第9話:初めての攻略者ギルド
「おぉーっ、スゲーな!こんないかにも異世界風な街、初めて見たぜ!」
ダイムは、周りの景色に目を輝かせながら人の賑わう街の商店街を歩いていた。
――ここは、アルベロディオ第50層の中心部に位置する大都市・クラウミア。地球で言う中世ヨーロッパの様な雰囲気の街並みが特徴で、建っている家々や商店、時計台や町役場等も基本的に赤やベージュといった色で基本的に統一されている。この街はどこも幅広い世代の人々で賑わっており、その姿や服装も様々。長く幅も広い街のメインストリートでは、大きく立派な馬車も頻繁に行き交っている。その上この街はアルベロディオ全体を名目上統治している王の城もある王都で、真っ直ぐ伸びる道路や複雑に入り組んだ石畳の路地も、全ては最終的に街の中心にある王城前広場へと行き着く。超巨大な白い要塞の様な見た目をした王城が近くに見える王城前広場は街の住人や旅行者にとっても人気の高いスポットで、その周りは常に人々で混雑するほど賑わっている。
「――って言う情報をさっきハルの『神秘の魂』の力で知識として分けてもらったから、この街の事に関してはもうバッチリだ。攻略者ギルドのある場所も分かってるしな。」
まるで観光客の様な楽しそうな様子で街を歩くダイムだったが、その中でも彼はこの世界の謎について考えていた。
「この街がアルベロディオで一番文明の進んだ都会だと聞いていたが、それでもこんな中世ヨーロッパレベルなのか... 300年前に再構築される前の世界は、まだ俺の居た地球ほど文明が発達していない場所だったのか?それとも、他に何かの理由で文明が著しく退化する原因があったとか... それに、話している言葉が日本語なのも不自然だ。他の人達も普通に日本語を話しているし、今歩いている商店街にある張り紙や看板も全て日本語... いや、『Welcome』等の英語も時々目にする。俺はアメリカ育ちだから英語もいけるが、これは何かの理由で俺に都合がいいように周りの言葉や景色が理解できるよう変更されて俺に伝わっているのか?それとも、元々この世界の言語が偶然日本語や英語に酷似したものになっているのか... 謎は深まるばかりだぜ。」
そう独り言をこぼしていると、ダイムは人気のある所から少し離れた場所にある建物の前で足を止めた。
「...あった。ここが攻略者ギルドだな。」
彼が見上げたその大きな建物は、主に灰色や黒のレンガで造られた要塞の様な見た目のものだった。目の前には建物全体を守る様に囲む塀があり、閉ざされた入口の扉は立派な半円型の鉄でできていた。そしてギルドの中心に聳え立つ円柱型の塔の様な建物の正面の壁には、何やら大きくギルドの紋章の様な物も貼り付けられていた。
「デケェな... 攻略者ギルドは今じゃ衰退した組織だとハルは言ってたが、それでもこんな立派な要塞が本部になっているのか。」
ダイムはその存在感に圧倒されながらも、目の前の鉄の扉を開けようと強く押した。」
「なんだこれ、硬くて開かなッ――!」
「――貴様、そこで何をしている?」
「なッ――!?」
気が付くと、ダイムの喉元には背後から何者かの手によって短剣の刃が向けられていた。
(俺の周りから一切の気配を消して、一瞬でここまで近づいたのか...!?クソッ、ナニモンなんだコイツは――!?)
「...仕方がねぇ、『CrazyNoisy』ッ!!」
――バチィッ!
