第11話:『エヴァーラスティング・シン』・その2
「さあ、ここから君が私にどうやって勝利するつもりなのか... 教えてくれよ、ダイム君。」
ノルマンは優しく笑みを浮かべながら言った。
(どうする、ダイム・チャンプ...!攻撃が全て自分に返ってくる以上、ノルマンに攻撃するのはもう止めた方がいいだろう。となると、残り1分間向こうの攻撃を全て避けながら逃げ回るしかねぇ... しかし、かなり厳しい勝負になりそうだ。いくら俺のスピードが速いとは言え、相手は300年近くもの間この世界での戦闘を経験してきた大ベテラン、しかも素早さと力のステータスはどっちも9999だ。具体的にどのくらいの速さなのかは比較対象が無いから分からねぇが... それでも俺は全力を尽くす以外の事はできねぇ。)
ダイムは頭をフル回転させ状況の打開策を考えた。
「どうした、もう策は尽きてしまったのかな?」
「...いや、まだたった一つだけ残った策があるぜ。とっておきのやつがな。」
ダイムは再び全身に電流を纏った。
「ほう... それで、たった一つの策とは?」
ノルマンの言葉に、ダイムはニヤリと笑った。
「逃げるんだよォ!ダーンチョーーーーーウッ!!」
その瞬間、ダイムは鋭い雷鳴と同時にもの凄い速さで走り出し、姿を消した。
「...ふむ。確かに、この攻撃の全く通用しない状況じゃそれが賢明かもね。
――しかし、私の方も君にマスターの座を取られる訳にはいかないんだ。そろそろ少し本気を出させてもらうよ。」
ノルマンは最後に胸に開いた穴を一瞬で修復すると、ダイム同様姿が見えない程の速さで走り出した。
「おお~っ、ダイム君もなかなかやるねぇ~!私でも団長相手にここまでやるのは難しいのに~」
観客席のルミは感心するように手を叩いた。
「ソウエイ君はどう思う?ダイム君、ワンチャン団長に勝っちゃったりしないかなぁ~?」
ルミがソウエイの顔を覗き込みそう言うと、彼は腕を組みながら軽くため息を吐いた。
「...貴様は本気でそんな事があり得ると思っているのか?あの小娘... いや小僧の『ユニークスキル』は確かに圧倒的なほどに強力だが、団長の『永久不滅の罪』には遠く及ばない。それに加え、奴の体力も残りわずかだ。レベルの差もあり、一度でも団長の攻撃が擦れば勝負はつくだろう。」
ソウエイは落ち着きのある声で言った。
「えぇ~、そうかなぁ~?私はダイム君も応援したいんだけどな~... だって、あの子かわいいじゃん?」
「ルミ... 貴様はこの勝負を何だと思っているのだ...」
「――チッ、速い...!」
ダイムは、高速で動きながらすれ違いざまに攻撃してくるノルマンの攻撃をギリギリで避け続けていた。
「あと40秒、持ちこたえられるのか...!?これ以上の速度は出せるには出せるが、残り時間分はきっと持たない... クソッ、このまま逃げるしかねぇのか!?」
「動きが少し遅くなっているよ... もう限界なのかな?」
そう言うと、ノルマンは再び拳を翳した。
「また攻撃が来る...ッ!」
――ドガアアァァンッ!!
