第2話:少女の伝説・始まり
――300年前、世界に突然『神』を名乗る者が現れた。
神は如何に自分が人類に退屈しているかを語り、世界を新たに再構築した。100の世界が層になり構成される新世界を、神は『アルベロディオ』と名付け、全人類を世界の第1層へと集めた。
「お前達に、それぞれ唯一無二の力を与える。その力と己の知恵の限りを尽くし、この世界を攻略せよ。そして世界の第100層まで辿り着き、我を倒すのだ。我を打ち破り、この『アルベロディオ』を完全攻略した者に、我は世界の絶対支配権を与えよう。」
それが、神が人類に残した最後の言葉だった―
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「――髪型よし、服もよし、心の準備もよしっ...!ついにこの日が来たんだ!」
少女は、自分の部屋の鏡の前で心を躍らせていた。それもそのはず、彼女は今日と言う日を何年も前から楽しみに待っていたのだ。
鏡の前に映っていた彼女の姿は、小柄で細身な、白いワンピースに身を包んだ若い少女だった。その大きな瞳は透き通る青空の様に青く、肩まで伸びた雪の様に白い髪は、窓から入る春の優しいそよ風に揺れていた。
「ハルー!そろそろ行こうぜー!」
「早く早くーっ!」
「あっ、はーい!」
外から聞こえる3人程の子供達の元気な呼び声に答え、少女は急いで部屋を飛び出した。
「お父さん、お母さん、行ってきます!」
少女は、玄関の壁にかかった絵画に向かって笑顔でそう言い、家を出た。
「う~ん!今日もいい天気!」
家を飛び出すと、そこは一面に緑が広がる、自然豊かな村だった。木造の小さな家や風車が不規則に立ち並び、年季の入った道の側には透き通る小川が流れ、草原の先には花畑や森も見えた。少女ハルの生まれ育ったこの村は、まさに平和そのものと呼ぶに相応しい場所だった。
「みんな、楽しみだね!どんな力が貰えるのかな~?」
「俺はやっぱり、派手でカッコいいやつがいいな!炎をグワーッと出したり、パワーが一気に上がったりさ!」
子供達の目は、皆希望と期待で輝いていた。今日は、村の子供達の誰もが待ちわびた日なのだ。
「私達ももうみんな13歳になった事だし、これでやっと神様が私達にそれぞれ『ユニークスキル』をくれる日だもんね~!ハルちゃんは、どんなのが欲しい?」
ハルの隣を歩いていた、金髪の少女が笑顔で尋ねる。
「私は... やっぱり、夢を叶えられそうな力がいいかな。」
ハルは笑顔を返しながら言った。
「でもよ、ハルの夢ってアルベロディオを完全攻略する事だろ?お前にそんなことできるのか...?」
笑いながらそう返したのは、短い茶髪で青目の元気のいい少年だった。
「そ、そんなのやってみないとわからないでしょ!私だって、おじいちゃんみたいな立派な攻略者になるんだから!」
少年の鼻で笑う様な言葉に、ハルは頬を膨らませながら言い返した。
「でも、お前はお前の爺さんじゃないだろ。そんなスゲェ攻略者になりたいのなら、まずは一度でも俺に勝ってから言うんだな。」
「で、でも...っ!」
「こらこら、二人とも喧嘩しないのっ!もう着いたよ!」
金髪の少女がハルと少年の間に入って手を叩くと、二人はお互いに何か言いたげな表情をしながらも黙り込んだ。
「ここで... ユニークスキルが貰えるんだ。」
子供達がやって来たのは、村のはずれにある、人気の無い広場の中央にそびえ建つ塔の前。古びたレンガで出来たその建物は、直径10メートル程のシンプルな円柱形の建築の頂上に一つだけ丸い部屋のある構造になっている。
「じゃあまずは、俺が一番に行くぜ!」
ハルと言い争っていた少年が塔の入口に足を掛けようとすると、他の子供達が一斉に腕を掴んで止めた。
「おいカイル、何勝手に順番決めてんだよ!」
「そうだよ!僕が一番だよ!」
「いやいや、くじ引きで決めるって話だったでしょ...」
少女は、そう言いながら先の握られた木の棒を4本取り出した。
「棒の先にそれぞれ番号が書いてあるから、その順番で行きましょう。」
子供達は、それぞれ棒を選んで掴んだ。
「――よし。それじゃあ、せーのっ!」
「よし!僕が一番だ!」
「ちぇっ、2番かよ!」
「私が3番ね!」
ハルは、自分の棒を見ながら呟いた。
「4番。最後か...」
ハル自身別に順番など気にしていなかったが、やはりできればなるべく早く自分だけの『ユニークスキル』を貰いたいと心の奥では思っていたのだ。
「じゃあ、行ってくるね!」
最初の少年は、元気よくそう言うと一人で塔の中へと入って行った。
――その後、約30分が過ぎ...