「――!」
ダイムは急いで背中から電撃を放ち、その瞬間突き付けられた短剣をかいくぐり自分を襲った人物の方へと振り返った。
「まさか、今の攻撃にも反応してかわすとはな... あの距離で電気を避けるとか、一体何者なんだよ、お前は...?」
ダイムの前に立つその男は、全身を黒い服で覆い隠した忍者の様な姿をした青年だった。口元を隠すマスクの上から覗くその両目は鋭く深い紺色で、頭の後ろで結ばれた長い髪も瞳と同じ色をしていた。背中には二本の刀の様な剣が装備されていて、腰の周りのベルトにも様々な武器が仕込まれている様子だった。
「俺が貴様に名を名乗る必要は無い... 俺達のギルドの扉を無理やり開ける様な真似をして、一体何が狙いだ...?答えによっては、先程の様に加減はせずに斬るぞ。」
低く落ち着いた声でそう言うと、青年はその鋭い両目を更に細めて睨んだ。
「何が狙いって... 俺はお前らのギルドと、ここのギルドマスターに用があって来たんだ。何もここを襲いに来た訳じゃねぇよ...!」
ダイムの顔の横からは、僅かに冷や汗が流れ落ちていた。
「.....」
青年はダイムに刃を向けたまましばらく黙り込むと、ゆっくりと短剣を腰に戻した。
「...貴様、怪しいがその様子では俺達に対して敵意が無い事は分かった。いいだろう、俺について来い。」
そう言うと、青年は振り返り鉄の扉を押し開けた。
「...ふぅ、それならよかったぜ。でも門番にこんな忍者みたいなヤツを雇っているとは、攻略者ギルドも中々な所だな...」
ダイムは安堵のため息をこぼし、扉の先へと進む青年の方へと歩き始めた。
「へぇ~、ここがギルドの中か!なんか意外と高級ホテルのロビーみたいだな!」
青年に連れられギルドの中に入ると、そこは様々な装飾で彩られた天井の高く広い円形の部屋だった。部屋の奥には大きな扉や2階に続く螺旋階段が二つあり、入口の左側には受付の様な場所もある。しかし、そこには誰も居なくこの部屋にいるのはダイムと忍びの青年の二人だけだった。
「なぁ、ここって今誰もいないのか?ドデカい割には静かすぎなんじゃ...」
ダイムは恐る恐る尋ねた。
「...俺達のギルドは、今ではもう数える程しか本気で攻略を目指しているメンバーがいない。この本部に訪ねて来た客人も、貴様で数週間ぶりの者だ。これも、全てはあの憎き黒龍、ブラックレイジのせいなのだ...」
青年は、少し悔し気な雰囲気でそう言った。
「じゃあやっぱり、お前らもあの竜に挑んで――」
「――およ~っ!?まさかこんな所に客人!?一体何事なのかな~?」
すると、ダイムの言葉を塞ぐ様に別の声が聞こえてきた。
「...ルミか。貴様がこんな時間に起きているとは珍しいな。」
青年がそう言い見上げた先を見ると、そこには階段の上の2階に位置する場所から二人を見下ろす一人の10代後半くらいの見た目の少女の姿があった。その姿はピンクと緑の奇抜な色をしたパーカーに灰色のキャップ、そして同じく灰色の短いショーツを履いており、その腰まで伸びた長い髪は様々なパステル色で彩られていた。大きな両目はエメラルドの様な透き通る緑色に輝き、彼女はダイムに向かってニッと笑うと一瞬で彼らの元まで跳んで来た。
「中世ヨーロッパの様な町に、忍者の様な男。それに加えてこんな現代の東京のクラブでも中々見ないレベルのド派手な姉ちゃん... ますます世界観の分からない場所になってきたな。」
ダイムは目の前の光景に頭を抱えた。
「そうかな?そんなにド派手かな~?これ私が考えた斬新なファッションなんだけど、結構落ち着いた雰囲気だと思って作ったんだけどな~」
「...全く、貴様はそうヘラヘラと笑っていながらも、それでいて仕事はきっちりこなすから嫌いなのだ... 俺達の邪魔をするのならどこかへ行っていてくれ。」
青年も呆れた様子でため息をこぼした。
「ソウエイ君は相変わらず冷たいなぁ~... ところで、こんな可愛い女の子がこんな薄汚いギルドなんかに何の用があるのかな~?」
ルミと呼ばれた彼女は、そう言って嬉しそうにダイムの頭を撫でた。
「やめてくれっ、俺は見た目は女でも魂は男なんだ。そんな扱いはよしてほしいぜ。」
ダイムはそう言って彼女の手を払った。
「え~っ!?うそ、こんなに可愛いのに~!?」
ルミはショックを受けた様子でダイムの全身をじっくりと眺めた。
「攻略者ギルドにはこんな変な人達しかいないのか...?とにかく、俺の要件はここのギルドマスターに会って話をする事なんだ。ちょっと相談したい事があってな。」
「団長に会いたいの~?もしかして、このギルドに入団したいとか!?」
ダイムの言葉に、ルミは目を輝かせた。
「...まあ、そんな所だ。」
「いいよ~!勿論大歓迎だよ~っ!さあ、そうと決まれば早速団長の所へ連れて行ってあげる!団長もきっと喜ぶよ~!」
「えっ、ちょっ...」
ルミはダイムの手を引き再び階段の方へと走り出した。
