第12話:ノルマンの昔話・その1
「――君のその体... それは、ハル・ホワイトリリィのものだよね。」
「―――!」
ノルマンの言葉に、ダイムの表情は固まった。
(な、何だと...!?どうしてバレたんだ!?しかもコイツはハルの事を知っているのか...!?俺が今日朝からハルの体を使い続けている理由、一つは急な不意打ちや起こるであろうと予想していたノルマンとの戦闘に備えて。そしてもう一つは俺の正体を隠すためだ。俺が異世界から来た魂だと知れば、皆に警戒されるかも知れない... そう思ったからだ。俺の正体がバレるような事は一切していないはずなのに、どうして...!?いや、まさか――!)
「...そうの様子だと、どうやら図星のようだね。」
ノルマンはそう言うと再びコーヒーカップを手に取った。
「あんた... もしかして、ハルの事を知ってんのか?」
もう隠し通せない事を察したダイムは、落ち着いた様子で尋ねた。
「うん、とてもよく知っているよ... 特に、彼女の一族についてはね。」
ノルマンはそう言ってカップの淵を口に近づけた。
(そうか... ハルの一族は代々有名な攻略者だったんだよな。それなら、ギルドマスターのノルマンが知っているのは当たり前か。)
「察するに、君は彼女の『ユニークスキル』の効果で同じ肉体を共有しているとか、そんなところなんだろう?ハル君にはもう8年ほど会っていないから、彼女は私の事を覚えていないかも知れないが... 私はその姿をよく覚えているよ。その綺麗な雪の様に白い髪に、色白の肌と青い瞳。ウィンターとアキ... 彼女の両親にそっくりなんだ。」
ノルマンは一瞬少し寂しそうな顔をしたが、すぐにまた普段の笑顔に戻った。
「その... 確かにあんたの言う通り、俺はハルの『ユニークスキル』、『神秘の魂』の力で魂をこの体に結び付けられている存在だ。俺は元々地球って言う異世界から来てな、ブラックレイジの第一形態を倒せたのも、丁度ハル達がヤツに襲われていたところを不意打ちで奇襲できただけなんだ。」
ダイムは頭を掻きながら話した。
「異世界の魂だって...?へぇ、これは珍しいね。私の300年近い人生でも、異世界人に会うのはこれでまだ2回目だよ。」
ノルマンは初めて驚いた表情をした。
「おいおい、それじゃあ俺以外にも異世界人がいるって事なのか?もしかして、そいつも地球から来たとか...?」
「...まあ、その事についても話すつもりさ。...それより先に、私が聞きたかったのはハル君の様子だ。どうだい、彼女は元気にしているのかな?」
ノルマンは真面目な雰囲気で聞いた。
「元気と言うか、気が強いと言うか... まあ、いたって普通って感じだぜ。」
「そうか... ちゃんと元気にしているのならよかったよ。私が最後に会った時にあんな様子だったから、彼女を置き去りにしてしまった事をずっと気にしていたんだ。私が引き取ってあげてもよかったんだけど、それだとまたトラウマが蘇るかもと思ってね...」
ノルマンは安心した様子で言った。
「おい待ってくれ、さっきから何かあいつにヤバい事があったみたいに話してるが... もしかして、あいつの両親の事に関係しているのか?」
ダイムが聞いた。
「そうだよ。8年前のあの大事件... 君もハルに聞いているのかい?」
「いや、俺も大まかな事はハルのスキルの効果で分かってるが、細かい事は何も...」
「...そうか。それなら、私が今話してあげよう。今から8年前... 神世紀292年目の冬に起こった、『神の事件』についてね。」
そう言うと、ノルマンは少し間を置いてから話し始めた。
「――その日私は、年末のパーティと言う事で、ギルドのトップの皆と第1層のとある田舎町のレストランにいた。帰り道に少し散歩でもしようと言う話になって、私はとある人達と外に出たんだ。優しい雪の降る、曇り空の綺麗な夜だった... 町の明かりが白い地面に映って、とても綺麗だったよ。それでその時に私と一緒にいたのが、ウィンターにアキ、それに当時まだ5歳だったハル君を加えたホワイトリリィ一家。そしてもう一人の人物の名は、ユキ... さっき少しだけ言った、異世界人の若い女性だよ。」
「なっ... それじゃあそのユキって異世界人は、このギルドのメンバーなのか!?」
「...ああ、そうだ。私達の大切なメンバーの一人だよ。」
驚くダイムに、ノルマンは少し寂しそうに微笑みながら答えた。
「ここで少し話は戻るが、少し私とそのユキと言う異世界の女性が出会った経緯も教えよう。
...今から10年程前、私はとある雪の降る森の中で倒れている彼女を見つけた。彼女は長く美しい黒髪と、見たことの無い不思議な服装が特徴的な、15歳くらいの見た目の女性だった。気を失った彼女をギルドに連れて看病をしていると、しばらくして彼女が目覚めた。...しかし意識を取り戻した彼女は、当時既に270歳以上だった私から見ても、極めてイレギュラーな存在だったよ。
彼女は記憶を失くしているみたいで、自分が『地球』と言う世界から来て、自分の弟を探していたと言う事を除いては何も覚えてはいなかった。それに加え、彼女は『ユニークスキル』を持っていなかったんだ。異世界人ならばユニークスキルを持っていなくてもおかしくはないのかも知れないが、アルベロディオに生きる人間でスキルを持たないのは彼女は初の例だった。しかもそれに加え、彼女にはレベルも無かった... と言うより、ステータスそのものが無かったんだ。私は彼女を見つけた森に因んで『ユキ』と名付け、記憶が戻るまでの間ギルドで面倒を見る事にした。
そうして1年あまりが経ったある日、私が国の依頼でダンジョンへモンスター討伐に向かおうとすると、ユキが私に付いて行きたいと言った。何やら真剣な様子だったので彼女を戦いに連れて行くと... まあ、とても驚いたよ。なんと、彼女の中にもいつの間にか『ユニークスキル』が宿っていたんだ。相変わらずそれ以外のステータスは一切無かったが、彼女のスキルは全世界でも圧倒的な力を持っていた。
そのスキルの名は『素晴らしき日々』。能力は、『愛のある心を持つ者の意志を必ず実現させ、自身に敵意を向ける者の攻撃は、たとえどんな能力を持っていようと全て無力化される』と言うものだった。その力は凄まじく、ユキは自身を含める何かや誰かに対する『深く優しい愛』を持つ者の意志や願いを、全て自分の意志で実現させる事を可能にし、同時に誰であろうと彼女にダメージを与える事は不可能になった。その力を手に入れたユキは、たちまち無敵の異世界人として世界中から注目を集めたよ。しかし、レベル制限のあるブラックレイジのダンジョンには、そもそもレベルの無い彼女は挑戦できなかったけどね。
...そしてユキがスキルを手にしてから更に1年... 彼女の記憶は未だに戻らないままだったが、彼女は私のギルドの頼れる良きメンバーの一人として皆と共に活躍してくれていた。
そして話は最初に戻り、雪の降る夜のパーティの後。私はユキやホワイトリリィ一家と共に、何気ない話をしながら粉雪の降る夜の町の中で散歩を楽しんでいた。
...しかし、この夜、この平和な町は地図から消えた。未だに誰も真相にたどり着けていない、あの事件が引き起こされた事によって...
――アルベロディオを創った『神』が、突然私達の前に現れたんだ。」
― 続く ―
 




