に、心音は不安に陥る。


 どうしよう……。とうとうルナにまで見放されちゃうのかな……。

 

 私が嘘をついちゃったから……? 


 それとも私が駄目な魔法使いだから……?


 ル、ルナに契約を解除されちゃったら、私……ど、どうすれば……。


「ひ、ひっく……。ううっ……!」


「ミ、ミル⁉ どうしたの⁉」


 様々な感情がこみ上げ、涙が流れてしまった、


 ぎょっとしたルナくんは、すかさず飛び、おどおどと私の周りを飛び回る。


「ち、違うのっ……。ぜ、全部私が悪いのっ……」


 泣きたかった、訳ではない。勝手にあふれてしまったの。


 涙は悲しみを表すものなんかじゃない。相手を困らせるもの、責め立てる道具でしかない。


 そう理解しているのに、それは止まらない。止める方法を、私は知らない。


「そんなことない! ミルは何も悪くない! 悪いのは全部周りの魔法使いだ! ミルは何も、感じなく

ていいんだよ⁉ 僕がずっと、傍にいるから!」


 抱きしめようとしてくれたのか、顔にへばりつくモフモフ。


 それはとても暖かくて、私の知らない家族のぬくもり、というヤツに似ているのかもしれない。


 私の味方は、家族は、契約妖精のルナとルームメイトのリリデッド、そして級友のジュリンしかいない。


 彼らにまで嫌われたら、私は本当に一人ぼっちになってしまう。


「ご、ごめんなさい……! そうじゃ、ないの……。私、私……」


 迷惑をかけたくない。一人になりたくない。


 矛盾した二つの気持ちが、私の生き方を構成する全てだった。


「うん。もういいから。分かってるから。ほら、お風呂に行こう? このままじゃ本当に風邪を引くから」


「う、うん……」 


 言われるがまま、ルナに手を引かれ向かうは大浴場。


 その手は小さいけれど、やはり暖かい。寒い日に飲むニンジンスープより、孤児院で飲んだホットミルクよりも、ずっとずっと暖かい。


 本当は、分かってる。もう十四歳、卒業まであと二年。


 いつまでも、誰かに甘えるわけにはいかない。


 魔法が使えなくたって、人生は終わらない。生きていくしかない。


 そう分かっていても、自らこの手を振りほどけないから、私はいつまで経っても泣き虫のままなんだ。



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