ダイムは咄嗟にしゃがみ込み、ノルマンの攻撃をすんでの所で避けた。
「あ、危ねぇ...!こんな攻撃喰らったら即死じゃねぇか!」
ダイムの背後の石の壁は粉々に砕け散っていた。
「外したか... でも、君もかなり息を切らしてきたみたいだね。」
「ぐっ...!」
ゆっくりと迫り来るノルマンと顔を合わせ、ダイムは砕けた壁の方へと後退りして行った。
(背後は壁に塞がれ、周りからの脱走はノルマンが取り逃がさないだろう... となれば、隙を見て上空に逃げる... これしかないな。)
ダイムは壊れた壁に両手をかけ、足に再び電流を纏わせた。
「...君は思っていたよりも中々に強かったよ、ダイム君。だけど残念ながら... この勝負は私の勝ちだ。」
ダイムの目の前で立ち止まると、ノルマンはニッコリと笑った。
「は?まだ勝負は終わってな――」
その瞬間、ダイムは自分の体の違和感に気付いた。
「...なるほど。まんまとあんたの策にハマっちまったって訳か。」
ダイムがそう言ってため息を吐くと、ノルマンは握っていた左の拳を開いた。すると、その中にあった小さな石の破片の様な物が飛び出し、ゆっくりとダイムの背後へと飛んで行った。
「これは、私がつい先ほど破壊した壁の破片だよ... ダイム君、君の力は確かに素晴らしいが、まだまだ私に比べれば未熟のようだね。」
ダイムの全身は、いつの間にかその殆どが修復された壁の中に埋まってしまっていた。
「あえて攻撃を外し、石の壁を破壊。そしてその前へと俺を追い詰め、最後に予め握っていた壁の破片に『ユニークスキル』を使う事で、修復の力で俺を壁の中へと閉じ込めた...か。へっ、こんな作戦に気が付けなかったとはな...」
ダイムは自分の甘さに思わず軽く笑った。
「それでは、対戦ありがとう... だね。」
ノルマンはダイムの前に拳を突き付け、彼の腹部に素早く優しい一撃を入れた。
「グッ... 俺の、完敗... だ。」
決闘の残り時間、残り15秒... ダイムの体力ゲージは0になった。
「――はぁ... 負けちまったな...」
元の白いワンピースに着替え直し、ダイムはとぼとぼとギルドの廊下を歩いていた。
「いきなりギルドマスターに挑むのは、やはり考えが甘かったか... なるべく早く戦力が欲しかったが、焦って近道をし過ぎたな。後でハルやカイルにちゃんと謝らないと...」
彼は浮かない気分で大きな窓から見える街の景色を眺めた。
「...いや、でもここで落ち込んでなんかいられねぇ。ギルドマスターになれなくても、ここの持つ戦力と情報は絶対に必要なんだ。今からまた団長に話に行かねぇと!」
「お~い!ダイムく~ん!」
ダイムが頭を上げて両手で顔を叩くと、廊下の向こうからルミが手を振りながら歩いて来た。
「ダイム君、さっきの戦い惜しかったね~!でも初見で団長相手にあそこまでやるなんて、君は才能があるよ!」
ルミは悔しそうな顔をしながらダイムの肩を掴んで揺らした。
「えっと... ルミって名前だったよな?なんであんたがそんな悔しそうにしてるんだよ... ところで、俺を探してたのか?」
ダイムは気まずそうにルミの手を払いながら聞いた。
「そうそう、団長が君を探しててさ~ 何か話したい事があるから、団長の部屋に来るようにって言ってたよ~」
「俺に話...?まあ、俺もまだ要件はあったし、マスターの部屋には行くつもりだったが...」
ダイムは廊下の奥へと走り出した。
「ありがとうな!それじゃあちょっくら話しに行ってくるぜ!」
「どういたしまして~ 今度またもっとお話ししようね~!」
「...よし、ここであってるよな。」
ダイムは再びギルドマスターの部屋の扉の前に立ち、優しくノックをした。
「...ダイム君だね。いいよ、入りたまえ。」
ノルマンの声が聞こえると、ダイムはゆっくりと扉を開けた。
「よぉ、団長... さっきはいきなりの挑戦で悪かったな。俺の力のレベルを知るいいきっかけになったぜ。」
ダイムは少しぎこちない雰囲気で言った。
ノルマンの部屋は朝来た時よりも少し薄暗く、太陽の光も少しから窓から差し込んでいなかった。
「そうか。私も久しぶりに身体が動かせて楽しかったよ。...まあ、立ち話もなんだしそこに掛けてくれ。」
ノルマンはブレない笑顔で、デスクの前の立派な黒いソファーに座りコーヒーを飲んでいた。
「...実は俺からもまだ少し話したい事があるんだが... その前にあんたの要件を聞かせてくれないか。」
反対側のソファーに座り、ダイムが言った。
「そうそう、実は今朝君が来た時から、一つ気になっている事があってね... 君にも深く関係のある事だし、今話しておこうかと思ったのさ。」
ノルマンはコーヒーのカップを机に置き、ダイムの前で腕を組んだ。
「俺に深く関係ある事だと...?」
ダイムが首を傾げると、ノルマンは目を細めて笑った。
「――君のその体... それは、ハル・ホワイトリリィのものだよね。」
― 続く ―