「おい待て、ルミ貴様...!...まったく、仕方のない奴だ。」
忍びの青年ソウエイも、二人の後を追いかけて行った。
「ここが私達の団長、ギルドマスターの部屋だよ~!」
幾つかの長い通路や階段、部屋を抜け、3人は一つの四角い木の扉の前にいた。
「団長~!入ってもいいですか~?」
ルミはそう言いながら扉を開けた。
「貴様、聞きながら開けるんじゃない...」
ソウエイは呆れた表情をしていた。
「じ、邪魔するぜ...」
ダイムは恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れた。
そこはこの大きな要塞をまとめる人物の部屋としては割と小さめの場所で、落ち着いた雰囲気の四角い部屋には様々な資料や写真、古びた賞状や勲章といった物が無数に並んでおり、奥にある立派で大きな机の後ろには一人の人物が手を組んで座っていた。
「おや、私のギルドにこんな小さな客人が来るとは珍しい... 私に何か用があるのかな。」
その人物は、一人の背の高い50代程の見た目をした、長い白髪と何かを見通す様な灰色の瞳が特徴的な男だった。焦げ茶色の立派なスーツを身に纏い、優しく微笑むその表情には長年に渡り様々な経験を積んできた様な渋い凛々しさもあり、同時に戦いを極めた騎士の様な鋭い威圧感も感じられた。
「俺の名はダイム・チャンプ。今日はあんたにとある用事があって来た。」
ダイムは少し緊張を感じながらも男の方へと歩み寄った。
「...私はギルドマスターのノルマン・モルタスだ。皆からは親しみを込めて団長と呼ばれているよ。...ところで、要件と言うのは何かな。」
彼はダイムに微笑んだまま問いかけた。
「そうだな。いきなりで悪いが、俺はあんたに一つお願いがあるんだ。俺の要求はただ一つ――」
「――あんたの、ギルドマスターの座を俺に譲ってもらいたい。」
「なッ――!?」
ダイムの言葉に、ソウエイとルミの表情は固まった。団長のノルマンも、その表情からは笑みが消えていた。
「貴様、一体どういうつもりだ...!?」
ソウエイは、そう言って再び背中の刀に手をかけた。
「...まあ待ちなさい、ソウエイ君。彼の話を聞こうじゃないか。」
ノルマンは再び優しく微笑み、ダイムと目を合わせた。
「ダイム君... だよね。どうして私のギルドマスターの座を奪おうと思ったのかな?」
彼の言葉は、感情がこもっている様な抜けている様な、不思議な響きがあった。
「俺はこの世界を攻略し、神を倒す事を目標にしている。そのためにもまずは、この層にいるブラックレイジをブチのめそうと思う。そのためにここの力が欲しいと思った。それだけだ。」
ダイム側も、表情を崩さずにノルマンに言葉を返した。
「...実際、俺は3日前にブラックレイジの第一形態を倒している。」
「な、なんだと...!?貴様のような子供が、あの黒龍を一人であそこまで倒したと言うのか...!?」
ダイムの言葉で、場はさらにざわついた。
「俺は3日前に12層の村で『ユニークスキル』を貰ったが、その時にあの黒龍、ブラックレイジが俺とあと数人の子供達の前に現れた。それをその時に俺のスキルで倒したんだ。第二形態のオーバーフェイズとか言うヤツになったら逃げられたけどな... そしてヤツは、去る前に誰かが俺の力を求めていると言っていた。そして俺に再び自らの城に来て戦えと言い残して行ったんだ。だから俺は、誰かがその企みを達成する前にブラックレイジを完全に倒したい。そのためにあんたらのギルドが欲しいと思って来たってわけだ。」
彼がそう言うと、黙って話を聞いていたノルマンも再び口を開いた。
「...これは面白いね。でもダイム君、それなら何故ギルドマスターになる必要があるのかな?ブラックレイジを倒したいのなら、ギルドに入団するだけでも我々は強力を惜しまないよ。」
「俺はなにも、『ギルドマスター』のブランドが欲しい訳じゃないんだぜ。俺が求めているのは、あんたの持つ権利や権限、最低でもその共有。さっきも言ったが、俺の最終的な目標は神を倒す事だ。そのためにも、俺はこのアルベロディオでもトップクラスの戦闘力を誇ると聞くこの攻略者ギルドの指揮権と支配権が欲しい。そうなればこの世界の情報も色々と集めやすくなるだろうしな。誰かの下で働いているだけじゃあ、世界を統べる絶対的な存在を打ち負かす事はできない... いつかの俺の親父もそう言っていた。」
二人は、沈黙の中で互いに鋭い視線を送り合っていた。
「...いいだろう。君の覚悟はこの会話の中だけでも十分に伝わって来たよ。本来は長年このギルドに努めてきた者にしかやらせない事なのだが... 本当に君がそうした確証は無いが、あのブラックレイジを貰ったばかりのスキルで追い詰めてしまう様な君は例外だ。特別に、一度だけ試練に挑戦する権利をあげよう。
――私に一対一の決闘で勝利しなさい。そうすれば、私は潔くギルドマスターの座を君に譲ろう。」
― 続く ―