第33話 レイピア使いの男
目を覚ますと深緑の瞳と目があった。
柔らかい感触が後頭部にあって、ああ、これは膝枕されているんだなと俺は思って――って、膝枕!?
「ル、ルシア……」
「レイジさんはお疲れだったのですよ」
「疲労で倒れたって事か」
「ええ、突然パタッと。なので、わたしがこうしてレイジさんを癒していたのです」
「そ、そか。ありがとう……」
起き上がろうとすると止められた。
「まだいけません。起き上がった途端、レイジさんは鍛練に行かれるのでしょう。そうはさせません。今日は絶対安静ですよ」
「う~ん……分かった。今日は止めておく。ルシアと一緒にいるよ」
「嬉しいっ」
そうスマイルを向けられると、もう鍛えにいく気力も湧かなかった。それに、こう膝枕をされてしまってはな。
◆
気持ちの良い朝を迎えた。
ので――俺は鍛練へ。
ちなみに、ルシアはベッドで横になっていた。あれからずっと俺を膝枕してくれていたようで、その疲れの影響だろう。
「寝かせておこう」
ライトニング家の広い庭に出て素振りを千回。腕立ても腹筋も千回やった。レベル60近いとそれほど苦ではなくなり、息も上がらなくなった。
「主様、これを」
毎日の日課を続けていると、ラティがタオルを持って来た。俺はそれを受け取り、汗を拭う。さすがに汗くらいは掻いてしまうのだが……ん?
「どうした、ラティ」
「あの……お身体が」
汗を拭うのにシャツを脱いだものだから、ラティの視線が俺に釘付けだった。そうジロジロ見られると照れる。
「ご、ごめんな」
「いえ……その、主様の腹筋、いつの間にか割れていらっしゃったので。芸術的なほどに素晴らしいです。ええ、本当に……マーベラスです」
なんと最上級の誉め言葉を戴いた。帝国式の賞賛であり、光栄の極みだ。嬉しいけど、なんだか恥ずかしいな。
「なんだ、ラティは腹筋が好きなのか」
「え、ええ……触れてみたいくらいには」
なるほど、道理で目線が腹筋に固定されているわけだ。顔も赤くて、なんだか興奮しているように見えた。へぇ、ラティの性癖かもな。
「じゃあ、いいけど」
「え……い、いいのですか」
「遠慮するなって」
「で、では……」
白く細い指を伸ばしてくるラティは、なんとも絶妙な手つきで俺の腹筋に触れた。
「おふぅ……」
「あ、主様、ヘンな声を出すのは止めて下さい。誤解されてしまいます……」
「いや、だって擽ったいし」
本当の事を言っても、ラティは俺の腹筋に夢中だった。そんな無我夢中になられるとは、これは驚きだ。
「…………わぁ、かたくて、おっきいです」
腹筋の割れ目がと付け加えて。
一歩間違えれば大惨事だ。
そんな最中だった。
何かが外側から飛んできて、庭に侵入してきた。それはドンと重く着地し、地面に大きなクレーターを作り――やがて飛び出してきた。
「…………」
「な、なんだ?」
チリチリ頭の青髪、俺達を見つめる――男。なんだ、急に現れてこちらを凝視している。怪しさ満点だな。
「俺はリジェクトのライバックだ。レイジ、お前をトライデント参加者と認定し、排除する」
リジェクトだって?
驚いている間にも男は、いきなりレイピアを取り出し、突進してきた。……なっ、なんてスピードだ。あれはアジリティ型か。
「主様、ここはわたくしにお任せを」
黒剣・フランベルジュを抜くラティは、レイピアと交えて火花を散らしていた。次々に打ち合いが繰り広げられ、俺は息を飲んだ。
「やっぱり、ラティはメイド騎士なんだな。すげぇよ」
ここはラティに任せるべきだと思っていたのだが……。
「きゃっ……!」
レイピアがフランベルジュを弾き飛ばしていた。
まずいと思い、俺はラティに加勢。敵のレイピアと交えた。こちらは刀の桜花だ。
「……ほう、刀とな。珍しい武器だが、脆弱だ」
「そうかな。やってみなきゃ分からねえだろ……! いいぜ、リジェクトは敵だ。全員倒す」
刀を捻り入れ、敵のレイピアを叩き落とした。
「……馬鹿な!!」
「ライバックだっけ? アンタ、スピードはあるけど、剣技はそれほどじゃないな!」
「ひぃぃぃぃ……!」
ライバックは腰を地面につけ、震えていた。思ったよりは大した事がなかったな。