「...おい、ルイスの奴、いくら何でも遅すぎねぇか?」
ハル達3人が塔のそばで待っていると、少年カイルが口を開いた。
「確かに、妙ね... スキルを神様から受け取るのは、1人につき3分もかからないとお母さんに聞いた事があるけど... 何かあったのかも知れないわね。」
金髪の少女も、心配そうな顔で言った。
「俺、ちょっと確かめてくるぜ。」
「私も行くわ。」
二人はそう言って立ち上がった。
「じゃあ、私も...」
「ハルちゃんはここで待ってて。何かあった時に、すぐに助けを呼べるようにしてほしいから。」
ハルも腰を上げようとすると、少女がそう言ってハルの頭に手を置いた。
「...う、うん。わかった!2人とも、気を付けてね!」
「ごめんね、それじゃあ行ってくるね。」
「ちょっと様子を見に行くだけだ。お前はそこを動くなよ。」
そう言い残し、二人はハルを置いて塔へと入って行った。
――その後、更に15分が過ぎ...
(おかしい... カイルもモニカも全然帰って来ない。やっぱり何かあったんだ...!)
ハルは、塔の中で何か良からぬ事が起きている事を確信した。
「どうしよう... 誰か助けを呼ぶべき?いや、でもそんな事をしても無駄なのか...」
世界の神によって造られた『ユニークスキル』を与えられる塔の中へ入れるのは、スキルを貰う資格を持った、まだ無能力の子供だけ。その事は、ハルも幼い頃から何度も聞いた事があった。なので勿論、ハル自身も塔に入った事は一度も無かった。
(この村で今この塔に入る資格を持っているのは、私だけ... それなら、やる事は一つだよね。)
「私も塔の中へ行こう!」
ハルはそう決心し、入口へと近づいて行った。
「な、なんか不気味だなぁ...」
ゆっくりと塔の扉を開けると、その中は真っ暗で何も見えなかった。
「おーい!ルイスー!カイルー!モニカーっ!!」
「.....」
しばらく待っても、返事は無かった。
「正直、かなり不安だけど... 行くしかないよね。」
ハルは一度深く深呼吸をし、闇の中へと足を踏み入れた。
「―!?」
ハルの全身が完全に暗闇へと入った瞬間、彼女は明らかな違和感に気が付いた。外はまだ昼前。入口の扉が閉まる音もしていないのにも関わらず、周りに明かりが一切無いのだ。
周りをよく見渡しても、何も見えない。恐る恐る後ろに下がっても、すぐ背後にあったはずの扉がそこには無かった。
「な、なにこれ...?一体何が起こって―!?」
「――ハルちゃん、逃げて...!」
「――!!」
その声を聞き、ハルは再び素早く振り返った。
「こ、ここは...!?」
ハルの周りは、いつの間にか無数の巨大な松明で囲まれ明るく照らされていた。そこは直径50メートル以上はある巨大な円形の部屋で、天井は暗闇に霞んで見えない程高い。明らかにあの塔の中に存在し得る空間では無かった。
しかしそんな事よりも、ハルには気掛かりな事があった。
「そ、そんな... どうしてこんな所に...!?」
「ハルちゃん...!」
「ハル...!」
目の先には、力無く倒れている3人の友人達の姿があった。勿論彼らの心配もしていたが、しかし、ハルが口を開けて見上げていたのはその後ろに居る存在だった。
『グルゥ.....』
紅く輝く瞳でハルを睨むその怪物は、全長30メートルを超える巨大な竜の姿をしていた。その宝石の様に煌めく黒い鱗は一つだけでも少女達の身体程の大きさをしており、巨大な槍のように太く鋭利な牙の奥から漏れる吐息は、かなり離れた位置に立つハルの髪や服を突風のように背後へと靡かせた。
子供達の誰もがその姿に困惑し、恐怖していた。しかしハルは、この異形の怪物に見覚えがあった。
「信じられない... でも、間違いない...!昔、家にあったお爺様の本で見たことがある... この50年間、誰一人倒す事のかなっていない凶悪な黒龍。第50層のワールドボス、ブラックレイジ――!!」
目の前に突然現れた脅威に唖然としていたその時、ハルは足元に何かが転がり当たるのを感じた。
「――!」
拾ってみると、それは黄金の装飾で彩られた、大きな青白い結晶だった。
「こ、これは――!」
ハルは、それにも見覚えがあった。目の前に佇む竜を見た時と同じく、昔祖父の本に記述があるのを見た事があった。
「これは、『力の結晶』...!神様からユニークスキルを貰うための、伝説の神具だ.....!!」
― 続く ―